第100話 軍人としての矜持

「……」

 妲己は腕をだらりと下げ、その場に崩れ落ちた、愛弟子が敵に回った現実を受け入れられないからだ。

 アーサーの不死の秘密を破ったが、ここで戦況は逆転してしまった。

「兵を撤退させるため、私はここに残る。それにズーハンを殺すわけにはいかない」

 ズーハンは殺せない――ブオは拷問などはあくまで任務遂行のための必要悪だと考えているのであって、情は寧ろ厚い。

 妲己とズーハンの絆もあるし、民のために尽力してくれたとあれば殺すなどという選択肢は取れない。

「危険です、参謀!」

 隊長の兵士が博に警告した。射撃武器なしで功夫遣いを相手取るにはあまりにも相手が悪すぎる。 

「兵は軍の礎、君らにも家族がいる。死ぬと分かっていて殺させるわけにはいかない」

「……わかりました」

 隊長は博に敬礼し、

突撃兵アサルトを撤退させます」

「よし、順次後方へ撤退せよ。殿は私が務める!」

 兵が撤退を始めたのを確認すると、博が帽子を取り、妲己を庇うようにして前に出る。

「帝やヤンが来るまで私が時間を稼ぐ。無理をせず下がれ」

「参謀?」

 博の言葉を聞き、妲己は耳を疑った。功夫遣いでもない只人が戦おうというのだから無理もない。

「なに、功夫遣いではないが。若かりし頃はヤンと武勇を競った間柄だ。言うほど無謀ではない」

「だが、銃もなしに無謀だぞ……」

 妲己が諭すのだが、博は首を横に振る、単騎で戦うという決意は揺るがない。 

「おいおい、馬鹿か。死ぬ気か?」

 アーサーの嘲笑が聞こえてきたが博はフッと笑みを浮かべ、

「ならば、死ぬ間に貴様らオートマトンの首を一体でもへし折ってやろう」

 博は羽織っているコートを脱ぎ、拳を構える。

 その引き締まった身体はかつてヤンと競っていただけあり、鍛錬を怠っていないことがわかった。


「覚悟せよ、錬金術師アルケミストッ!」


 博が吠える。悲壮な決意を秘めたその咆哮は森を響かせるのではないかと思わせた。

「なら、望み通り殺してやる。行け、オートマトン!」

 ズーハンを含めた、オートマトンたちが博に一斉に博に襲い掛かった。

「舐めるなッ!」

「――ッ!」

 博がオートマトンに手刀を振り下ろす。鍛えられているというだけあり、文字通り首をへし折って見せた。

「行けッ!」

 アーサーがオートマトンを二人、博の元に向かわせる。

「はッ!」

 博は的確にジャブをオートマトンの腹に当て、地面に沈める、次はもう一体だ。

「死んでいただきます!」

 博の隙をついたもう一体が、まっすぐ拳を当ててきたが、手で受け止めて見せた。 

「!?」

 オートマトンは自分の拳を受け止められたことに驚愕して固まってしまう。

「ふん!」

 博はもう一体のオートマトン腹に蹴りを埋めた。

「……」

 博がオートマトンを圧倒する姿にオートマトンは怖れをなしている。

「どうした、私をくびり殺すのではなかったか!? 功夫遣いでもない私に何を怯えている!」

 博はまた吠えるのだが、これも計算の内だ。

 ――やはり奴らは私を見下している。これは、好機だ。

 只人の博に圧倒されるとは思っておらず、それがオートマトンの戦意を削いでいたのだと博は見抜いていた

 普段のズーハンならともかく、アーサーにコントロールを奪われている影響なのか、他のオートマトンと同じようになってしまっていた。

「……」

 ――とはいえ、長くは持たないか。

 功夫遣いや仙人ではないのだから、ハッタリは長くは続かない事もわかっていた。

 妲己が戦線復帰し、フェイやヤンが増援としてくるのを待つしかなく、不利なのは変わらなず、アーサーは神の絡繰兵という切り札を隠し持っているからだ。

「来い、オートマトンッ!」

 博は絶望的な状況を覆すため気を張た。ここで博が戦意を失えば、兵も妲己も殺されてしまえばフェイたちも戦意を失う。


 参謀の矜持を見せる戦いはまだ続く。

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