九 疑惑

 翌日、水曜、午後(二〇二一年七月七日水曜)

 佐枝は芳川の車で、鷹野秀人の事故現場に近い地附山公園に着いた。

 七月初旬の梅雨の合間の曇り空で、地附山公園から見える善光寺平の北部の長野市は、東に菅平高原の山々を従えて、春霞に包まれたように、くすんで見えた。


 車を降りた佐枝とフロアマネージャーの芳川は地附山公園から、登ってきた車道を下っていった。

 事故現場は、地附山公園から下った大きなカーブで、アスファルトの路面隅が鋭くえぐり取られた下り車線の路肩には、いくつかの花束と水のペットボトルがたむけられていた。居眠り運転などしていないかぎり、道路から林へ転落するようなところではなかった。


 下り車線の路肩にたたずみ、芳川は、

「泥酔していれば、ここから落ちてもしかたない・・・・」 

 路肩にたむけられている花束の前に、持ってきた菊の花束を置いた。そして、路肩下からつづく道路下の林を見つめながら、タバコに火を点けた。

 芳川は何口かタバコを吸うと、たむけられている缶ジュースの上に、吸いかけのタバコを置き、ふたたび路肩下の林を見つめた。

「・・・酔ったままなら、恐怖も痛みも感じなかったな・・・・」

 芳川の話し方は、横に鷹野秀人が居て、二人で道路下の林を見ながら、その鷹野秀人に芳川が語りかけているような感じだった。


 しばらくすると芳川は、缶ジュースの上のタバコを路面において、タバコの火をもみ消した。ポケットから簡易の吸い殻入れを出して、吸い殻を入れ、ポケットにしまった。

 日頃、佐枝は芳川がタバコを吸うのを見たことがない。

 芳川は、佐枝のまなざしに気づき、

「タバコはやめてたんだ。鷹野秀人が吸うんで、線香代わりさ・・・・」

 死亡した鷹野秀人へのたむけだといった。


「鷹野秀人さんと親しかったんですか?」

 訊いてはいけないと思いながら、佐枝は芳川に訊いた。

「ヤツの父親の口利きで店に入った・・・。

 息子を頼む、と父親にいわれてた・・・。

 うちの店が休みのときにかぎって深酒するなんて、ヤツらしいぜ。

 いつもオレに、環視されてると思ってたんだろうな・・・」

 そういって芳川は、道路下の林を見つめている。

「鷹野秀人と高校で同期だったが、高校では面識はなかった・・・」

 芳川は佐枝に、鷹野秀人との関わりを話しはじめた。


 高校を出て数年後、芳川は権堂の繁華街で地元の暴力団員に絡まれて警察沙汰になり、鷹野秀人の義父に助けられたことがあった。芳川は空手四段だ。へたに空手を使えば、芳川が逮捕されてしまう。芳川は手を出さずにいたが、相手側だけでなく、芳川も乱闘容疑で逮捕されてしまった。


 乱闘の一部始終を、鷹野秀人の義父、鷹野良平が見ていた。鷹野良平の証言で芳川の疑いは晴れた。

 このとき鷹野良平は芳川に、クラブ・リンドウで働くことを持ちかけた。

 鷹野良平は娘婿の鷹野秀人が酒で羽目を外さないよう、出入りする店をクラブ・リンドウに限定し、何かあったときは鷹野秀人を助けるように、芳川に依頼した。

 鷹野秀人は義父の言いつけを守っていた。

 リンドウが休みのとき、鷹野秀人がどこで飲んでいたか、芳川は知らなかった。


「父親は、死ぬ前のヤツの動きを知りたがってた。オレに調べてくれといってきた。リンドウが休みの日、ヤツが飲み歩いていた店は察しがついているらしいんだ」

 地附山公園の駐車場へ車道を上りながら、芳川がつぶやいた。


 いったい芳川は何を調べるのだろう。やはり、芳川は警戒しなければならない・・・。佐枝に、芳川への疑惑が湧いた。


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