十五 失踪
その日(二〇二一年七月十七日土曜)
午後五時を過ぎても、芳川は出勤しなかった。
時間が過ぎても、芳川の姿はリンドウになかった。
こうなるのを予測していたらしく、亜紀は芳川の欠勤について何も話さなかった。
「客が来なかったら、十一時に閉めましょう」
鷹野良平がなくなってから客が少なくなっている。
午後十一時に店がはねた。
帰ろうとする佐枝をマダム亜紀が呼びとめた。
「佐枝ちゃん。話があるの・・・」
亜紀は店の奥のボックス席に佐枝を座らせた。
「佐枝ちゃん。芳川について、何か知らない?」
「すみません。黙っていて・・・」
佐枝は、亜紀に口止めされた夜、芳川が語ったことを亜紀に伝えた。
「いいのよ。事前に佐枝ちゃんが私に話しても、良平さんに頼まれていたから、芳川はいろいろ探っていたはずよ。
明日一日、様子をみましょう。月曜にどうするか、決めるわね。
ごめんね。引き止めてしまって・・・」
亜紀は佐枝を店の外まで送って出た。
「ねえ、佐枝ちゃん。芳川のこと、調べようなんて、考えないでね・・・。
なんだか、佐枝ちゃんが芳川の行方を調べるような気がして、気になるのよ・・・」
「わかりました。調べません」
佐枝はそういって亜紀にあいさつして店をあとにした。
途中でふりかえると、亜紀は店の外で佐枝に手をふった。
佐枝は亜紀におじぎして歩きだした。
午前〇時前に帰宅した。
佐枝はダイニングキッチンのテーブルに携帯を置き、位置情報の輝点を確認した。
輝点は岩水沢一丁目の金田太市の住宅に停止したままだった。
佐枝は脱衣室へ入り、バーテンダーの仕事着を脱いで脱衣カゴに入れて、ワイシャツや下着を洗濯機に入れ、バスルームに入ってシャワーコックを開いた。
芳川の車は十二時間以上、金田太市の住宅に停車している。
車を置いたまま、芳川が一人でどこかへ行くはずがない。芳川は金田太市の住宅にいる。
芳川は空手四段だ。凶器で脅して従わせるのは不可能だ。薬物でも飲ませないかぎり、金田太市は芳川を行動不能にできない。あるいは金田太市が芳川の不意をつき、鈍器で殴って動けないようにした可能性もある。
いずれにしても、金田太市が単独で芳川を監視するのは困難だ。金田太市が自宅に芳川を監禁するなら、共犯者が必要だ。そして、吉川をどこかへ連れてゆくなら、芳川の車を処分しているはずだ。
だが、車は金田太市の自宅の近くにある。
生死は不明だが、芳川は金田太市の自宅にいる・・・。
そこまで考え、佐枝はシャワーを浴びたまま何もしていない自分に気づいた。
シャワーコックを閉じてシャンプーで髪を洗い、ボディーシャンプーで身体を洗った。
手が胸と下腹部に触れると、佐枝は手を止めた。
佐枝は自分の手に他人の手を感じた・・・。
人を愛する手ではない。肉体への侵略、陵辱する手だ。女を犯す手だ。その手は肉体だけでなく意識にまで食い込み、精神を侵略し、全てを破壊し、二度ともどれない日常と意識と精神を女に残していった・・・。
贖うがいい・・・。身をもって・・・。全体でなければ、部分でもいい・・・・。
佐枝は身体を洗ってシャワーを浴びた。ボディーシャンプーの泡とともにそれまでの思いが流れ落ちてゆく。
シャワーコックを閉めて、佐枝はバスルームを出た。
バスタオルで身を包み、ダイニングキッチンの椅子に座った。携帯の位置情報の輝点は止まったままだった。
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