第89話 飛翔功夫

 ヤンとフェイが地上で激戦を繰り広げていた頃、戦力を分散させるための囮として空に上がった京は――。


「お前たち三人はスープーに乗って飛ぶのは初めてだったな。浮遊感に戸惑って、落ちるなよ」

「わ、わかっているッ!」

 太公望が気遣って妲己と妲己と共に行動していた功夫遣いに声を掛けると妲己はやや慌てた声で返事を返した。

「怖いのか。無理もねェさ、俺も空に慣れるまで時間が掛かったからな」

「そ、そうか……。馬鹿にされると思っていたからな」

「いや、馬鹿にするわけねェだろ。俺を何だと思ってんだ?」

 妲己は胸を撫で下ろす。どうやら妲己は高所恐怖症のようなのだが、ここは上空四百メートルだ。恐怖感を覚えるなというのが難しいだろう。

「こ、これが空を飛ぶという事ですか……ッ!」

「……これが空ですか」

 メイズは初めての感覚に戸惑いと喜びを感じていた。ズーハンは師同様に高所が苦手なのか緊張して固まっている。

「うん、やっぱり慣れないわ」

「同感だぜ……」

 京とアイシャは京とアイシャは空を飛ぶのは二回目なのだが、やはり慣れない。

 やはりというか、太公望以外の功夫遣いたちは浮遊感に戸惑っている。

「スープーと偵察兵の報告によりゃ、西洋の召喚獣が飛んで待ち構えているって話だ。空の連中は俺とスープーでどうにかするから、無理はするな」

 太公望がニッと笑う。

「私たちも戦うぞ!」

 自信満々な太公望だが、妲己としては好敵手である太公望ばかりに活躍されるのは癪だ。

「そうだろうと思って、スープーには麒麟に戻ってもらったうえに巨大化してもらってはいるけどな……。とにかく無理はすんな」

 太公望は頭を掻く。誰一人とも欠けるわけにはいかないからだ。それは必須戦力という意味だけではない。

 ――終わらせねェとな、こんな戦いはな。

 戦いを引き起こした責任を太公望も強く感じていたからだ。一度は責任から逃げようとしたが、立ち向かおうとしている者たちを見て、かつての情熱を取り戻したのだった。

「太公望先生、敵です。報告通り背中から羽を生やした変なのが!」

 スープーが敵の接近を知らせる。空中にいるのは敵しかいないのだから。

 人と異なる肌を持つ者、頭から角を生やし人の同じ肌の色を持つ者がいる、どちらも羽を背中から生やしてた。

「参謀殿から聞いたが、ありゃ西洋の召喚獣の天使と悪魔って奴だ。空中戦はこっちが不利だ。落ちないよう気を付けて戦え」

 と、太公望は袋から何かを取り出す。

「宝貝か?」

 妲己が珍しいものを見るような目で見た。太公望は主に功夫で戦っていたからだ。

 指示棒のようだが、鞭のようにしなるようになっている。風を操る宝貝のひとつ打神鞭だ。

「別にそのまま打神鞭を攻撃に使う訳じゃねェさ。ナタクだって宝貝を功夫に取り入れてたからな」

 太公望たちはまだ知らない事だが下では哪吒ナタクを名乗る絡繰兵がフェイと戦っているが、あの絡繰兵は哪吒を模したものというのは確定した。

「あの炎の功夫、二度と戦いたくねェからな。――っと」

 と、太公望は生前のナタクとの激闘を思い出しつつ、打神鞭を振るう。


「さて、俺の空中功夫。見せてやるとするか!」


 太公望が飛翔した、功夫遣いですら出せない速度と高度を見せてのける。

「!?」

 功夫遣いが一様に驚いていた。打神鞭の風を操る能力を生かし、太公望は揚力を得たという訳だ。 

「なッ、人間が空を飛んだ!?」

 敵側の天使の一人が驚いた顔をする。当然だ、幻想生物ならいざ知らず、仙人とは言えただの人間が空を飛んでいるのだから。

「俺の空中功夫を呑気に見物してる場合じゃねェぞ? 雀啄突チュェヂュオトゥ!」

 雀の様に飛翔し、鳥のくちばしの如き鋭い突きを放つ太公望独自の空中功夫だ。鮮やかに飛翔するさまはまさに鳥のごとしだ。

「ぐッ!」

「これが俺の空中功夫だ! 」

 太公望が啖呵を切る。太公望の空中功夫は召喚獣たちの戦意を失わせた。

「太公望先生!」

「いつもすまん、スープー!」

 スープーがすかさず太公望の離脱位置を予測し移動する。空中功夫はスープーとの優れた連携がなせる技なのだ。

「くッ、只人風情が小癪な!」

 天使はさほどダメージを受けた様子はなく、槍を振り回す。

「わわ、大丈夫ですよ!」

 スープーが慌てて回避する。安定感は流石なもので、態勢はさほど崩れていない。

「ふん、空を飛べるヒト以外は無力ではないか!」

 頭に角を生やした悪魔の一体がスープーに近寄ってきた。太公望以外は何もできないと踏んだのだが、メイズはニッと笑う。

「この流派が銃の名前を冠しているわけじゃないですよ! 行け、指銃弾ヂージョンタンッ!」

 メイズが《氣》を弾丸のようににして放ったのだ。流派の歴史が浅いとは、新しい技術系統の研究がなされているという意味でもある。

 銃如拳チョンルーチュェンは空中からの敵や遠距離武器に対応するための功夫でもあったのだ。

「ぬう!」

 悪魔が怯むが、やはり地に足のつい功夫ではないからか威力が足りない。

熊猫拳シュンマオチュアンッ!」

 陽の《氣》の籠ったアイシャの一撃がのこのこと接近した悪魔を貫いた。

「ぐッ、ヒトごときに……。クソ、実体が保てんッ!」

 致命傷を受けた悪魔の姿がぼやけ始めた。どうやら西洋の召喚獣は致命傷を受けても人間のように命が尽きて死ぬというわけではないらしい。

「離脱する。召喚者殿、申し訳ありません!」

 そうして悪魔が消え去る。

「なるほど、白い奴は極陽拳ではあまり手応えがないのかもしれないな。もしや――」

 天使に拳を埋めた妲己が冷静に呟く。

「妲己様、恐らくですがこの西洋の召喚獣も《霊》と同じような存在だと思います」

 ズーハンが妲己の考えを補強した。霊的存在あるならば、《氣》の相性に左右される理由も分かる。

「白い羽の生えたのは陰、頭を角を生やした奴は陽をぶつけるのがいいってところかしらね……」

 最終的に京が考えを纏める。《霊》と違うのは陰の氣だけで撃退できるわけではないということだ。

「わかった。なら俺が角の生えた奴をまっさきに斃し行くぜ。――覚悟しな!」

 太公望が気合の入った声を出した、腹の底から出した声は敵を怯ませるほどだ。動きといい声といい数百年の間、太公望廟で眠っていたとは思えないほどキレがあった。

「……なるほど、不完全とはいえ、奥義をかき消しただけあるな」

 妲己は暴れる太公望を見てその強さに納得させられたのだった。 

「妲己、よそ見しないで!」

「大丈夫だ!」

 京に釘を刺されるが、代わりに妲己は迫ってきた悪魔をいなしつつ、天使に一撃をくれてやることとで応えた。


 三方共に敵はまだ残っている、最終決戦はまだ始まったばかりだ。 

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