2 / ⅹ - 黒き蜜 -
「知らないとは言わせませんよ。完全招待制の勉強会? 授業料は一回につき……へぇ、こんなにも? こんなにもお金を貰っているなら、今回の航空機だって簡単に買えましょうに」
彼の細めた目元には、一つとして優しさなど無い。
「あぁ、いえ。そちら様にも体裁というものがありましょう。何も馬鹿正直に言葉に出す必要はありません。どこに録音機や映写機があるかわかったものじゃないですからね」
青年がわざとらしく自分のジャケットの袖元に指を掛けてスーツの裏地を見ると、その一挙一動に鎌瀬等の顔がみるみる引き
「私のお気に入りの専門店のお嬢さんが嘆いていましたよ。原価と同額くらい都市開発事業部へのテナントの賃料を支払い、その上で従業員に給与を支払うからいつも大変だって」
幸い自分はまだ学生の身だから小遣いが減る程度で済むが、社会人になるまでにはブランドを軌道に乗せて安定させたい───そんな友人の言葉を、青年は言葉の後ろで思い出していた。
「言質を取るつもりはありません。ただ一点、金はあると首を縦に振る御姿を確認したいのです。それがどのような収入源かなど、ましてや開発部門から不当に請求要請して得たお金などとは思いません。それは全てこちらの勝手な妄言と胸の奥に仕舞いますとも」
返答は……沈黙だった。
「黙認なんて言葉はありますが、そうですね。私共と致しましては、この場を今日限りの関係としたくないので、今日のところは試作機をお譲りする形で締めさせて頂きたいと思います」
「あ、あぁ……結構」
白々しいその言葉に、この尋問にも似た時間が終わるのだとようやく口を開く。
「それではお帰りにはお気を付けください。お一人は航空機に直接乗られると思われますが、その際はくれぐれも用心なさってください」
「なに、もしうちの政党事務所の防衛装置に引っ掛かったとしても
女性はそう言葉を添えたが、鎌瀬はウンザリとした様子で聞き流していた。
「物理衝撃などビルが倒壊した際の瓦礫くらいしか思い浮かばないがね。では失礼するよ」
そうして鎌瀬が航空機に乗り、付き添いが車に乗って去る。
それぞれの背中が小さくなるのを確認するまで、女性と男性は形式美として腰を折っていた。
「……えぇ。それでは今後も、どうぞ甘い【蜜】をご堪能ください」
【蜜】───転じて、密。
密造、密会……こうして彼等の、密売は幕を終える。
「国家予算の不正利用、民営組織からの収賄に私達との接触による軍機の違法開発……全く、こんな真っ黒な人だから【蜂】の対象にもなっちゃうのよ」
ふう、と小さく息を吐いてビジネススマイルから素の表情に戻った彼女は、NLCディスプレイを一つ広げて画面を見ていた。
「【
その隣では、男性が漆黒の中から一つの
自分の全長ほどのケースを開き取り出す巨大なそれは、彼等が蜂と呼ぶならば蜂の針とでも呼ぼうか。
「もうちょい待って。ってかさ、こういう時の和服って黒いイメージあったけど」
「ふふっ。黒い礼装は
「んや、なんでも───あ、準備出来たよ」
その横、男性はレンズ越しに天使の姿を見付けると、女性に指示を仰ぐ。
「ん。じゃあ、やっちゃって」
この先起こることを考えると、それは余りにも端的で、呆気なく、残酷な一言だった。
その言葉を聞いた男性は躊躇うことなく指を動かす───刹那。
「あぁ……あれは、悪だから」
一つの音が割れ、空を
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