二 支配人・三村珠樹
午前〇時過ぎ。
ソファーベッドの端に寄りかかってフローリングに座ったまま、奥野慎司は携帯で会社の上司との連絡を終えた。
「お風呂入る?明日土曜は、会社は休みでしょう?」
珠樹は奥野慎司の様子をうかがった。
「明日は休みだ。だけど、太山守のことがあるから出社する。
人事と上司が出社する。
上司は太山守の実家への連絡や担当していた仕事のことがあるからね・・・。
風呂に入ってくるよ」
奥野慎司はその場からたちあがり、バスルームへ移動した。
奥野慎司に太山守の死を嘆く様子はなかった。珠樹は奥野慎司が後輩を思って大泣きすればいいと思った。表現は悪いが、大きな腫れ物はいっきに膿がでれば痛みは薄らぎ早く治癒する。しかし、腫れ物の根が深いと、膿は内部にこもり、治癒に時間がかかる。治癒しても膿は腫れ物の根となりしこりが残る。
奥野慎司が同僚であり後輩である太山守の死を嘆かなければ、何事につけても太山守についての記憶が蘇り、奥野慎司を現実と記憶の狭間に誘うだろう。そして奥野慎司は狭間を漂い、太山守の死を受入れられないままになる・・・。
奥野慎司は涙もろい性格だ。珠樹は奥野慎司が後輩の死を嘆かないのには訳がある気がした。もしかしたら、奥野慎司は事前に後輩の死を予見し、それが現実となったのを気にしているのかも知れない。それなら、涙もろい奥野慎司が数日前、店に太山守を連れてきて飲んでいたのも理解できる気がした。
珠樹はリビングの衣類戸棚の引き出しから着換えを取りだした。脱衣室からバスルームのドア越しに、
「着換えをここにおいてくね」
声をかけて棚の脱衣駕籠の横に置き、奥野慎司が着ていた下着とワイシャツを洗濯機に入れた。
「珠ちゃん。今日からずっとオレの下着を洗ってくれ。
オレの妻として・・・」
「本気なの?」
「ああ、酔ってはいないよ。スーツの右ポケットを見てくれ。
指輪が入ってる。
いっしょに風呂に入るか?」
珠樹はすぐさまスーツのポケットを確認した。指輪のケースが入っている。あけるとダイヤの指輪だった。指にはめるとサイズは珠樹の指にぴったり合っている。
「うん。すぐに入るね」
珠樹は、指輪をケースにもどしてスーツのポケットに入れ、スーツとネクタイをリビングのハンガーにかけて、脱衣室にもどった。
珠樹の脳裡から、奥野慎司が事前に太山守の死を予見していたのではなかろうか、という疑問は消えていた。
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