第41話

 家を出ると、玄関先にリムジンが二台停まっていた。この光景にもここ数日で慣れていた。ガチャリとドアを開けて出てきたの椎名姉妹と薫だ。


 桃花と神楽は宣言通り、あれ以降毎日こうして通学を共にしていた。薫はというと、昼食を共にしたあの日以降椎名姉妹に対抗するかのように朝早くから狭間家の前に車を停めて恭弥達が家を出るのを待っていた。最初は普通のセダンで来ていたのに椎名姉妹がリムジンで来ているのを知ると、やはり対抗するかのようにリムジンで来るようになっていた。


「おはようございます」

「おはようです、恭弥さん」

「おはよー」

「おはようさん。お三方は相変わらず元気そうで何よりだよ」


 傍使いモードに入った文月は四人から一歩引いた位置に移動し、主張小さく「おはようございます」と言って頭を下げた。


「貴方は朝から随分と難しい顔をしていますね」

「お前らの事で悩んでんだよ」

「私達の事ですか?」


「そうだよ。どうすれば君達が仲良くしてくれるかで俺は日夜頭を悩ませてる訳だ」

「それは無理じゃないかなー。私はともかくそっちの二人が敵意剥き出しだし」


「達者な口です事。親の力を使って企んでいる者が言う事ですか」

 桃花しれっと毒づき、


「自分じゃ何も出来ないから親を頼るんですよね。頭に行くべき栄養全部胸に行ってるんじゃないですか?」

 神楽がダイレクトに罵倒する。見事なまでの連携プレイだった。しかしそこは流石の薫だった。まるでダメージがない。


「メス猫がなんか言ってるけど全然聞こえなーい。犬みたいに尻尾振って恥ずかしくないの?」


「だからぁ! そういうのをやめろっての。わかる? なんでお前らはお互いを挑発する事でしかコミュニケーションを取れないんだ。そんな事じゃ社会に出た時生き残れないぞ」


「社会に出る予定無いからいいもーん」


「私達ってもう社会人みたいなものじゃないですか? お務めでお金稼いでますし」


「それもそうか……もういいや、言っちゃおう。恥ずかしいから宣言する予定無かったんだけど俺普通に皆の好意を受け入れる事にしたから」


 一瞬で空気がヒリついたのがわかった。そうなるように誘導した文月も固唾を呑んでこの後の様子を伺っている。


「どういった気の変わりようですか」

「俺も色々考えたんだけど、今の状況が生まれたのって、結局俺がフラフラしてるからだと思うんだ。だから、せっかく退魔師って事で側室制度を利用出来るんだから受け入れちゃった方がいいかなって思った訳」


「結局私が言った通り側室制度を利用する事にしたんですね。でも、そうなると誰を正妻にするか決めてるんですか」


「……目下検討中だ。それはそうと、そもそもまずはっきりさせたいんだが、三人共俺に好意があると思っていいんだよな? じゃなきゃ俺マジで恥ずかしい奴だぞ」


「どう思いますか?」

 桃花の問いにウンウンと頭を捻るが、彼女はそれらしい行動は取ってもはっきりと好意を口にした記憶がないように思う。なんとなくその場のノリで好意があると解釈していたが、本当のところどうなのかわからなかった。


「……わからん。保留で」

「私は恭弥さんの事好きですよ」

 とは神楽の言。

「お前は知ってる」


「私はまだわからないかな。でも、好きに傾いているのは認める。今後の恭弥君次第って感じかな」


「おい待て。じゃあ何か、神楽以外は本気で好きでもないのに争ってたってのか」


 恭弥の問いに誰も答えなかった。恥ずかしいやら悲しいやらで全身がむず痒くなった。


「こうなるからこんな言いたくなかったんだ! すげえ恥ずかしい奴じゃねえか俺! ちくしょう! お前らのやってる事はとどのつまり大して好きでもないけど人に取られるのはヤダからとりあえず手元に置いておくだぞ? 俺はキープ君じゃねえんだぞ!」


「ほ、ほら、私は恭弥さんが一番好きですよ?」

「神楽ぁ……お前だけが頼りだよ」


 泣きそうなほど恥ずかしかった恭弥は、両手を広げておいでおいでをする神楽にふらふらと近づいていく。


「よしよし。なんだかんだ言って姉様も恭弥さんの事好きですから、落ち込まないでください。ね?」

 神楽はその豊満な胸で恭弥の頭を抱え込むと頭を優しく撫でた。


「う、う、う。マジで泣きそう」


「あのさあ、そういう事されると困るんだけど。ほんと犬みたいに尻尾振って恥ずかしくないの?」


「性格悪い野良犬が何か言ってますけど気にしちゃダメですよ。あんなおっぱいしか取り柄がないようなのは忘れましょう」


「カチーン。そんな事言うならどっちの胸が良いか恭弥君に判断してもらおうよ」

「うげっ」


 ぐいっと首がギリギリ変な方向に曲がらないほどの力で神楽から引き離された恭弥は、今度は神楽以上の胸囲を誇る薫の胸に顔をうずめさせられた。


「どやさ! Gカップのふかふかは!」

「い、息が出来ない……うごっ!」


 恭弥の学生服の襟を引っ張って薫から引き離した桃花はこう言い放った。


「天下の往来でこのような事をして恥ずかしくないのですか」


 常と変わぬ口調でそう言った桃花だったが、その眉根には深い皺が刻まれており、相当腹に据えかねているのがわかった。


「た、助かった……」

「周囲の視線も集めていますし、ここまでにしておいた方がよろしいかと……」


 普段会話に割って入る事のない文月の援護もあり、とりあえずこの茶番は幕を閉じる事となった。しかしながら一端始まった戦争の火種が消える事はなく、依然として冷戦状態が続いていた。


 それは学園について昼休みを迎えてからも続いており、特に神楽と薫は場が許せば今すぐにでも殺し合いを始めかねない勢いだった。お互いを視線で牽制して、神楽はガツガツと油断なく、薫はパクパクと余所見せずに相手を見ながら弁当を食べていた。


「二人共、頼むから殺し合いだけはやめてくれ。俺は一生のお願いをここで使う」


(じゃなきゃ俺の努力が水の泡だ)


「ちょうど、そろそろ大きなお務めが起こりそうですね」

 桃花のその発言は二人の注目を集めるだけの響きがあった。


「よい機会です。どちらが上かはっきりさせればよいのではないですか」

「流石姉様、とても良い案です」

「私も業腹だけど乗ってあげるよ」

「ならば、二人でペアを組むとよいでしょう」

(ああ……なんて事だ)


 眷属達との戦いは各地で発生するというのに、神楽と薫がペアを組んでしまったら戦力の一極集中が起こってしまう。そうなれば誰かがその穴を埋めるしかない。その誰かの最有力候補とは他ならぬ恭弥であり、そんな事態が現実となれば考えていた三つのファクター全てを確認出来ない可能性すら出てくる。


「普通に模擬戦じゃダメなのか……?」

「退魔師ですからね、やっぱりお務めで決めないと」

「私の異能じゃ模擬戦でも殺しかねないもん。お務めしかないよ」

「あら、私に勝てる気でいるんですか? 私はそんなノロマな瞳術は食らいませんよ?」

「ボーボー火を燃やすしか能のない人に言われたくないかな」


(クソ! これだから退魔師連中は嫌いなんだ。血気盛ん過ぎんだよ。どうすりゃいいんだよ)


 大幅な計画変更を要求された恭弥の悩みとは裏腹に、「赤い月」はどんどんと迫っていた。すでに百人近い人が犠牲となっている。おまけに、人の犠牲の影に隠れてこちらはまだそこまで騒がれていないが、動物園の動物達にも犠牲が出ている。彼女はすでに大量の眷属達を作り始めている事の証左だった。


 こんな状況で「赤い月」に突入してしまえば、本編開始前に主要人物の誰かが戦線離脱ないし、最悪死んでしまう可能性すらある。

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