6 / ⅺ - そして、この空 -

 今ここに、歴史は動いた。


 式典の参加者が震撼したのは言うまでもなく、その言葉は国境を越えて三聖翼セイクリッドにも轟いた。


 反応こそ掴めないが、その光景が眼前の大広間のものと変わらないのは想像に難くない。


「第一野党の解散に伴い、我が国の政治形態に変革が必要だと判断に至った。今後は鶴の一声ではなく、皆の知恵を手繰り寄せ言論を基に結論付けた行動を期待している」


 現在は一丸となっている与党内にも派閥は少なからず存在する。


 それがやがては野党という組織に成長し、一辺倒に讃えず盲目的に崇めず、多方面の意見を伺い良し悪しを吟味し長短を把握した上で最善の指揮を執る、そんな政治の未来予想図を光皆は語った。


「新第一席、執政局長には、添氏を迎える。そして───」


 彼女は元より代行の権限を持っていた。そこまでは誰しもが想定の範疇であろう。


 しかし、続く言葉が名指す者を正しく予想していた人は、続く言葉がこの式典の空席と紐付けられた人はどれほどいただろうか。




「新第二席───次期執政局長の座に、小郷有土を迎える」




 刹那。


「───機体番号コードナンバー『J.B.9029』」


機体番号コードナンバー『Seraphim Ex Machina』───」


 ごう、と空を裂く重低音と、こう、と天に舞うジェットエンジンの高音が彼等の耳を支配した。


「発進!!」


 有翼のくろがねが一筋の純白の光を手にたずさえ、『アンゲロス』の上空を翔ける。


 巨躯が雪降る空に舞い降り、その曇天のキャンバスに到達した時、操縦者は胸元のコックピットから姿を現し鋼鉄の上に足を乗せ立ち上がった。


「ご紹介に預かりました、新第二席小郷有土です。これが私の卒業生代表挨拶と就任挨拶の形とさせて頂きたく願います」


 彼は二つのカメラを用い、『機動装甲(アルカディア)』の全身像と自身の顔の二つをNLCディスプレイ上に映し出し、そこで深々と礼をする。


 鋼鉄の存在感は福音をもたらす天使のそれを凌駕し、超越し、圧倒しており、見るもの全てを惹きつける圧巻の光景を作り出していた。


 そして有土の隣には桜のホログラムを咲かせて、生身を乗り出して演説を行う彼を守る守護聖天、『武装義躰エクスマキナ』を展開した真紀奈の姿があった。


「私は、光皆先代代表より命を賜りこの席に着きました。諸国重役の皆々様にはお忙しい中を失礼致しますが、どうか若造の言葉に耳を傾けてもらえますと幸いです」


 武装した鋼にまたがり威圧的な映像を見せながらも、その口調は物腰柔らかで丁寧なものだった。


 しかしその眼光は鋭さに欠けることはなく、己が主張を凛と響かせた。


「布告の前に一つ問いをよろしいでしょうか」


 そう切り出して、彼は宝剣を手にしたJBの片腕を天に突き出す。青の伝説はひと時の夢幻ではなく、無限に続く未来への切符だと示す為に、彼は声を張り上げた。


「皆様は、灰色に染まった厚い雲の向こう───青い空を見たことがありますか?」


 ざん、と分厚く覆う雲を切り裂く断罪の刃は、人々が歴々で重ねた罪を裁き、その奥にある青の光を降臨させる。


 その輝きに照らされ煌めく神像に立つ青年は、その青が瞬く間に鈍色の雲に覆われる様を惜しむように眺めていた。


「あの青空はこの星が持つ至高の宝石です。しかしそのキャンバスを穢したのは戦闘機のミサイルや墜落時に立ち込める暗雲で、それを招いたのは他でもない人間の手によるものです」


 なればこそ、この負の連鎖は断ち切らなければならない。


 だからこそ、歴史の舵を大きく変える一言が必要なのだ。


「今こそ『アンゲロス』は創業建国以来の刷新の時を迎え、そして同時に世界情勢の指針にもメスを切り込む時が来たのです。確かに人種もたがえば宗教もちがう。主義、理念、全てが国々によって違う───けれど、その隔てを越えた和平は必ずある。必ず作れる。それは作れるものであり、作らなければいけないものなのです」


 今でこそ、長年の歴史の中で正当な戦争の理由すら瓦解してしまっているが、三聖翼セイクリッドを挙げるだけでも、その異なる主義思想が打つかり合い、交渉が決裂した故に火種が舞う結果となっている。


 加えて聯盟、連邦ソユーズUnionユニオンは諸国同盟の名前であり、内包する国々や戦争に関与していない国を加えれば、その和平への道は三本線で描けるものではないのは自明の理だ。


 そして有土は、そのどれもが悪逆非道などではなく、絶対悪などは存在せず、あるのは正義と正義の衝突だということを、他でもない彼の国を育てた親に教えてもらった。


「ですので、これが私の描く正義の形です」


 だから彼は淀みのない声を、世界中に響かせるのだ。




「私は企業国家『アンゲロス』執政局第二席として、三聖翼セイクリッドを始めとした世界の全てに対し、休戦協定を通告します」




 小郷有土の声が、人々の耳に轟く。


「来るべき日に、同じ席に座り世界の明日を語れる椅子を用意します。そこで皆がこれ以上の天使を破壊する必要のない未来に向けて、一同で軍縮を行うのです。そうすることが青き空を取り戻す第一歩になると、私は考えております」


 言葉の奥まで探れる人ならば、他国への武力介入を行なっていない『アンゲロス』が、平和条約でなく休戦協定を提示したのか疑問に思っただろう。


「もし調印いただけた国には戦災の復興支援と、防衛戦力の為にこの『機動装甲アルカディア』と『武装義躰エクスマキナ』の技術提供と共同開発の準備があります」


 そして察しの付く人ならば、この言葉が決して慈悲深さのみで綴られたものではなく、熾烈な牙も含まれていることに気付いたことだろう。


「しかし……そのみちの途中に争いを必要とするならば、私は武器を手にすることをいといません。この『機動装甲(アルカディア)』を以ってして、楽園創造を阻む悪をちましょう」




 それは、事実上の宣戦布告だった。




 そして、彼は一呼吸を置いて語る。

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