第38話

 桃花と神楽、がしゃ髑髏をこの場に呼び寄せた張本人である桃花は、事の始まりをじっと待つ。反対に、神楽はソワソワとした様子で事の成り行きを見守っていた。


「姉様、約束ですからね。危なくなったら私が助けます」

「ええ、構いませんよ」

「頑張ってください。恭弥さん」


 二人は視線を恭弥へと戻す。グラウンドではジリジリと両者が距離を縮めていっていた。


 がしゃ髑髏とは、野垂れ死んだ人々の怨念が集まり生まれた巨大な骸骨の妖である。概念系の攻撃などは一切使用せず、純粋にその強固な骨の防御力と、恨みつらみで凶刃と化して常軌を逸した切れ味を誇る日本刀を武器に戦う妖だ。


 対する恭弥も概念系の攻撃や自然現象系の異能を持ち合わせていない。この戦いは、いわば力と技、命を賭けた純粋な実力勝負という事になる。


 両者が駆ける。がしゃ髑髏が両手の凶刃を一直線に縦に振るう。恭弥はそれを真正面から受け止めるも、大した抵抗もなく手にした刀が折れてしまった。


 だが、そんな事は織り込み済みである。がしゃ髑髏の凶刃に対抗出来る刀を生み出す事が出来ないのはわかっていた事だ。だから、予め予定していた通り身体をひねり、がしゃ髑髏の横っ腹に思い切り膝蹴りを叩き込む。


 ガキン、という金属がぶつかったような音がした。相当力を込めて打ち込んだが、がしゃ髑髏はたたらを踏むだけで、その頑丈な肋骨には傷一つついていなかった。


「マジかお前」


 しかし、次の一手を打ち込むだけの隙は生まれた。今度は大鎚を生み出し、頭蓋骨めがけて思い切り振り下ろす。


 再びガキンという音が鳴った。大鎚の柄が折れてしまったが、さしものがしゃ髑髏も今の一撃は堪えたらしい、カタカタと歯を鳴らすと、凶刃を雑に横に振った。恭弥は後ろに飛んでそれを回避すると、先程大鎚を当てた位置を確認した。


「……カルシウム摂り過ぎなんだよバカ野郎」


 気持ち良く決まったと思った一撃はしかし、がしゃ髑髏の頭蓋骨を僅かに削っただけでヒビすら入れる事は出来ていなかった。


「どうやら師匠の出番のようですね」

 フワリと恭弥の懐から人型の式が浮かぶ。ふよふよと恭弥の周囲を飛び回ったかと思うと、次の瞬間式は千鶴の姿を取った。


「お恥ずかしながら、弟子の力だけじゃ手に余るっぽいです。助かります」

「ふふ、師匠の面目躍如ですね。さあ、動きを止めますよ。緊縛きんばくじゅ!」


 分け身の霊力で生み出された式神が、がしゃ髑髏の四方に飛んでいき千鶴の言葉と共に青白い鎖を生み出しその身体を拘束する。


 そんな様子を離れた位置から観察していた神楽が言葉を放った。


「いいんですか? 姉様の意図するところからは外れていると思いますけど」

「好ましくありませんね」

 そう言って桃花は雷斬を鞘から抜き放つ。


「今ならば分け身の最大の弱点、背中の式を狙い撃てます。しかし、千鶴さん相手では通用するかどうか……」


「……しょうがないですね。私が最初に一撃入れるので、姉様はその隙に式を狙ってください」


「よいのですか」

「フェアな勝負をしたいので。後でやっぱナシって言われたくないですもの」

「そうですか。では、頼みます」


 神楽は桃花の雷斬と対を成す椎名家に伝わる名刀、「ひうち」を鞘から抜き放つ。美しい小烏造りの反りの少ない刀身は、漆黒の身に真っ白い波紋がついている。


 燧はその名の通り火を生み出す事の出来る刀だった。伝説上の生き物である不死鳥をその身に宿すと伝えられる燧は、真に使いこなす事が出来れば使用者の死という概念すら焼き尽くす力を持つとされている。


 神楽は歴代の燧使いの中で最も真に迫る使い手だったが、それでも尚不死鳥を顕現させるには至っていない。とはいえ、燧が持つポテンシャルを十全に引き出す事は出来ている。


かすみほむら


 神楽の言葉と共に燧の切っ先に球状の炎が生み出される。握りこぶし大のその炎は、極大にして超高温の炎が圧縮された姿だった。神楽は弓を引くように燧を引き絞ると、刀身を思い切りに前に突き出した。


 メジャーリーガーも真っ青の速度で放たれた球体炎は寸分違わず千鶴の分け身へと向かっていく。常人であれば避ける事叶わぬその一撃を、流石は千鶴といったところか、彼女は指で五芒星を描いてある種のブラックホールを生み出す事で難なく回避した。だが、いかな千鶴といえど分け身ではその後に控えていた桃花の一撃を回避する事は出来なかった。


「しまっ――」

蛇追じゃついらい

 地を這うように光速で接近した雷の蛇が千鶴の脊椎に埋め込まれた式を破壊する。途端、千鶴はその姿を霞ませ、焼け焦げた式の燃えカスが情けなく地面に落ちていった。


「嘘だろ……ここでまさかの増援かよ。ふざけんな、もうお腹いっぱいだっつの!」


 がしゃ髑髏に斬りかかろうとしていた恭弥は慌ててその足を止め、後ろに跳ねて周囲の気配を油断なく探る。しかし、どこから攻撃が加えられたのかわからなかった。それもそのはず、桃花と神楽は事前に霊力を込められるだけ込めた呪符を使った隠形の術を使用していたからだ。陰陽術の専門家でも無い限り姿を探し当てる事は出来ない。


「クソ! 見えねえ……!」


(しょうがない。背後からやられない事を祈るしかないか……)

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