第143話

 一度目の周回で桃花の美しいその在り方に心奪われたが、所詮は身分の違う者同士、結ばれる事はないと苦悩し、陰ながら彼女を支えようと決心した瞬間に彼女は死んでしまった。


 失意に暮れる中、なんとかして彼女を蘇らせようと、今では外法とされる退魔師の開祖が編み出した術式の研究に乗り出した。その過程で、自身の霊力を物質化させる異能が持つ真の能力に気付き、過去に戻って桃花が死なない未来を掴み取ろうとした。


 最初は自らの能力を向上させて、桃花を殺害する白面金毛九尾の狐を自身の力で殺そうと考えた。しかし、それが不可能である事を悟ると、今度は桃花と白面金毛九尾の狐を邂逅させない方向にシフトした。だが、何度やっても桃花は死んだ。その過程で、白面金毛九尾の狐のイベントと桃花の死はワンセットである事を理解した。


 次は、イベントそのものを発生させないように動いた。ちょうど、二人目の恭弥が冥道院を殺そうとしているのと似た行いだ。だが、どれだけイベントの発生を遅らせる事は出来ても、最終的には絶対に発生してしまう事がわかった。


 個人の能力では太刀打ち出来ない事に気付いた恭弥は、今度は周囲の力を借りようと考えた。即ち、自身よりも強い人間を味方につけ、共に白面金毛九尾の狐に立ち向かおうと考えたのだ。


 幸いにして狭間家は様々な御家と交流があった。おかげで、怪しまれる事なく他家に接近する事が出来た。


 最初は薫だった。初めの内は慣れないせいもあって、薫に嫌がられる事もあった。だが、繰り返す時間の中で何をすれば彼女が喜ぶのかという事を逐一記憶して、交流を重ね、無事祝言を挙げるまでに至った。


 そうして迎えた白面金毛九尾の狐との戦いは一方的な惨殺だった。鬼灯家の人間が持つ異能は白面金毛九尾の狐にまったくもって無力だった。


(鬼灯家はダメだ。相性が悪い。もっと強い異能を持った御家を味方につける必要がある)


 次に目をつけたのは天上院家だった。御家の力としては頼りないが、直系に北村家がついているし、何より式神を操る異能は相性がいいと思った。だが問題は、誰に擦り寄るかといいう話だった。天上院家は長年優秀な退魔師を生み出していないため、優秀な御家の出以外相手にしないという問題があった。何より歳の近い次期当主である光輝は同性だ。


(そういえば、開祖が生み出した術式に魅了の術があったな……)


 そこに思い至った恭弥は、仕事の話しだと言って光輝を呼び出した。そして、彼に術をかけ、自身をとびきり魅力的に映るようにした。この術式は格下の者にしか効かないが、光輝相手には問題なかった。


 結果、天上院家に潜り込む事に成功した恭弥は、天上院家次期当主の愛妾として地位を確立していった。同性に抱かれるのは抵抗があったが、桃花の事を思えばそれも我慢出来た。


 北村家との繋がりも出来た。いざ白面金毛九尾の狐と戦わん、そう思ったのもつかの間、彼らは白面金毛九尾の狐どころか、その尾達に惨殺されてしまった。


(話しにならない。もっと、もっと強い味方が必要だ)


 そう考えた恭弥の目に映ったのは、椎名家だった。この御家ならば、彼の者に対抗出来るかもしれない。気は進まなかったが、恭弥は神楽に接近する事にした。


 神楽とそういう仲になるのは大変だった。彼女自身の気性が荒いというのもあったし、野性的な勘でなんらかの目的で接近してきたのを見抜かれた事もあった。そうした問題を乗り越えても、次は竜牙石の三男との縁談を潰す必要があった。


 御家同士の政治的な話なので、恭弥自身の力がどうこうという問題ではなかった。だから、恭弥は強力な味方として現当主である秋彦を懐柔した。


 神楽との祝言も無事終えた。後は白面金毛九尾の狐を討伐するだけ。そう思った矢先、桃花は心臓発作で死んでしまった。


(どこからどこまでがイベントなのか見極める必要がある)


 そのためにはどこが起点なのかを知る必要があった。恭弥は何度も何度も時を巻き戻り、桃花が死んでいく様を誰よりも側で見続けた。


 その内に渇望が生まれた。彼の切り札である呪姫が宿った瞬間だった。


 イベントの起点を見極め終えた頃には、すでに恭弥の旅路は100年を軽く超えていた。人間である彼でも、100年以上鍛え続けると存在としての大きさが並のものではなくなっていた。気付けば彼に興味を持った神と呼ぶべき妖が定期的に寄ってくるようになっていた。


 その中に天城の姿があった。彼女は今のように幼い童女の姿ではなく、妙齢の美しい女性の姿をしていた。朱色の着物が濡羽色の長い髪によく映えていた。


「お主、イカレじゃな」

 会って早々、自己紹介もしない内に天城はそう言った。


「いきなり言ってくれるじゃないか。君に僕の何がわかるというんだい」


「面白い事をやっとる人間がおるのは知っておった。じゃから、途中から見ておったよ」


「なるほどね、確かに君ほどの妖なら時を超えて記憶を引き継げるね。それで? 僕になんの用だい?」


「お主、我と契約せんか? 我がお主の力になってやる」

「これはまた、随分な申し出だね。どうして僕なんかを契約の相手に?」


「我は愛を知る必要がある。お主のそれは愛故にじゃろう? じゃから、お主についていけば我も愛を知れるかと思ってな」


 恭弥は暫し悩む様子を見せた後、「対価は?」と聞いた。


「言った通りじゃ、我に愛を教える事。それだけじゃ。じゃが、契約が履行されん場合はお主の存在ごといただく」


「……その契約、僕に有利過ぎないかい? まるでデメリットがないけれど」


「くふふ、怪しんどるの。心配せんでも、裏などないよ。我には我の事情があるんじゃ。はよう愛しい我が子を迎えに行きたいのでな」


 その一言で、恭弥は天城が何者かを理解した。そして、その上で契約を結ぶ事を決めた。


「いいよ、結ぼうか、契約」

「うむ。首筋を差し出せ」


 言われた通り、天城に向かって首筋を差し出すと、彼女はカプリと噛み付いた。鋭く尖った犬歯が肉を突き刺す痛みと共に、自分のものではない何かが侵入してくるのがわかった。


「これより我の住まいはお主の中じゃ。同化が進めばお主は鬼としての能力を得る。上手く使いこなせ」


 それだけ言うと、天城の姿は風に乗って消えていった。


 こうして、恭弥は「捕食」の異能を手に入れた。二人目の恭弥が狭間家に伝わる禁術だと思っていた「捕食」は、実は後天的に天城によって与えられた鬼の力だったのだ。


 それからも恭弥の旅路は続いた。天城と契約した事によって、少しずつ人ならざる力を得るに至ったが、それでも尚、白面金毛九尾の狐には勝てなかった。しかし、諦めるという能力が欠如していた彼は、何度も何度も繰り返した。そして、一つ前の周回である試みを行う事にした。すなわち、別の狭間恭弥を作成し、彼に日々を過ごさせる。


 こうまで失敗が続くと、失敗の原因は自分なのではないかという考えが出てきたのだ。であれば、自分であって自分でない存在に任せてみようと考えた。そうして生まれたのが今回の周回で狭間恭弥を演じている恭弥だった。


 現実世界に疲れた彼は、ある日「夜に哭く」という恭弥の記憶で構成されたゲームをプレイし、ヒロインに魅了される。結果、命を捨てて狭間恭弥に転生する。狭間恭弥はゲームの序盤で死ぬモブで、末席の異能も弱いキャラクター。だけど、ゲームで得た知識と捕食という能力で生き抜く。


「悪趣味な事を考えるもんじゃな」


 天城はソファに寝転がって足をパタパタさせながら言った。初めて会った時の、あの妙齢の美しい女性はどこにいったのか、今の彼女は行儀の悪い童女そのものだった。


「悪趣味かどうかは彼が生み出す未来次第さ。それに、少しやりたい事があってね。いい加減、タイムリープだけでは限界が見えてきた。未来を大きく変えるには今の能力を強化する必要がある」


 興味なさげに「ふうん」と言った天城は、仰向けになったかと思うと手を伸ばして皿からせんべえを取った。


「そんな態勢で食べたらカスが散るだろう」

「掃除するのはお前じゃ。我ではない」


「まったく……そういう事だから、僕は暫くこもる。君には悪いけど、新しい僕を死なない程度に補佐してあげてくれ」


「面倒くさいのお」

「バレないように、それとなく頼むよ」


 その言葉を最後に、狭間恭弥は意識を手放した。一見すると座椅子に座って眠っているようにも見える彼にチラリと視線をやった天城は、小さなため息をついた。

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