5 / ⅵ - 天使を堕とす者 -
鏡越しに見た自分はあまりにも弱々しい。
認めたくなかった自分の脆さを見せ付けるが如く、目元から頬にかけてうっすらと線が引かれていたのだ。
開いた傷口から鮮血が
臆病を軸に回転を速める思考回路は、喉から出る全ての言葉を弱音に変えてしまう。
恐い。
嫌だ。
傷付きたくない。
逃げ出してしまいたい。
それでもいいじゃないか―――……。
「……あぁ、確かに世良さんの顔を直視したくない自分がいる。彼女を泣かせた罪悪感もあるけど、それ以上に、もう一度拒絶されるのが恐いから直視出来ない卑怯な自分がいるんだ」
誰となく言う、と述べるのは間違いだろう。
これは銀色から映された自分との問答。
「けどさ、あの笑顔には応えようって思えるじゃん。たとえ俺には眩し過ぎるって思っても、あの笑顔を見てたら、何でも出来そうな気がするじゃん」
彼女が花咲かせるような笑みを見せてくるものだから。
まるで自分を信じてくれているかのような、とびっきりの明るい声で笑っていてくれるから。
その喜色にどれほどの勇気をもらい、どれだけの恩を感じたことか。
「だから……しっかりしなきゃ」
失って初めて気付くというのは愚者の行動かもしれないが、その笑顔が彼にとって掛け替えのないものだと気付いたのは、皮肉にも彼女からそれを奪った時だった。
「拒絶の選択肢を取らないようにすべきなのは、俺もまた───」
先日、彼女は自分の身体を他人に晒すのが恐いと言っていた。
先の墜落事故が起きた際の真紀奈の怯えた顔も、見ないで欲しいという必死な叫び声も鼓膜からまだ離れていない。
もしかしたら彼女を傷付けてしまった負い目よりも、彼女の胸の内にある悲鳴の方が遥かに大きな葛藤なのかもしれない。
だとしたら───いや、自分の答えなどとうに決まっていた。
「……大丈夫だよ、
その言葉はセピアに
今更、正義の味方を勘違いする気はない。
ナイトを気取る訳でもない。
それはただクラスメイトの身を案じる同期として、仲良くしてくれている恩に報いる一人の友人として。
あるいは───、
「その答えを出すには、俺の手は随分と穢れたけど」
その感情に身を委ねてしまうのは、あまりにも虫がいい話だろう。
だからという訳ではないが、どうしても自分の心に蓋をしてしまっている部分がある。
けれども、それでも彼女のそばに居られるのであれば、今のまま、このまま、その先もそのままでいいのかもしれない。
「よしっ」
だから、彼は───。
『有土、起きた? 第七整備場の調査が終わって添氏執政局総督代行にも報告済みだぜい』
快活な声ながら有土の身を案じる言葉もあり、
『墜落した機体は《
「え……?」
飛行訓練での事故でなければ、道定の口からはどんな説明が出るのだろうか。
NLCディスプレイを立ち上げ解析結果の写真や資料を見ながら、有土は無意識のうちに固唾を呑んでいた。
「つまり、第七整備場は意図的に襲撃された?」
にわかに信じ難い問いに対する道定の返答は、是だった。
ということは即ち、真紀奈は何者かが故意に起こした事故によって傷付けられたことを意味する。
『目的は『
「……第一野党派か」
『ご名答。《
傍受の危険性を考えてと、連絡が終わった道定は通信を遮断する。
有土も道定に繋がる通信を切ってから、思考を整理すると一つの番号に指を重ねた。
『あら、貴方から連絡するなんて珍しいわね』
国是に背き、悪意で一般人を苛む愚かな罪。
それは悪であり、決して許してはならない。
「───闇を
だから、彼は
『えぇ、行きましょう───愛しの【
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