第42話 対面

 立太子の礼は参列者の理解もあり、厳かに、そして滞りなく行われた。

 各地に設置された魔道具・拡声器も正常に動き、式の途中に組み込まれた聖女の“浄化の歌”も、無事に王都中に響き渡った。

 拡声器の不調に備えて街の各所で待機していたルビーたちも、成功した事に喜んでいたと、典礼が終わったユリシーズの下に使い魔が知らせに来ていた。


「申し訳ございません、ユリシーズ様」


 典礼が終わり、夕方から開かれるパーティーまで皆解散した後、ヴァイオレットとユリシーズは別棟へ足早に向かっていた。


「元々この予定でしたから、大丈夫です」

「でも、貴方自身の準備やマリーの迎えもあるのに……」


 そんな中、ヴァイオレットが付いてくるユリシーズに詫びていた。

 二人が急いでいるのは他でもない、パーティーまで時間がないからだ。

 貴族の式典には何かと準備が必要になる。特にパートナーがいる者は迎えに行ったり、女性は着飾るのに非常に時間がかかる。

 ヴァイオレットとユリシーズも例に漏れず、この後は準備やらお迎えやらで忙しいのだ。


「私の事は構わず、ヴァイオレット嬢はご自身の事を優先してください」

「ありがとうございます。シンシア様のご都合もありますし……早々に終わらせましょう」


 嵐の様な忙しさが控えているのに別棟に向かうのは他でもない。エミリア・ボンネットに憑いた悪魔を消滅させるためだ。

 報告によれば、浄化の歌で悪魔の根を除去したものの、悪魔は危機感から暴れる事もなく、ただただ眠りに就いているとの事で、なら今がチャンスとばかりに、ヴァイオレットは問題の終結へと動いたのだった。

 悪魔を無事無に還した後は、疲弊したエミリアを回復させるために、治療魔法が得意なシンシアの力を借りる事になっている。

 シンシアも準備があり式典への参加のタイミングもあるため、可能な限り時間を作っておきたかった。


「他の者は……」

「近付かない様に通達してあります」

「そう、ですか……ありがとうございます」

「……危険、なのですか?」


 ヴァイオレットの護衛として、魔力の高いユリシーズが付いてきたものの、彼は悪魔祓いがどういうものなのか、その実詳しい事までは知らない。

 そもそも悪魔にまで進化してしまうのが稀で、実際にその姿を見る確率は圧倒的に低い。そして悪魔の祓い方も聖女のみが知ることが許されるため、今回立ち会うユリシーズにとって、今後人生であるかないかの貴重な体験だった。


「危険と言えば危険ですが……そうですね、今回はそれ以上に、『見られたくない』という方が正しいです」


 そう言って、苦笑を溢すだけのヴァイオレットに、ユリシーズは追及するのを止め、無言で付いて歩いた。

 気になるは気になるが、どうせこの後明かされるのだ。なら今は、目的を果たすために動いた方がいいと判断を下した。


 二人は別棟に入ると、階段を下りて地下室へと向かった。

 初めエミリアは上階の一室にいたが、ヴァイオレットの指示で地下へと移された。

「気が狂うのでは?」という疑問の声もあったが、悪魔が全面的に出てきた今、エミリアの意思はほぼ奪われている。そのため何を仕出かすかわからないと……安全を考慮して、地下に移した方がいいという聖女の意見が重要視された。


 地下室の扉の前で、ヴァイオレットはユリシーズに振り返った。

 いつもの令嬢としての穏やかな笑みはなく、責務を全うするために行動する聖女の凛とした表情をしていた。


「念のため、守りの加護をかけておきます。私が許可を出すまで、決して近付かないで下さい」


 華奢な手で握られた彼の手の周囲が明るく灯り、じんわりと熱を持ち始める。

 その熱が全身に渡ったのを待ってから、ヴァイオレットは手を離して扉を見据えると、重厚感のあるそれを押し開けた。


 暗い室内に足を踏み入れ、奥へと進んで行く。

 無機質なベッドの上に、手足を縛られて固定されている令嬢の側まで近付いたヴァイオレットは、少し屈んで、にっこりと彼女に微笑んだ。


「こんにちは、エミリア・ボンネット……いえ、悪魔さん」


 人形の様な笑みを浮かべる聖女の顔を見上げる、頬が少し痩けたエミリアの目は、ピンク色から金色に変化していた。

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