第41話 疑惑

 ――では、お願いします。

 見送ってくれたのは青年と生贄にされる予定の恋人だけだった。

 ちなみに頼と凛は陣が集合所への待機を命じている、別の部隊と合流するための連絡役としてだ。

「しかし、この村はどうにも胡散臭い」

 森に入ってしばらくしたところで、陣がふと足を止める。

「え?」

 京が振り向く。

「いや、いるかもわからない神とやらに生贄を差し出すことで維持している村であるのに、なぜ今更軍に依頼を出したのかとな」 

「事情があるって事か?」

 アイシャが思い付きを口にしたが、陣はその通りだと頷く。

「前の帝、腰が引けたからだろ。だから依頼なんて出せなかったって話じゃねェの?」

 アイシャが口さがない事を言うのだが、事実は事実だった。

 戦役により国が弱体化したのもあったが、手が回らなかったのは龍の及び腰な性格もある。

「……確かにそうかもね」

 自分の兄である龍が酷評されていたが、京の反論はなかった。

 年を経た事により、良くも悪くも物事を冷静に見れるようになってはいたからだ。

「猛獣や山賊を退治するようにはいかんかも……、待て!」

 陣が言葉を途中で切り、手で二人を制した。

「……熊? やけに太ってるけど」

 見た目は確かに熊なのだが、体毛は逆立っており異様に発達した手足が印象的だった。

ひぐまでもパンダでもねェな。こいつがここのカミサマって奴か?」

 アイシャがへっと鼻を鳴らす。

「なににせよ、化物には違いない。退治する!」

「……!!」

 熊がゆらりと振り向き、そして三人を見て吠える。

「えええいッ!」

 陣が熊に熱剣を振るうと、熊の手を斬り飛ばす。

「が……!」

 熊は手が斬られたことと痛みにショックを受けたのか、よろめくのだが――。

「がああああッ!」

「ぐう!」

 しかし反転し、陣に残った手の爪で切り裂く。

「陣さん!」

「帝より賜った鎧に助けられたッ!」

 京が無事かと叫ぶのと、陣は問題ないと言う。身に着けている鎧は思いのほか丈夫だった。

「ぐうう……!」

 熊がよろめく、異様に発達した腕を振るうのはあまりにも反動が強すぎるということのようだ。

熊猫拳シュンマオチュアン!」

「うがぁぁぁ……」

 京とアイシャが熊に向けて、熊猫拳を放つ。二人で同時に放つ拳は、熊の腹に風穴を開けてみせた。

「しかし、変な熊ね……」

 京が死んだ熊の死体を見る。やはり異様に発達した手足が印象的だ。

「異様に発達していたおかげで助かったな。普通の熊ならば逆に殺されていたかもしれん」

 陣は冷静に熊を見ていた。ひぐまは普通ならば人間が素手で勝てるような相手ではない。

 現代であってもショットガンに使用される一粒弾を眉間に命中させなければ殺せないほど頑強な生物であり、ベテランの狩人でなければ射殺許可すら下りないほどだ。

「普通じゃないってどういうことだよ?」

「もしかして」

 アイシャが気にしたのは普通ではないという言葉だ。そこは京が知っていた。

「龍脈の作用かもしれないわ」

「風水の?」

 龍脈――アイシャが言う通り風水における概念で、龍脈の吹き出す地に居を構えると繁栄が約束されると言われている。

 だが、京が言いたいのはそこではない。


「龍脈は大地を豊かにするための源であるのよ。だけど、それを生物に注ぎ込むと、怪物と化すらしいわ」


 怪物と化す――龍脈は使い方を間違えれば危険なものであるということだ。

「だッ――。いや、仙人の知恵か……?」

 アイシャが妲己の名前を出しかけるが、言い直す。

「胡散臭い話だと思ってたけど。実際にこんなのを見ると、信じたくもなるわ」

 京は顔を曇らせる。龍脈を注ぎ込まれた結果生まれたのであれば、この熊は人為的に歪められたのだ。

「人為的に、か……」

 陣は思い当たる節があったようだ。遺失叡智によって造られた宝貝銃を構える。

「奥に進むぞ。もしかしたら、このおぞましい風習はドス黒い陰謀を隠すために利用されているのかもしれん……」

「……わかったわ」

 京は頷くもますます顔を曇らせる。

 ――これを、妲己やズーハンが……?

 妲己は力というものを信奉しすぎるきらいはあったが、このようなおぞましい事をするような女ではなかったはずだと。

「確かめようぜ。俺もいる、大丈夫だ」

「ありがとう……」

 アイシャがフッと笑う。今回ばかりは弟子の無謀さ無遠慮さがありがたいと思った。

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