二十二 刑事の本音
九月二十二日水曜夜。
四ッ谷署の神田刑事と係長の渋谷刑事はまだ刑事課にいた。
「群馬と長野の県警に連絡を取った。両方とも、神田が思っているようなことは考えていなかった。あらためて事件を検討すると言ってたが、なにもせずに幕引きだろう」
渋谷刑事は神田にそう言った。
「係長。問合せて上と揉めないですか?」
「知らんぷりしとくさ。被害者と関連する者が都内にいれば、そいつらに害が及ぶんだ。
事前に防げるなら、それでいい・・・」
神田刑事にそう言ったものの、上と揉めるのは覚悟の上だ。
「これまで被害者はコイツらだ・・・」
渋谷刑事は神田刑事が調べた内容、
『死亡した五人は大学でスキー部に所属し、鷹野秀人をのぞく四人は会社でもスキー部に所属していた。そして五人は大学在学中、札幌市で婦女暴行事件を起こしていた。主犯の鷹野秀人(旧姓野田秀人)は特に悪質だっため、懲役三年執行猶予五年を科せられ大学を中退していた。他は起訴猶予になった。
被害者は帝都体大の後輩で、事件の影響により現在も精神病棟に入院している。快復の見込みはないという。被害者の名は木村千枝、現在二十三歳だ』
を再確認して、婦女暴行に加わった、他の者たちをつきとめていた。
「婦女暴行に加わっていたのは全部で八人だ。すでに五人が死んでる。つぎの標的は、
前橋の上毛電気(株)に勤務する、山田吉昌の同僚の木原良司、
高崎の両毛美装(株)に勤務する高木順一と三好良樹だ。
だが、群馬県警は、山田吉昌が事故死したとみていて、俺の話をまともに考えていなかった・・・」
「都内には標的はいないんですか?」
「これまでの情報では、いない・・・」
「道警にも連絡したんですか?」
「そういうことだ。
これから話すことはオフレコだぞ。いいな!」
「わかりました。他言しません」
「神田。お前、暴行の加害者が事故死したら、どう考える。
暴行の被害者は精神病棟に入院していて再起不能だ。後輩の女をそこまでにした奴らが事故死したら、お前はどうする?」
渋谷刑事は神田刑事をにらんだ。神田刑事は鋭い渋谷刑事の目つきにたじろいだが、臆せずに言った。
「警察官として殺人犯を逮捕したい」
「で、本音はなんだ?」
渋谷刑事は、建て前なんか聞きたくないと思った。
「本音は・・・」
「俺は、今朝、お前からこの件を聞かされてから、こう思ってる・・・」
渋谷刑事は神田刑事に本音を話した。
「婦女暴行と被害者の再起不能を知って、言い様のない腹立たしさが湧いた。
それは犯罪者を捕まえようとか、犯罪を防止しようという気持ちじゃない。犯罪を犯した者の人権保護などを謳い、被害者を見捨てたまま、犯罪者を野放しにしている現在の警察と裁判所に対する怒りだ。法律に対する怒りだ。立法と行政に対する怒りだ。
お前の妹は、被害者と同じ年ごろだろう。
被害者が妹なら、加害者をどうする?」
「係長は婦女暴行に加わった者たちが抹殺されるのを望んでいるとでも?」
渋谷刑事の頬にふっと笑みが浮んだ。
「加害者は罰を受ければ罪が消えたように思っているが、被害者にはいつまでも被害の記憶が残る。被害者が再起不能なのに、加害者が社会でのうのうと生きていればなおさらだ。加害者がこの世から消えれば、少しばかりは被害者の心が晴れるかも知れない・・・」
神田刑事は渋谷刑事の気持ちが手に取るようにわかった。
「俺の妹が被害を受けたら、俺は絶対に加害者を許さない・・・」
アアッ、いっちまったぞと神田刑事は思った。これで係長と同じ本音になった・・・。
「我々が動くのは、我々の管轄内で残り三人の加害者が死亡してからだ。その時にならないと物証は得られない・・・」
「わかりました・・・」
係長は婦女方向事件に関与した残り三人を、殺しのプロに抹殺させる気だ・・・。
神田刑事は、警察官の立場をどうするのだと思う一方で、なにかすっきりした気分の自分を感じ、胸のつかえが下りた気分だった。
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