二匹目



 コンビニの中は昼近くの時間に近いはずなのに、不気味なほど薄暗かった。


 この中では明かりが点されていない。昨日の災害の影響もあってか電灯はすべて落下し、店の光源は潰されている。破壊の限りを尽くされた市内ではこのコンビニも例外ではない。


 倒れ尽くした棚と散乱した食品や日用雑貨たち。食料として持って行こうにもどれも食えたものではないほどに踏みつぶされていた。


 耳をすませ、目を凝らし、外の明かりを利用しながら棚に挟まれているモノを探る。


 ……折り重なる棚の下、ふいに蠢く者を俺たちは捉えた。


「ぅぅ……たす、けて……!」


 か細く、なおも生きあがこうとする少女の声だった。


 見てみれば小学生ほどの背丈だろうか。アニメキャラがプリントされたシャツに半ズボンといったいで立ちを見るに逃げ遅れた避難民かもしれない。


 キジヤさんに目を配り、エゾヒグマに指示を送った。


 周りににらみを効かせたエゾヒグマが周囲に目を向けている間、俺とキジヤさんで挟まっている女の子の救出を試みた。


 棚の方は思いのほか大きく、チョコ類が置かれてる棚と正反対の菓子類が置かれてる棚が倒れた時にうまい具合に折り重なっていたようだ。これが敵から身を隠しながら、一晩分の食料を確保できた理由のようだ。見てみれば中には食い散らかされたスナックの袋も落ちている。


 一緒に持ち上げて、僅かに出来た隙間から女の子は自ら這い出た。


「もう大丈夫だ。エゾヒグマ、敵は」

「……まだ俺たちに気付いてねぇ。急いでこのまま出るぞ」


 女の子は顔を青ざめたまま、がくがくと震えている。目もとも涙があふれ、安心のあまりグスグスと泣きじゃくってる。


 もうココにいたところで何もない。何かが起きる前に、急いでこの場から脱出を試みた……


 その時だった。店内の隅の方で、がたりと大きな音がたてられた。


「あっ……ああああああ! た、たすけ゛っ! たすけてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 男だ。女の子と同じくらいにボロボロの姿のまま、恐怖で青ざめた顔で俺たちを見つめている男が足を引きずりながら大声をあげながらこちらに向かってきた。


 助けられるならそうしたい。けれど、ふいに頬に伝わる”冷気”が俺たちの背中をゾクリと撫でた。


 いる、確実に、やつらがここに。


 肩を掴まれる。「もう無理だ! 逃げよう!」とキジヤさんが急かしてくる。あの男と俺たちとでは距離があった。入り口側にいる俺たちと店の端にいる男。救出するにはあまりにも条件は悪かった。


「あ、あああああああっ!!! た、たのむっ、たすけてっ、たすけ゛っ゛ぇ゛、っ」


 濁る水音に似た悲鳴が、男の命を終わらせたのだと悟らせた。


 背中から生えたか透明な氷柱が鋭い切っ先に暖かな血をしたらせている。一目で絶命だと判断できる一撃を見てからの行動は早かった。


「走れ!」


 張り上げるエゾヒグマの怒声と共に彼女の肢体が敵に猛進する。力任せの一撃が、目には見えない怪物へと振るわれた。


 すぐさま俺たちは女の子を連れて逃げ出す。入り口は近いから外に出るのは容易だった。


 外に出てみれば明るい光景が広がっていた。まだ昼になりたての時間帯、昼食を行うのならばベストな時だ。


 だが、抜け出したコンビニへと振り返り、手に持ったおまもりを持って念じた。


 エゾヒグマの言う通り、おまもりを持っていれば彼女の容態やその時の状況が目に取るようにわかった。


 戦っている相手は昨日と同じ、雪のディザスター。空気中に浮かぶ空気を瞬時に尖らせて槍のごとく突いてくる戦法は昨日と同じのようだ。


 敵の一撃、一突を素手でいなしながら的確にエネルギーを発した拳で殴りぬいている。攻撃の素早さにおいては敵の方だ上だが、戦闘経験とすばやさの低さを補う技量についてはエゾヒグマのほうが上だと言えるだろう。


 しかし、敵の方もバカではなかった。氷柱の突きでは不利だと知り、奴はその場で力そのものを蓄え始めた。


 それはエゾヒグマの目やおまもりを持ってしても目で見て取れるほどだった。なにか、エゾヒグマと同じ様に何らかの技を発動させようとしている。


「あ、あのお姉ちゃんは……?」


 俺の後ろ側で震えていた少女が、心配げに呟いた途端……


 轟音、爆撃、暗闇に包まれていたコンビニの天井が宙高く舞い上がり、エゾヒグマの体が店内の棚ごと吹き飛ばされてきた。


 突風で吹き飛ばされたかのように飛んできた棚は幸いにもエゾヒグマが言っていたように”結界”らしきもので阻まれ、宙に浮かんでいたコンビニの天井も遠くの方へと投げ飛ばされていった。


 エゾヒグマ自身も吹き飛ばされた体で上手く受け身を取り、その場で態勢を整え、敵を睨みつけた。


「っ……来やがれ!」


 威勢よく張り上げた声に物おじすることのない一突がエゾヒグマに見舞われた。


 鋭利な切っ先が迷うことなく彼女の眼光を狙い、紙一重の動作で回避させた。避けられたことにより、エゾヒグマの拳がディザスターを捉えた。


 独特な異音が鳴り響き、攻撃の手が休められた。


 あの不思議現象の塊にもどうやら”のけ反る”、みたいなことがあるらしい。


 隙を見せたところをエゾヒグマは見逃さない。片手で掴んで見せている打撃と斬撃を同時に行える”熊手”を両手に持ち替えて、トドメの一撃が放たれた。


「っ! ちぃっ!!」


 直後、真正面に向かうはずだった彼女がその場で横に振りかぶった。


 氷柱の叩き割れる音が、ぱらぱらと地面にこぼれていく。蠢く影が、名残惜しそうに宙に氷柱を生やしながらエゾヒグマを睨みつけている……気がした。


「に、”二体目”……!?」


 キジヤさんの言葉に心臓が嫌な音を立てた。


 見てみれば、その場で氷柱を作り出している現象がさきほどまで熊手を振り下ろそうとした真正面とエゾヒグマの真横で起きている。トドメの一撃を振るわなかったのは、自分に狙いをつけていた敵がもう一人いたことに気付いたからなのだと俺はようやく気付いた。


「で、出たっ……! 氷柱のおばけ……! やっぱり、”二匹”いたんだ……!」


 背中で震えていた少女が声を絞り出した。


「キミ、知っていたのかあの怪物が二匹いたことに」

「ぁ、あ、あ、あいつがっ、あいつがいてっ、外……で、出られなくてっ、だ、だから、ぁ、ぁぁっ……」


 ショックでひきつけを起こしながら何かを教えようとしてくれている。


 もう何も言う必要はない。酷な記憶を掘り下げさせてまで、思い出させるような真似はいらないはずだ。


 キジヤさんもそれを知っての事か、何も言わずに少女の背中を軽く叩いた。

 

「っ、ぐぅぅっ!!」

「エゾヒグマっ!!」


 俺が意識を逸らしていた間に、彼女の肩を切りつけるようにして一振り加えられた。


 ざっくりと切れた肩は彼女の服を赤く染めてしまうほどに流されて、痛々しく煌めいている。ぽたぽたと血の雫が流れるたびに、もはや先ほどの一撃は不可能だと思い知らされた。


 窮地だ。不可思議な力を操る雪のディザスターが二体にこちらは負傷した戦闘要員が一人。場を打開するにはあまりにもこちらが不利だ。


 俺たちは最初から物の数じゃないうえに、もとから指示を出す側だ。今は結界で守られているが、もしもここでエゾヒグマがやられる物ならば……


 せめて、せめて”戦える手”がもう一つ欲しい。


 フレンズがもう一人いればそれも可能だろうが、ここに来るまでに俺たちは野良猫やカラスはもちろんのこと、ネズミの一匹も見つけられなかった。もちろん、この場にだっていない。


 ならば敵が減ればそれでいいのではないか。そんなこと、やれれば最初からやれている。窮地でなければ、エゾヒグマが負傷していなければ、俺がよそ見をしていなければ……


 戦力の増強、敵の数、俺たちに背負わされたこの問題に直面し……


 一つの案が脳裏をよぎった。


「待て、”行ける”か……? 敵の本質がフレンズと”同じ”なら……!」

「……ヒラナリ君?」


 エゾヒグマから聞いたサンドスターの事を思い出す。


 動物を人化させるフレンズ化、自然現象に独立した意志と人格を持たせるディザスター化。これらの共通点はヒトではない物をサンドスターという物質を利用し、なんらかのプラズマエネルギーによって”擬人化”させる現象のことだ。


 もしも、”フレンズ化”と言うモノがそもそもからして”動物”だけじゃないとしたら?


 人の意識や知識、さらにはイメージによってその姿を”固定”させるのであれば……


 ヒトの認識、観測を受けていないディザスターをサンドスターによって”観測”すればどうなる……?


「エゾヒグマ! 攻撃を片方に絞れるか!」

「な、なに……?」


 その場の思い付きと検証もないまま、俺は試そうとしている。


 だけど、やるしかない。憶測とは言え、これ以外にやれることがなく、成功しなければどっちみち待ち受けているのは死だ。


 しかし、そうなれば彼女に背負わせるのは敵が二体のこの状況で片方だけを相手にしろと言ってるような物。命の危機はある。それでも……


 エゾヒグマは微笑を持って答えてくれた。


 力が入らないはずの片腕に力を込めさせ、熊手を持って敵に向かっていく。懐に潜り込もうとして、いくつかの氷柱の一撃を受けながら進んでいくが、それでも彼女の頑丈さが勝って敵に一撃を加えるのに成功した。


 そうなれば、もう片方が黙らない。振りかぶって隙だらけのエゾヒグマの背後に一刺しを狙って放たれた氷柱が……


 その場で、静止した。


「っ……!? ぎ、ぁ……!!?」


 おまもりから発せられるサンドスターの輝きが、エゾヒグマの背中を狙おうとした雪のディザスターを拘束した。

 

 声が聞こえる。腹も、喉も、口もないはずの怪物からうめき声に似た物がひり出されて、苦悶の声をあげながら抵抗している。


 腕から体にかけて力が抜けていくのを実感した。体力や生気と言うべきか、自身を奮い立たせるものを根こそぎ奪い、力に変えられていく。そんな実感が。


 膝をつきそうになって、後ろにいる女の子が心配そうにして見ていた。


 倒れるわけにはいかなかった。もう、これ以上、逃げるわけにも、死なせるわけにも。


 ……時間にして一分として経たなかったはずだ。俺の読みはあたった。


 そこには、少女がいた。白髪のショートヘアに黒い瞳、ホワイトカラーのカーディガンとスカートで身を包んだ獣耳の少女が鼻をヒクヒクさせて周りをちらちらと伺っている。


「……ここは」


 真面目そうな声、と形容した。エゾヒグマの逞しさを感じる毅然としたモノとは違い、理知的な慄然とした芯のある少女と言った感じだった。


「か、怪物が……女の子になっちゃった!?」


 後ろで驚く少女の反応を見て、ようやく成功したのだと俺は確信した。


 おまもりを通して、彼女の情報が俺の中に伝わって来る。握りしめたまま、彼女の名を叫んだ。


「……”オコジョ”!」


 丸い瞳から鋭い視線を発し、敵へと向けられた。


 細身の足が地を蹴り上げ、しなやかなその身を宙に舞い上がらせ、プラズムを纏った足先が敵の頭上目掛けて叩き伏せた。


 苦悶の声の代わりとなって荒れ狂うように氷柱が生えだした。二人に目掛けて放っているようだが、その技は怒りよりも焦りや追い詰められたことによるがむしゃら染みた攻撃だ。あれでは当たらない。


「初めましてエゾヒグマさん。援護します」

「ああ、任せた!」


 でたらめな氷柱の連撃から距離を取りながら、二人は出会ったばかりでありながら軽快な連撃で敵を迎え撃った。


 傷を負ったエゾヒグマを背にし、前に出たオコジョが氷柱の連続突きを迎撃して見せた。前方向からとは言え、決して遅くはないソレらを見切りながらへし折り、回し蹴りの要領でうまくいなしている。


 戦闘において、冷静さを保ちながら戦っているオコジョは雪のディザスターよりも冷徹さを帯びているように思える。決して焦ることなく、その身をくねらせながら氷柱の一突きを回避して見せ、距離を詰めながら軽い一撃を浴びせて行っている。


 オコジョ一人だけなら雪のディザスターも楽勝と思っているのかもしれない。だが、背後で待機させていたエゾヒグマを忘れてもらっては困る。


 ふいにオコジョが微笑を浮かべた。その意図を察しきれなかった雪のディザスターはその場で飛び上がったオコジョの後……控えていたエゾヒグマの猛進の一撃をかわすことが出来ない。剛腕の一振りが、今確かにディザスターの身を引き裂いた。

 

「深手を負わせた……オコジョ、頼む!」

「はぁぁぁぁぁっ!!」


 ゆらりとその場所が揺らいだ。雪のエネルギー体であるはずの場所に、オコジョの鋭い爪先が見舞われた。



「オコジョです。よろしくお願いしますね、”園長”さん」

「ああ、よろしく」


 戦いの後、コンビニから離れた場所で俺はオコジョと握手を交わしていた。


 フレンズ化してからであった彼女とのちゃんとした挨拶、救出したばかりの少女の精神状態が安定するまでしばらく休憩したかったからだ。なにより、負傷したエゾヒグマの体もある程度休ませておきたかった。


 彼女の方はだいぶ良くなったようだ。フレンズ特有の肉体的体力と回復力は俺たちが思っていたよりも常識外れのようで、骨まで見えそうだった傷跡が気づけば切り傷程度にまで治っていた。


「これからはあなたの二人目のパートナーとして奮闘させていただきます。よろしくお願いしますね」

「あ、あぁ……頼むよ」


 きゅっと握ってくるオコジョの手は雪のように冷たく思えた。


 彼女は戦いの中で見せた激しさとは別の一面を見せてくれる。すらりと伸びた細く白い腕は敵を屠った鋭い爪先とは思えず、フレンズの不可思議さを実感させられた。


「それで、あの子の方は……」

「……え、あっ、だ、大丈夫です。私なら、もう……」


 肩で息をしながら地面をジッと見つめていた女の子の顔色はだいぶ血色良くなってきた。


 コンビニから救出したときには死人とすら思えるほどに青ざめていたのに、持ち運んでいた缶詰や水を貪っていたらだいぶ精神的に安定したようだ。


 オコジョも気にしていたようで、彼女の経緯を話してやると姉のように話を聞いてあげている。ちゃんと目線を合わせて腰を落としているのが彼女の細やかな性格が出ている。


「ここからだいぶ歩くことになりますけど、大丈夫?」

「だい、じょうぶです……あたし、あるけます」

「それならよかったですわ。無理はしないようにね」

「は、はい……えと、あたし『サクマ・アリサ』と言います」

「そう、アリサちゃん……安全なところまで、私と手を繋いでくださいね。また敵が出てくると危険ですから」


 親し気にアリサに話しかけているオコジョの顔は穏やかな表情を浮かべている。他者を慈しむ気持ちがあるならば、それは頼もしさよりも求めていたモノだ。


 エゾヒグマの体力の回復を待ち、アリサの気持ちがだいぶ落ち着いたところで俺たちは目的地へと向かった。


 ここからは大通りを歩いていくよりも路地裏の方を歩いていく。この町の土地勘を持っている者ものからすれば最短ルートを導き出せる。この災害が幸いとなったと言っていい物か、私有地などを通り過ぎても誰にも咎められない。化物たちと連戦するよりもそちらの方がよかった。


 道中、身を潜ませつつも休憩を挟んで移動していった。


 その途中、キジヤさんと俺はコンビニでの一件を話した。


「昨日、エゾヒグマが言っていたことを思い出したんです。サンドスターは感情的、抽象的イメージをエネルギーに変えて形のあるエネルギーその物に意識を与えられるって」

「……そうか、ディザスターその物が”人格を持った災害”……”自然エネルギー”その物だからそこから逆算してフレンズに変質させたのか」


 両者の存在が本質的にサンドスターによって”変質”したモノであるならば、それらの違いはヒトの観測や認識の有無ではないか。あの時はイチかバチかだったが、俺の読みは運よく当たってくれた。


 しかし、今回の事が同じように通じるかははっきり言って未知数だ。戦闘中なのに指示やフレンズの技を引き出すための俺が倒れかけたのならばかなりの綱渡りになる。何より、オコジョの時が運よく変質させられたという可能性だって捨てられない。確かめようにも今の俺たちには余裕なんてなかった。


 ……歩き続けてだいぶ経っただろうか。目的の場所が見え始めてきた。


「……アキさん、見えてきました。あれが”ジャパリモール”ですわね?」


 オコジョの言葉に俺は軽くうなずいた。

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