183 訓練されていない軍隊
ぐっすり寝て、しゃっきり起きたところで報告書を読む。
何の報告書かって? もちろん樹海蟻に潜入させた蟻たちからの報告だ。報告を紙に纏めさせた。さらに複数人に読んでもらう都合から遂に木版印刷を導入した。ようやく印刷技術まで来たかと思うと感慨深い。木版はカミキリスが一晩で作ってくれました。木の取り扱いだと職人クラスだよ奴らは。
「これはまた……随分と巨大ですね」
「ええと、二十万……というのは我々の何倍じゃ?」
「いろんな生物含めたとしても余裕で十倍以上だな」
千尋と翼、そしてオレの三人で会議中だ。ざっと見ただけでも樹海蟻の規模がよくわかる。最低でも二十万人以上の蟻がおり、生息域も広大で四国くらいならすっぽり入るくらいの森、まさしく樹海。
だから広すぎて正確な規模はわからない。というか多分本人たちにもよくわかっていない。森が途切れてもさらに巣そのものは続いているようなので果てが見えない。細かく数えれば百万人の蟻がいると言われても驚かない。
これはあれだ、メガコロニーというやつだ。スーパーコロニーって言った方がわかりやすいか?
別にどっかのカードゲームの犯罪結社でも宇宙世紀に作られた建造物でもない。単純に蟻の巣がつながっただけだ。たかが蟻の巣と侮るなかれ。これは地球の話だけど数キロメートルにわたる巣には数億匹の蟻が存在していたらしい。ちなみにこれは日本の、それも北海道で観測された蟻の巣の話だ。確か今ではもっとでかい巣が見つかっているらしいけどそれでも馬鹿でかい。
これは私見だけど北海道みたいに寒い地域では寒さから逃れるために巣を深く作る必要があって、その性質が極まった結果広大な巣を作るようになったんじゃないだろうか。以前寒さで苦しんだオレのただの推測だけどね。
まあ樹海蟻がこんなにでかい巣になった理由ははっきりしない。さあそれじゃあ樹海蟻とどう付き合うかだ。
「まず戦うとあえて仮定してみようか。勝てると思うか?」
そう言うとやはり二人は難しそうな顔をした。というかオレも魔物の表情を読むのがうまくなったよなあ。
「数で負けておるからのう。その時点で不利であろう?」
「ほんとにな」
戦力差は十倍以上。もう笑うしかない。
「それに蟻の方々は防戦に秀でています。容易くは崩せぬでしょうな」
「どの辺が防戦向きだと思う?」
翼は一度オレたちと戦った敵だ。だからこそその意見を聞いてみたい。やっぱり実際に戦ってみないとわからないことも多いからな。
「まず魔法の性能ですかな。あれで防壁や穴を掘られれば攻めづらい。そしてそれ以上に食べ物が豊富にあることでしょう」
「それな……」
蟻は魔物全体から見てもかなりの悪食だ。肉も食えるし果実も食える。それどころか樹まで食える。樹海じゃ食べ物に困ることがありえない。
「一気に殲滅するのが理想ですが……乗ってこないでしょう。弓矢で遠巻きに削りながら戦うというのはいかがでしょうか?」
「あー、それダメだ。何でかわからないけど蟻同士だと武器をコピーされるんだよ」
以前オレたちは他の巣の蟻と戦ったことがある。その時に武器をまねされた上にゲリラ戦に持ち込まれてめちゃくちゃ苦労した。
「しかもテレパシーでそれらの情報が一瞬で他の個体に伝わるからのう」
情報が伝わるって本気で厄介。対策を練られると数が少ないこっちが不利だ。そして一番厄介なのは……
「絶対に裏切らないってことなんだよなあ」
もうこれはオレが一番実感していることだけど、蟻は決して女王蟻を裏切らない。だまされることはあるかもしれないけど裏切ることだけは絶対にない。
まとめるとこうだ。
食料が無制限で絶対に裏切らない兵士が時間経過によってどんどん進歩してゲリラ戦や籠城戦を仕掛けてくる。
……絶望しか感じない。
アメリカ軍でも無理じゃね? これさあ、ベトナム戦争でアメリカが苦しめられた戦術にそっくりなんだよなあ。ゲリラ戦に地下への避難……ついでにそのうち武器がどっかから供給されたこととか。しかも数でさえ圧倒的に差がある。
「いっそのこと全て焼き払いますか?」
過激な提案だ。正直それくらいしか有効な手立てがないけど……。
「それやるとオレたちが手に入れる意味が薄くなるからなあ」
オレたちが奴らを攻める理由があるとしたら土地か食べ物が欲しいからだ。燃やすと少なくとも土地は荒れる。焼き畑だと割り切るには焼かなければならない面積が大きすぎる。
「やはり戦わずに懐柔策しかないのう」
「ですよねー」
話し合ってみても勝ち筋が見えない。なら戦い方を変えた方が無難だ。
「幸い樹海蟻はあまり好戦的ではないのですよね?」
「報告書を読む限りだとな。なんというかのんびりしている」
樹海蟻たちは自分たち以外の蟻に対してはかなり攻撃的ではあるもののそれ以外に対しては寛容というかどうでもいいらしい。
膨大な数の蟻がいながら政治らしい政治を行っている様子もない。黙々と働くのは大得意だからなあ。いちいち求心力を維持するだとか幸福にするための施策なんて必要ない。ただ生きるだけ。命をつなぐだけ。原始的だが根源的な生命の形。
そのために食料を様々な方法で取得している。そして優れた農業技術を持つがゆえに多少の人口減少では堪えないのかもしれない。そのおかげでわりと警戒心が薄いらしく、すでに潜入したスパイは相当な数になっている。
「スパイに女王蟻を殺させるのはどうじゃ?」
地球でも行われている蟻の巣の乗っ取り手法その一、女王蟻殺害。有効な手段ではある。
「厳しいだろ。向こうだって女王蟻を殺されないように必死だからな。女王蟻のコロニーはガードが固い」
奴らの女王蟻が住むコロニーは全部で三つ。巣の規模にしては少なすぎるけど、多分女王蟻を外には出さないことで生存率を上げているんだろう。卵や成虫になったばかりの蟻がよその巣へ移動している様子がよく見られる。もしも女王蟻のコロニー三つを同時に完全に破壊し、何百人、あるいはそれ以上の人数がいる女王蟻を殺せば、乗っ取りは成功するかもしれない。しかしたった一人でも敵の女王が生き残ればその計画は頓挫する。
「どうにもなりませんか」
「無理そうだなー」
やっぱりスパイに内部から蚕食させるしかないか。幸い
さて、あらかじめ言っておくと。
オレは虫の知らせとか直感をあまり信じない。もちろん一瞬で答えを導いたりなんとなくこれだと思ったりすることはある。けれどそれが何よりも正しいと思ったことはない。
でも。
「紫水」
「ん、寧々か? 何かあったか?」
神妙な様子で研究中の寧々がテレパシーで話しかけてくる。
「ご報告したいことがあります」
今回ばかりは嫌な予感がした。
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