第130話

 四人は海岸沿いの東西に分かれて森の中へと入っていった。恭弥と桃花は東側からだ。


 感覚を研ぎ澄ませると、各地でポツポツと戦闘が行われているのがわかった。どうやら狩りの時間はすでに始まっているらしい。


「どうするつもりですか。まさか手当り次第目についた相手と戦う訳でもないでしょう?」

 少し歩いた場所に川があったので、そこで水を汲みながら桃花が言った。


「そりゃそうだ。格を上げるには格上と戦うのが手っ取り早いからな。悪いんだけど桃花、参加者に見えるように雷出してくれないか」


 手っ取り早く格上を呼び出すには、ラスボスの一人である桃花がここにいる事を知らせればいい。そうすれば、桃花を狙った実力者がここに群がってくる。


「それは構いませんが、わたくしは手を出しませんよ?」


「ちょっとくらいは手伝ってくれよ。いくら俺だって大量に群がって来られたら困る」


「……しょうがないですね。状況次第ですよ」


 そう言って桃花は、誰からも見えるほど太い雷を生み出した。これほど目立てば、桃花狙いの人間はすぐに意図を察して寄ってくるだろう。


「せんきゅ。んじゃ、後は待つだけだな」


 恭弥は太い木の幹に寄りかかって座った。桃花はその木の上に飛び乗った。どうやら暫くは上から観戦するつもりらしい。


 そうして10分も待っていると、最初の挑戦者がやってきた。


「椎名桃花はどこだ?」


 恭弥の着る安物の霊装と同じ色の黒い羽織を纏った、いかにも武人然とした無骨な男だった。色こそ同じだが、造りは全く違う。自然系の異能に強い布地である事が一目見てわかった。おそらくは桃花対策といったところだろう。


「悪いが、桃花と戦う前に俺と戦ってもらう」


 男は一瞬訝しんだが、すぐに納得がいったという表情を見せた。


「なるほど、露払いか」

「お好きな解釈でどうぞ。ところで、相方はどうした?」


「俺は一人でエントリーしている。足手まといになるからな」

「了解。ちなみにあんたの格は?」


「二級だ」

「そりゃよかった、格上だ。そんじゃ、やろうか」


 立ち上がり、刀を両手に生み出す。相手の獲物は大太刀一本だった。


 先に動いたのは恭弥だった。一瞬の内に相手の懐に入り込み、下段からの切り上げを狙う。その算段だった。


(あんだけ長けりゃ懐に入り込まれたら何も出来ないだろう)


 そう思うほどに相手の獲物は大きく長い。並の人間ならば持ち上げる事すら困難だろう。


 恭弥は下段に構えた刀を切り上げ――ようとした。だが、万力で締め付けられたかのように押しても引いてもビクともしなかった。それもそのはず、相手の男が恭弥の持つ刀の柄をがっしりと握りしめていたのだ。


「マジかよ……あんたゴリラの親戚か何かか?」


 恭弥とてそれなりに力には自信があった。霊力で様々なものを物質化出来るので、多種多様な武器を扱うために筋力トレーニングは怠らなかったし、霊力の扱いにも気を配っていた。その恭弥をしてビクともしないというのは完全に異常事態だった。


「なかなかの力だが、お前には足りないものが一つある」

「へえ……後学のために教えてくれよ」

「それは……筋肉に対する愛だ!」


 男はそのまま片手で恭弥を持ち上げると、力任せに放り投げた。


 およそ片手で投げたとは思えないほどの速度で吹っ飛んだ。強烈なGがかかる中、恭弥は空中で態勢を立て直してなんとか無傷で着地した。そこから息つく間もなく大太刀の一撃が振り下ろされた。


 恭弥は手にした二本の刀で危うく大太刀を受け止めたが、地力に差があり足が地面にめり込んでいく。


「こ、の……バカ力が……!」


 このままでは押しつぶされるのが見えている。恭弥は一瞬力を抜いてバランスを崩させると、大太刀を斜めにズラす事で回避した。すかさず後ろに跳ねて相手と距離を取る。


(接近戦は不利だな……ちょいと一計を案じるか)


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

 恭弥は九字を切った。同時に、霊力で作成した五芒星が男の六方に現れる。


「星の導き、天は雷、雨を晒したその先に光あれ。六甲結界!」


 恭弥の言葉と共に男の六方に描かれた五芒星が光り輝く。一つの五芒星から伸びた一筋の光の線はやがてもう一方の五芒星へとたどり着き、更にもう一方へ。


 最後の五芒星まで光の線がたどり着いたその時、六甲結界の名の通り、六角形の結界が完成する。中心にいる男はその動きを止め、完全に拘束された。


「陰陽術か……」

 男はそう言って透明な結界に触れた。強度を確認しているようだ。


「あんまし得意じゃないけどな。とはいえ自信作だ。破ってくれるなよ?」

「残念だが――」


 男は大太刀を上段に構え身体を弓のように引き絞り、振り下ろした。

 風切り音の次に、ガラスが割れるような音がした。結界が引き裂かれた音だった。


「この程度ならば問題ない」

「あーあ。やっぱ師匠みたいには上手くいかないか。だけど――」


 恭弥は指を鳴らした。すると、男の頭上に大きな門が現れた。その門は強烈な吸引力で周囲の全てを飲み込んでいく。


「四門画廊単独バージョン。初めてやったけど案外上手くいくもんだな」

 地面に大太刀を突き立て、必死に吸い込みに抗う男に恭弥は語りかける。

「気づかなかったろ? 実は俺陰陽術の詠唱破棄出来るんだ」

「くっ……! この!」


 通常陰陽術を使用する際には九字を切るのとは別に詠唱と呼ばれるプロセスを踏む必要がある。だが、ある程度以上修練を積むと、威力と引き換えに詠唱を破棄する事が出来るようになるのだ。


 恭弥は陰陽術を使用する際にわざと詠唱をする事によって、詠唱破棄の技能を保持していないと錯覚させた。基本的に詠唱破棄の技能を保持しているのは二級以上なので、事前の会話で自身の格が三級以下であると明示していたのも効果的だった。


「どうだー? ギブアップするか?」

 すでに身体の半分ほどが門に飲み込まれている男に尋ねる。


 四門画廊は術者の保持する霊力が多ければ多いほど力を発揮する術だった。つまり、莫大な霊力を保持している恭弥のためにあるような術だ。本来の使い方ではないとはいえ、その威力は対策をしていない二級程度の退魔師であれば対処のしようがない。


「……っ! ギブアップだ!」

「あいよー」

 恭弥は四門画廊を解除し、戦闘の意思をなくした相手に近寄っていく。


「……なぜお前のような奴が今まで無名だった」

「こっちにも色々事情があってな。霊札くれ、今回は格上げしないと鬼が怒るんだ」


 男は大人しく所持していた霊札を恭弥に渡し、去っていった。


「鬼とは聞き捨てなりませんね」

 真後ろから声が聞こえた。木の上で観戦していた桃花が下りてきたらしい。


「聞こえてたのか。言葉の綾ってやつだよ。そんな怒るなよ」

「怒ってはいませんよ。呆れているだけです。貴方のために言っているという事を未だに理解していない事に呆れているのです」


「いやいや、わかってるよ。だからちゃんと真面目に戦っただろう?」


 先程の相手は、不利ではあったが陰陽術を使用せずに力押しで勝とうと思えば勝てた。だがそれでは査定に有利に働かないので、わざわざ陰陽術を使用して様々な状況に対応出来るという事をアピールしたのだ。


 一応桃花にしてもその事はわかっているのか、小さくため息をつくに留まり、それ以上追求してくる事はなかった。


「しかし、二級相手に随分余裕があったようですね」

「んー、まあ今の人は脳筋だったし、二級の中でも下の方だろう」


 恭弥の言葉に思うところがあるのか、桃花は考え込むような素振りを見せつつも、「そうですか」と言った。


「ではこの調子で頑張ってください。次が来たようですよ」


 言われて感覚を研ぎ澄ませると、今度は四人向かってきているのがわかった。


「ちょっとくらい休憩させてくれたっていいだろうに……まったく」

「わたくしは観戦させていただきます」


 言うが早いか桃花はさっさと木の上へと飛んでいってしまった。後はさっきの焼き直しだった。桃花との対戦を希望する相手を恭弥が単独で相手をする。


 そうした事を数時間も続けていると、次第に挑んでくる者はいなくなった。

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