5 / ⅴ - 消けせない紅色の傷跡 -

 ───意識は、闇の中に堕ちる。


「ひっ……」


 悲鳴が聞こえる。


「うぅ……ひぐっ、ぐすっ」


 嗚咽が聞こえる。


「……た、たすけ、て」


 その声が、彼の鼓膜から決して消えず今尚聞こえ続けている。




『……たす、けて……ゆうくん……』




「―――はッ!?」


 数えれば一時間にも満たない短い仮眠だったが、目覚めにしてはこれほど悪いものもないだろう。


 夢の中でトラウマを見せ付けられた有土の寝起きの顔は、とても人に見せられるものではなかった。


 目の前にある手は嫌な感触の汗を握っているが、決してべにで塗りたくられている訳ではない。


 しかしあまりにもリアル過ぎる血の気配に、思わず不可解な不快さすら感じてしまう。


 あの日、あの時、正義のヒーロー気取りは死んだ。


 己が正義と信じたものは、暴力を正当化する拳の名称に他ならない。


 そのいびつな信念にようやく気付けた頃には、既に大切な人を傷付けてしまった後だった。


「ハァ……、ハァ……」


 あの子が恐がっていたのは “正義 ”を振るう自分の姿で、あの子が助けを求めていたのは、彼女のよく知る優しい少年の姿だった。


 同一人物と知られなかった事実など慰めにはならず、純真と潔白を表す無垢の詰襟が紅く穢れていく様は、さぞや無残に見えただろう。


「違う―――違うッ!」


 求めていたものは、こんなものではなかった。


 しかし現実は優しい少女の心を踏みにじり、清らかな彼女の瞳を濁らせてしまった。


 だから―――……。


「うぐッ」


 後悔、焦燥、苛立ちと共に込み上げるものを手で塞ぎながら、力の入らない身体を引き摺り揺れる視界の中で洗面台へ向かう。


「……───ッ!」


 吐き出したかったのはこんなものではなく、きっとあの忌まわしき過去。


 それを吐き捨てられるのであれば、それに二度と悩まされずに済むのであれば、どれだけ楽になれるだろうか。


「……ダッセー顔」

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