地鏡.

 夏の我が儘もそのうち翳る。

「一雨、きそうだ」

 いつの世も空蝉が風に靡く、枯草に殻を込めたままで。そうして寂し気な秋が来る 私に似合いの季節を往く 今もどこかで蜩が哭いて、きがして ならない。

 遠ざかる山々を振り返るが其処はもう美白む田舎道で、しっとりと氷雨に曝される ただの異世界としか なら 癒えなかった。


それではもう外れない楔を、亡くして。

 リズムの散弾銃――踵のない鵞鳥の隈取りをなぞる。

 ジャックの抜けたデモニッシュ――ただ膨れ上がる胃袋へ

 嘴の夜泣き、傷んだ異端、腐敗した糜爛は縺れたばかり、

 あなたのことを これほどにあいしていたと、垂れ下がる乳房に伝う。


 あしをとめておいていかれたモノを思い出しては、歩幅を合わせて、時代と云う。先ず一歩、ゆるく踏み出せば板の間は軋んだメッセージを。復路を引き摺りながら 未来を選んできた結果が、これだ。

 くすんだ躰は底に在りて もうこれ以上は耐え切れず そこへ そこへ 抜けおちていく。鏡張りにあいた空には僕だけがうつりこめない


 錆びた茨にしたたる秘蜜の悼んだ糖度は何者にも変え難く。私の中に閉じ込めたコンパス 裸足の先では向こう側を図れない。甘く芳しく卑猥な蠱毒を誘い逢う黛の稜線にむくれては、彼方の下がり目に、あなたの翳をも巻き込まれて。

 抱き潰していただく せめて鴎よ 声高らかにないて。夜明けと迎え入れたし。


 酸ではだけた天鵞絨の地肌/炎天夏は心気楼の裂傷痕/瓶詰めの已んだ胡蝶/紛い物の琥珀の言の葉〈とこしえに探し続けている〉


 未だ生まれたばかりの鍵を握った 扉も拝せない。握り返すものもなく地上に咲いたは一輪だけ。これでは世を模したアダムとイブには至らない。

 灯された蝋燭は底から燃え、酩酊して 立てなかった。ゆらぐあかい片手にするどいあおい愛を加護めて、凍り出した心臓を割り砕ければ死に花。

「あゝ見とれていて」

 雪がれた柩には はらはらとぶちまかれる墨鋳ろの やはり小糠雨。そしてアスファルトの逆さ虹と輝る、憧れはむざむざと軌跡と入る。


 そうだね。かみが しにたえるときも きっと

 上天気な青天に違いない

 けれどなにがくさいのか

 わたくしたちはつまらないことでわらいあえた


 翼を折られた渡り鳥は最期、木の根に足を揃えてもんどりうつ。何処へもゆけない満天の石ころがゴロゴロチカチカ。迷い込んだ窓辺のつがいは 小さくなって、

 あのころへまた。

(もっと永遠の過去まで描ける夢を見せているのだ)

 いにしえまでなけなしの光路は間延びする、旦明の淵源の、雀の涙 そのものをみたのであろう。


 *

でもそのときのありていのどぎまぎに情報処理された遠浅に引っかかるお喋りで丸裸のクラゲがふにゃけた瞳の点描に天井のあさひが表層と乱交尾し触手を伸ばした終幕の余波が足元までさざなみと耐え忍ぶ君はもうとっくに死んでしまっている釣り堀のふなでがかえりを待っていたようで汚れた絹の白磁の口には爆風の黙認による脊柱管ひとかけ来世から流れ着いていなければやはり息は成らなかった (ひといきの独白)


 地鏡.9/23

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