第73話 絆剛不壊 《バンガンプーフゥァイ》

「……うう」

 襲い掛かってくるのは使用人たちだ、動きは使用人だけありさほどたいしたことはない、それよりも――。

 ――クソッ。

 キョンシーとなっているとはいえ、使用人たちを殴り倒すのはアイシャの精神を蝕み、動きも緩慢になっていく。

「クケケケ。さァどうした、手を抜けば、殺されるぞ」

 阿津は卑下た笑い声をあげ、アイシャをこれでもかと煽る。

「!」

 アイシャは小さく舌打ちするが、希望はある。

 ――大丈夫、師範センセイが来てくれる……。

 いつもは強がり、ババアと呼んでいても、二人の師弟の絆は強い。だから気を強く保てることができる。

「俺の心をへし折れるもんなら、へし折ってみやがれッ!」

「クケケケ、あのクソ老師の弟子を待っているのか? 無駄な事を」

 阿津はアイシャのこれを強がりだと思っている。いや、事実そうだろう。

「孤独は精神を削るからのう」

 それは阿津とて同じだった。キョンシーなどという道術の外法を使うのは孤独を紛らわすためでもある。

 ――町の連中は儂の外法を散々利用しておきながら、いざ国が禁止のお触れを出した途端、手のひらを返しおった……!

 阿津は表情を変える筋肉を持たない絡繰兵にされたはずなのだが、その顔は酷く歪んでいるように見える。

「貴様のような小娘には分るまい……! 行け、キョンシー! そして放て、鎌鼬ィィィ!」

 阿津が使えるのはキョンシーだけではなかった、道術は西洋の魔術の様に自然現象を人為的に引き起こせるようだ。

 風が巻き起こり、アイシャを襲う。

「ッ!」

 風が道着を切り裂いた、血は出ない。いわゆる鎌鼬という自然現象だ。切り刻む力はあれど、出血は伴なわない。その特異さゆえに妖怪変化の仕業だとされていたりもいた。

「このクソ外道……!」

 鎌鼬とキョンシーの連携は徐々に体力を削っていた。道士級のキョンシーではないことは幸いし、斃すことはできていたが、使用人を殴るというのはやはり辛い。心根の優しさゆえだ。

「クケケ、じわりといたぶってくれる。仕上げじゃ、来い!」

 阿津は大仰に手を掲げる。 

「……うう」

「ああ……」

 二体のキョンシーを呼び出すが、アイシャはその顔を見て動きを止めさせられた。

「母様、父様!」

 思わずアイシャは素に戻っていた。

「くくく、懐かしいじゃろう? 使用人どもを殺すのですらためらう貴様に両親が殺せるかのゥ?」

「……ッ!」

 ――もう二人はキョンシーだ、キョンシーだ……!

 アイシャは気を強く持つよう奮い立たせるが。

「アイシャ……ごめんね。でももう大丈夫」

 いきなり母がしゃべりだしたのだ。

「そうだ、もうこんな事はやめて幸せに暮らそう。キョンシーになれば全ての苦痛から解放される!」

「……ん?」

 父もだ。しかし、アイシャはそこで耳を疑った。だが阿津は追い打ちをかけるように声高々に煽る。

「儂の言う通りにすれば、また両親と一緒に暮らせるぞ? お前の幸せな生活が壊されたのはあのクソ老師の弟子が原因、復讐したくはないか?」

「……」

 阿津の言葉を聞き、アイシャは黙りこくった。

「キョンシーになれば不死のからだ得ることがでる。あの妲己も殺せるぞ。数百年生きた伝説の邪仙とはいえ不死には勝てまいて」

「……」

 アイシャはまだ黙りこくっている。

「クク、ついに折れたか?」

 阿津が近づくのだが、

「ははは!」

 アイシャの笑い声が聞こえてきた。わざと意地の悪い笑みを作っている。

「詰めが甘かったな、クソ外道。俺がよく世話になったのは、スーなんだよ」

 父と母を愛してはいたが、強く愛情を感じたのはアイシャを必死に守くれた使用人のスーだった。絡繰兵相手に孤軍奮闘していた女に恩義を感じないわけがない。

「それに――」

 意気を取り戻したアイシャが拳を構える。

「それに俺の親父は都の上級役人だぞ? 堅物だからな。法を破る真似ができるわけがねェんだよ、バーカ」

 アイシャの父親がキョンシーを許容するわけがないと一蹴する。阿津はアイシャの父の堅物ぶりを把握していなかった。


 そしてアイシャは呼吸を整える。


絆剛不壊バンガンプーフゥァイ!」

 

 そう叫んだ瞬間、身体に氣を漲らせた。

「さて、こいつは手前の見せた幻だったみたいだな?」

 霧はいまだ濃いが、使用人や両親の姿は消え、倒れた只人のキョンシーが現われた。全て外法で見せた幻だったのだ。

「たかが功夫で幻術を打ち消しだと……? 馬鹿な!」

 阿津は驚愕に固まる。アイシャの精神力と観察力を完全に舐めきっていたのだから無理もない。


 絆剛不壊バンガンプーフゥァイ――壊れぬ絆を意味する功夫はアイシャが編み出した新しき極陽の技だ。

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