第18話 悲劇
「だいぶ昔のことになるかしらね」
「……大量のキョンシーが?」
黒い道着を着た錬だ。落ち延びてから年月は経っているはずだが、年齢を感じさせないほどには若く見える。
「はい……」
軍の兵士は必死で走ったのか息も絶え絶えで、かなり疲弊している様子だ。
キョンシー――、いわゆる蘇った死者であるのだが、死者を冒涜する禁忌であり、国はキョンシーを使役する事を禁止してた。
しかし、遠方で亡くなった死者を道術や仙術で操り、死者たちの故郷に運ぶために活用されてしまっている事情がある。
「
京がひょいと顔を出す。やはりというか、仙人と成った京の姿は現在さほど変わらない。
「……
「キョンシーが……。でも、兵士さん。どうしてなんです?」
しかし、その口調は現在と異なり大人しめではあるのだが。
「阿津という道師を名乗る男が、キョンシーを引き連れて近隣の町を……」
「軍でも苦戦してるって事は道士や武道の達人のキョンシーがいるって事ね」
絡繰兵は厄介ではあるが、機械であり物理的な攻撃で撃退できる。だが、キョンシーは死者ゆえに物理的な攻撃が通りにくい。
道士や達人のキョンシーは清められた武器などでなければ致命傷を与えられないと言われている。
「確かに功夫にも死者に打撃を与える技はあるんだけどねェ……」
死者であるキョンシーには人類最強の武器である銃でさえも有効打が与えられない、だから危険を冒してまで錬に依頼をしに来たというわけだ。
「わかった。助けを求める人見捨てるなんて恥だからね」
錬の決断は早かった。キョンシーは銃でさえもどうにもならない相手だが、それを恐れる理由は錬にないのだ。
助けを求める人がいるならば、向かわない理由がない。
「師範、私も!」
「……」
――妲己が絡んでいる……?
妲己は京を殷の紂王だと思っていたといい、京を強制的に仙人にしてまで狙っていた。
――死者を己の道具にするような女ではないはずだけど……。
その妲己がキョンシー騒ぎに絡んでいないとは言い切れない。
「悪いけど、ここで待ってなさい。そのキョンシーを操っている仙人の男、妲己の手の者かもしれない」
「……そんな」
師からの拒絶に京は唇をかむのだが、錬は京の肩に手を置き。
「大丈夫。京のご飯を食べたいから帰ってくるって」
「本当に……?
京は不安そうに尋ねる。
「京のご飯は、力作だからね~」
「わかりました、師範。今日も美味しいご飯作って、待ってますね」
錬の言葉を聞き、京はぐっとこぶしを握る。戦勝祝いに気合の入った食事を作るつもりでいた。
「その言葉が聞ければ十分、じゃ、行ってくるから」
「ありがとうございます、では、お願いします……! 苦戦していたところでしたので……」
錬の言葉を聞き兵士は深々と頭を下げる。
「行ってらっしゃい、師範~!」
京は大きく手を振り、戦地へ向かう錬と兵士を見送った。
だが――、
「確かに、錬師範は帰ってきた」
京は顔を伏せる。京が何を言わんとしているか皆、わかっていた。
「町はもう壊滅状態で、
伝聞だったが、キョンシーは錬の命と引き換えに全滅させたようなものだったようだ。
「……ババア。辛い事思い出させて、すまねェ……」
アイシャは慰めの言葉をかけるだけで精一杯だ。
「キョンシーどもめ……。許せん」
姜治が怒りで肩を震わせていた。
「……京様。今日のところはお疲れでしょう。京様の道場まで兵士に送らせますので」
ヤンが気を遣って兵士を同行させようとするのだが、京は首を横に振る。
「ありがとう、でも、ここで弱音を吐いてもいられないから。じゃ、アイシャ、帰ろう」
「あッ、あァ……」
京に促されアイシャが立ち上がる。
「じゃあ、ヤン将軍。この地の守りはお願いね?」
「はい、当然でございます。私の中では、京様は儂の中では常に皇族なのですからな、帝の勅命と思い実行いたします」
今日の言葉にヤンはフッと笑い承諾する。
「ありがと、それじゃ」
複雑な笑顔のまま、京はアイシャと共に詰所を去っていった。
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