第41話 挑む
このサナトスの地での国王の意味は、決して国のトップというだけではない。
死した者全ての魂を黄泉の国へ向かわせ、命の輪廻に誘う務めを果たしている……その地位の者がいないのは、魂がこの世にさ迷い続ける事を示していた。
しかし、ジェラルドたちが自身の父親である国王を幽閉したため、現在王の座は空席のままだ。
王太子に即位するジェラルドは、本来であれば王太子の座に着く事となっている。しかしこの一ヶ月でさ迷う魂の数が増えたため、治安維持を優先して、表向き王太子の身分でありながら実質は国王という事で、王太子の座ではなく玉座に着く事となった。
(やっと、この日が来ましたね……)
玉座の間に入ってくるジェラルドを待ちながら、ユリシーズは己の責務を全うするべく、国宝の槍の脇に待機していた。
槍の継承は国王が行うものだが、既に彼はその地位を剥奪されている。国王の次は国母だが、彼女は既に故人な故不可能だった。
国王・王妃が務めを果たせない場合、その役を与えられるのが、国を支える貴族筆頭のオルブライド家の長・アベルが務める筈……だったが、今回オルブライドの出であるヴァイオレットが典礼の一部を使用するため、ユリシーズにその役が回ってきた。
隣国であり“生”を司る王国・ビオスの玉座の間は、誕生の輝きや生まれた命の炎を意味する様に、金と赤の二色が使われ、生命の喜びを祝う明るい色彩になっている。
対して“死”を司るサナトスの玉座の間は、鎮魂や眠りを意味するのに相応しい、青銀色で彩られている。
そんな広間の中央で、参列する貴族の端に立つ、黒い衣装を身に纏ったヴァイオレットの姿を見つけた。
サナトスの国の礼服は純粋な黒色である。対して喪服は白色だ。
それは魂の色が白とされており、一つ一つの命を尊ぶ意味で、サナトスの喪服は白となっており、祝いの場では黒を纏う。だが他国ではサナトスの地に魂を送り出すため、彼らの喪服は黒色で、祝いの席では白色となっていた。
国の風習に習い、ビオスの王太子であるマティアスも黒を身に付け、聖女であるヴァイオレットも黒のドレスを着ている。
待機するヴァイオレットの表情は自信に満ちており、青い瞳はそれを表す様に光を宿している。
(大分……持ち直しましたね。いや、成長しました)
この一ヶ月、ヴァイオレットは随分変わったと、様子を見てきたユリシーズは実感している。
以前は……未來を悲観し絶望に無気力になる前は、ヴァイオレットは周囲に頼る事をあまりしなかった。強いて言えば姉の様に慕っていたリリィに対して甘えていたぐらいで、ジェラルドの隣に立つために、必死になって己を高めていた。
だが今は、周囲の力を借りる事を躊躇わず、手を差し伸べてくれた者へ返す様に成果を上げている。一人で解決しようともがいてしまう彼女にとって、協力を仰ぐ事は確かな進歩だった。
そしてこの一ヶ月、王の座が空席になった事で魂がさ迷う様になり、魔物に変化する事はなくとも、ポルターガイスト等の被害報告が届く様になっていた。
“浄化の歌”だけでなく“道標の歌”も同時に行う事で、それらの騒ぎを収めたのはヴァイオレットだった。成果も増やし続け、国民からも再び評価が上がって来ていた。
『私は……自分が、何もしていなかった事に気が付いたのです』
一週間前、ユリシーズがヴァイオレットと典礼の流れを確認する最中、彼女がポツリと語り始めのだった。
『頑張っている、つもりでした。ですが、本当に“つもり”だった様で、何もしていなかったのだと、ジェラルド殿下やユリシーズ様たちの働きを聞いて、そう思ったのです』
青い瞳が玉座を見上げる。そこには一週間後、彼女の想い人であり、ユリシーズの主が着く。
『彼の側に立ちたいと願ったのに、それに見合う働きを何もしていなった状況に、やっと気付きました』
国の未来のために国王を強制的に退位させた事を、ヴァイオレットはエミリア・ボンネットに頬を打たれたその日、兄のアベルから聞いて知った。そんな計画を練っていた事すら気付かなかった様で、知った時はショックだったと、そう言っていた。
『貴殿方たちが自分達の思想のためにクーデターを起こしたのを知って、このままでは駄目だと思い、決意しました。私も、彼を支える事の出来る様に動こうと』
一週間後、楽しみですね……という、ヴァイオレットの瞳には、強い意志の炎が灯っていた。
ユリシーズがリリィに誓った約束はもう少し先だが、ヴァイオレットが立ち直った事が、彼女を慕う者の一人として、ユリシーズは喜ばしかった。
クリフトフの婚約者となった時、絶望したのはジェラルドだけではなく、ヴァイオレットも同じだった。だが聖女であれど一貴族である彼女に……ましてや当時六歳の幼女に抗う術はなく、そのまま何も出来ず引き摺られ来た。
それが今、障害がなくなり、助けを受けながらも自ら這い上がって来た強さを持った姿がそこにあった。
きっともう大丈夫だろう……と、ユリシーズは思う。これならば、ジェラルドとともに国を支える事が出来るだろうと、彼女の迷いのない姿勢に、そう予感した。
ヴァイオレットから視線を外し、重厚感のある扉を見つめる。
サナトスの新しい時代が、今始まろうとしていた。
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