第135話

 あり得ないにも程がある。あの場に居合わせた高橋の方を見やるも、彼は完全に女性のガードに徹しているのか、ピクリとも表情を変えない。


「桃花はどうなったんですか?」


「質問はこちらがします。ここでは私が質問者です。あなたは聞かれた事にだけ答えてください」


「随分な対応ですね。言っときますけど、俺は何も知りませんよ」


「それはこちらが判断する事です。さて、私は佐藤と申します。質問を始めます。あなたは高倉島たかくらじまに現れた妖と以前から面識があったそうですね? それはいつからですか?」


「高倉島?」

 唐突に告げられた聞き覚えのない島の名前に、思わずオウム返しに聞き返すと、佐藤は退魔師能力測定が行われた島の名前だと答えた。次いで、再び先程の質問を恭弥にぶつけた。


「いつからっていうと……お務めの守秘義務ってどうなってるんです? 一応俺にも守らなきゃいけない守秘義務くらいはあるんですけど」


 冥道院との最初の出会いは本当に偶然だったが、公的には稲荷、鬼灯家連名で出されたお務めの依頼が初見という事になっているはずだ。だがあれは極秘のもののため、恭弥の一存で答える訳にはいかない。


「ご心配なく。私は協会の代理としてここに来ています。ですので、一切のお務めの守秘義務はこの場においてのみ適用されません」


 いくら被疑者とはいえ随分と緩い処置だ。それだけ事を深刻に捉えているという事だろうか。疑問には思ったが、特に答えない理由もなかったので恭弥は答える事にした。


「ふーん……じゃあ遠慮なく。稲荷、鬼灯家の連名で出されたお務めが初見です。その際パートナーとして薫もいたので彼女にも確認を取ってもらえばわかると思います」


「なるほど。では次の質問です。現場に高柳伸一とその取り巻き、及び椎名桃花がいたそううですが、彼らは死亡または重傷を負っています。なぜあなたは無傷だったのですか?」


 その言葉を聞いて恭弥はとりあえず安心出来た。もしあの場に重傷者がいるとすればそれは桃花以外にいないはずだ。


「ひょっとしてそれで共謀してたんじゃないかって疑いかけられてます?」

「質問をするのは私です」


 ムっとしたが、彼女は自身の仕事をしているだけだ。ここで彼女にあたっても良い事など何もない。


「……俺の異能ですよ」


 本当を言うと、あれだけの爆発を身近に食らってなぜ無傷なのか恭弥自身わかっていないが、それを言ってしまうとその後の事まで詳細に語らなければならなくなってしまうのでそういう事にした。


「あなたの異能は霊力の物質化だったはずです。協会には提出していない別の異能という事ですか?」


「そういう事です。別に珍しい事でもないでしょ、異能を隠すのくらい」


「そうですね。では聞き方を変えましょう。妖が自爆を行い遠見の式が破壊される直前まで運営委員には映像が残っています。その映像を確認したところ、妖はあの場にいた誰よりも格上でした。一級退魔師である椎名桃花ですら片手間にあしらわれています。そんな妖相手にどうやって援軍が来るまでの間耐えていたのですか?」


「どうもこうもがむしゃらに戦っていただけですよ」

「二対一でも手も足も出なかったのに?」


「……まるでマッチポンプでもしてたかのように言うじゃないですか。俺に一体なんの利があるっていうんですか」


「それは私が判断する事ではありません」


 取り付く島のない佐藤の様子に何か裏があるのが見て取れた。いくら被疑者とはいえここまで犯人扱いするのには訳があるはずだ。だが今は、情報が足りなさ過ぎる。


「相性が良かっただけですよ」

「それは協会に隠している異能が、ですか?」


「そうですよ。じゃなきゃあんな特級の妖相手に生き残れません」


 それからも恭弥が犯人であると決めつけているかのような態度で佐藤は詰問を続けた。その度に恭弥は丁寧に否定したが、最後まで彼女の態度が変わる事はなかった。


 一時間程度の取り調べを受けたが、この日は結局待遇が変わる事はなく、窓の無いこの部屋で一夜を明かす事になってしまった。


「はぁ……家に帰りたい。なんだってこんな不幸な目に遭わないといけないんだ。俺だって被害者なんだぞ。こんな事してる場合じゃないのに……」


 味気ないコンビニ弁当のような晩飯を割り箸でつつきながら思わず零す。量もまるで足りない。ここまで文月の料理を恋しく思った事はなかった。


 こうしている間にも冥道院は白面金毛九尾の狐の復活を進めているはずだ。電車の中で彼は時間を稼いだと言っていたが、せっかく稼いだ時間をこんな無駄な事に消費している場合ではない。


(……それにしても、佐藤のあの態度はまるで俺を犯人にさせたがっているかのようだったな。この状況で俺を犯人にして得する人間なんているのか?)


 暫く考えたが、何も出てこなかった。あの調子ではどうせ明日も取り調べがあるはずだ。そう考えた恭弥はさっさと眠ってしまう事にした。


   ◯


 翌日、真っ先に取り調べが行われるものだと思っていたが、意外にも面会が行われると告げられた。時刻は十時。諸々の手続きがある事を考えると、権力のある人間が強引に面会を差し込んだのだろう。


 そうして面会に訪れた人間は神楽だった。後ろには護衛の高橋が控えていた。だが、入ってくる前から何か揉めているのか、神楽が高橋に詰め寄っている。


「だから護衛なんていらないって言ってるじゃないですか!」

「そういう訳にはいかない。これは規則なんだ」


「規則規則ってうるさい人ですね。そんなに規則が好きなら規則と結婚すればいいんじゃないですか?」


「口の減らない女だな。面会には護衛をつけるという決まりがあるんだ」

「あなた私より弱っちい癖に護衛なんて務まるんですか?」


 強さに対してコンプレックスを抱いている高橋にとってその言葉は痛烈に響いた。しかも、彼にとって女性は守るべき対象だった。その女性から告げられた弱いという言葉は高橋に二の句を告げなくさせた。


「いいから弱い人は出てってください」


 更にコンプレックスを刺激された高橋は「うっ」と唸り苦い顔をした。その隙に神楽はぐいぐいと高橋を部屋の外へと追い出した。


「ふう。これで邪魔者はいなくなりました。ちょっとやつれました? 恭弥さん」

 そう言って笑顔を向けた神楽を見て、息苦しい生活を一瞬だけ忘れられた気がした。


「いやいや、まだ拘束されて一日だ。そんなはずはないさ。でも、神楽の顔を見れて元気でたよ。外は今どういう状況だ?」


 恭弥の問いかけに神楽は一転して深刻そうな顔を見せた。


「相当まずい状況ですよ。突如として運動会に現れた妖に姉さまという一級退魔師が手も足も出ないまま戦闘不能、三級退魔師他複数が一瞬で死亡ですからね。運営委員のメンツは丸つぶれ、協会は今対応に追われてます。特にまずいのが、そんな妖相手に無傷で時間を稼ぐ事に成功した恭弥さんを吊るし上げる動きが出てます」


「なんで妖相手に必死に戦ったのに吊るし上げられなきゃいけないんだ……いくらなんでも酷すぎる」


「私達は恭弥さんの強さ知ってますから疑問に思わないですけど、普通の三級は使いっぱしりにされる実力しか持ってないですもん」


 そこで神楽は室内を見渡した。そして何かを確認すると鞄から紙とペンを取り出した。


『この部屋はトーチョーされてるみたいです』

「まあな。とはいえ、んな事言われても困る」

『カメラは?』

 差し出された紙にそう書く。


『ないみたいです。そのまま会話するフリをしてください』

「そうだ。お腹減ってませんか。私ご飯作ってきたんですよ」


「マジで? すげえ助かる。昨日の弁当あんま美味しくないし、量も少なかったんだよ」


『このままじゃきょうやさん処刑されちゃいます。ハタ頭は鬼灯と稲荷』


 告げられた衝撃の真実に思わず声が出そうになったが、努めて感情を抑え、会話を続ける。


「うわー美味そう。神楽も料理得意なんだな」

『今椎名が先頭に立って阻止してますが旗色がわるいです。ほとんどの御家が丸め込まれてます』


 稲荷が旗頭に立っているというのであればそれも納得だ。彼らは調略を得意とする。大方鼻薬を嗅がせて味方に取り入れたのだろう。


『たぶんおれはスケープゴートだ。連中俺で時間をかせいでジタイを収拾するつもりだ』


 冥道院関連の過去が露わになってしまえば鬼灯と稲荷の発言権の低下は免れない。それどころか、御家断絶の危機にすらなりかねない。そうならないために事情を知ってそうな恭弥を始末し、ひとまずの時間を稼いだ後内々で解決しようという腹積もりだろう。


「ちょっと色合いが悪いですけど、お肉食べたいかなと思ってお肉沢山入れたんですよー」


「マジでありがたいよ。昨日の弁当はミートボール一個だったから……」


『脱出しましょう。私が匿います。弁当箱の底に地図を入れておきました。そこで落ちあいましょう』

『りょうかい』


 神楽が紙とペンを仕舞った。それから弁当を食べつつ、雑談をしていると、ノックもせずに高橋が部屋に入ってきた。


「時間だ。もう用は済んだだろう」

 面会の時間は終わりらしい。神楽は名残惜しそうに部屋を出ていった。


「それは?」

 高橋の視線の先には神楽が残していった弁当箱があった。しまった、と思った。せめてベッドの中に隠しておけばよかった。地図がなければ神楽と落ち合う事が出来ない。


「神楽が持ってきてくれた弁当です。まだ中身残ってるんで置いてってもらったんです」

(苦しいか……?)


 普通ならば絶対に見逃されない。規則にうるさい高橋ならば尚更だろう。だが、意外にも高橋は弁当箱をジッと見つめた後に「そうか」とだけ言って去っていった。


 それから暫くして、佐藤と高橋が入室してきた。また事情聴取をするらしい。


 昨日と代わり映えしない質問内容を考えるに、事情聴取とは名ばかりのただの時間稼ぎなのだろうと思った。その中で恭弥がボロを出せばそれを名目に処刑出来る。そうでなくても、時が経てば抱き込んだ御家の意見に流されて恭弥は処刑される。


 くだらない時間だった。適当に答えて時間が過ぎるのを待った恭弥は、夜になって脱走をした。

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