遺却


 口づけの痕を遺すように舌を抜いた。温もりが溶けていくビーカー、やみにひかりに いけども苦い珈琲。声も預けないほどの静寂が今にある紫煙。もじどおり、冬が来る前にガーベラを添えて。絡めとったままの野茨の蔦、おぼつかない彩葉がいつか薄れていくのを、弧を描くように軒下に吊るした。やや違えては、慟哭。

 至極近くに感じて逝ってしまえ。

 そうして冷めきった陽炎の夜に間延びする欠伸のはしっこ 皮一枚を器用に掬い、外れないよう縫い合わせる 薄明を思い込めれば。それでも眦から馴染んでいくのはコンデンスミルクの血流とイチゴゼリーの海溝で、留めたままの夕焼けが精一杯、手を振っている。それで渡り鳥。仕組みは簡単でまるで別人のよう、メモリアルダイヤモンド、墓を暴いても魅せればいい。



 もうときは定まってしまった今、私たちは置いて枯れるだけの安穏を戴いたのだと地に影を落として膝を抱えたのだ。懐かしいような甘噛みを齎した こそばゆい春の風はひどくぬるい、それだけの瞳を細め光をも抱き留める。


 碑でも礎でもいいが どこへもいけないまま「私が見えるのかい?」

 大地に根を下ろしていく「お嬢さんは何処から来なすった?」

 意志は揺るがなかった、ただそこにあったのだ。


(わたしはここに生きているのだ。)


 朦朧とするのは炎天下のことだともう諦め、焼き付く陰画を剥がすと 額の淵の裏側に堕ちる歯牙の失笑へいざなう。(いきて/いったら) なんて結局溺れてしまうのでしょう。アナタに被されて何処へも孵り尽けない。夢幻に堕ちて締まって もう螺旋を昇り積める 私たちはもう過去の誤算に過ぎない。後悔しないで ほら、おやすみなさい。

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