165 ザ・不死身

 厄介だった魔法さえなくなればアメーバはただのぶよぶよした肉塊にすぎない。あーでもプラスチックは欲しかったかな。できれば生け捕りが良かったけどあいつ会話できないからなあ。

 餌付けさえできそうにない。さくっと殺したほうがよかったな。もし次があれば生け捕りの算段でも整えて――――

「王!」

 翼の鬼気迫る言葉に思考を待機から戦闘に切り替える。

「どうした!?」

「あちらを!」

 翼が爪差した方向を見るとボコボコと沸騰しているように気泡を浮かべるアメーバがいた。どうやら翼が分断したアメーバの一部が再生し始めているらしい。しかも、探知能力に反応がある。つまり、宝石があるということ。

「すぐに潰せ!」

 あれはまだ再生しきっていない。今ならすぐに倒せるはずだ!

 その場にいたほぼ全員が個々人の最大の攻撃を開始する。ある者は爪を光らせながら走り、ある者は弓を構え、ある者は糸を伸ばす。

 しかし次の現象は誰にも予想できなかった。


 パンっ!


 軽快な音と共にアメーバが破裂した。誰もが一瞬呆けたように動きを止める。まるで自滅したかのように体が飛散した。

 しかし体は飛散したように見えたが実際にはひも状になりながらもかろうじて繋がっていた。体をまるで投網のように広げ、散らばっている体に強引に届かせた。

 一部の植物は種子を遠くに飛散させるために破裂するという。つまりこれは生息域を拡大、ないしは仲間と合流するための行為。


「構わず本体を狙え!」

 わずかに遅れて攻撃が届くが……濁った色の壁、プラスチックに阻まれた。しかもそれはアメーバ全体で起こっている。蠢く沼が再び鎧を纏い始めた。


「ふざけんなああああ! しれっと完全復活してんじゃねえええええ!」

 ダメだこいつ。どうにもならない。しぶとすぎる。不死身すぎる!

 決して強いわけじゃない。むしろ本当に強い魔物に比べれば弱い方だ。しかし、殺せない。その一点においてアメーバはずば抜けすぎている、異常すぎる!


「全員一旦離れろ!」

 とりあえず離れさせる。しかし中にはまだアメーバの沼のような体の真ん中にいる味方もいる。救助しないと……?

 シュルシュルと糸が道を作る。蜘蛛じゃない。これは、豚羊の<毛舞>? どうもゆっくり移動するものに対してアメーバは反応しにくいらしい。

「茜? 協力してくれるのか?」

「救うことは誰かを殺すことではありませんので」

 ありがたい。ほぼ無傷だった豚羊はまだ余力がある。多分無事に避難させてくれるはずだ。

 アメーバはもうまともに戦って殺せるとは思えない。いや、もしかすると殺してはいけないのかもしれない。こいつが何故今復活したのか。もしかするとアメーバ本体を殺したからこいつが起動したんじゃないか?

 植物にはアレロパシーという機能がある。他の植物や微生物を成長させないようにする作用だ。普通他種に対して用いられるけどこいつの場合、自分以外のアメーバが活動しないように何らかの方法で制御しているのかもしれない。

 もしそうなら下手に殺せない。火で一片残らず炭化させれば流石に復活はできないだろうけど……

 くそ、まじでどうする!?

 このままだとせっかく作った巣を放棄しないといけない。有効そうなのはやっぱり毒か? けどどんな毒なら通用するんだ? 

 相手は核らしき宝石をぶっ壊しても復活する奴だぞ? 

 理不尽なほどの再生能力。何か……地球でもこの世界でもいい。それこそファンタジーでもいい。不死身の敵を、殺す……方……法?

 ? ?

 あれ?

 これでいいのか? こんな方法で?

 たった一つだけ、解決方法を思いついた。ひどく、シンプルな方法。

 そのためには、あいつの協力が必要だ。


「瑞江、いいか!?」

「声を荒げないでください。何だというのです?」

「協力してほしい。樹海にいる海老に命令してくれ」

 海老はオレの命令よりも瑞江の命令を優先する。だからどうしてもこいつから話してもらわないといけない。急いで作戦を説明する。

「何故そんなことをしなくてはいけないのです? それもワタクシの子供を危険に晒して」

「気持ちはわかるけど頼むから言うことを聞いてくれ」

 自分でもこんな作戦を聞かされても首を捻るとは思う。しかし何とかして納得してもらわないと。

「わかりました。ですが我が子をなるべく危険な目にはあわせないように」

「ありがと! 恩に着る!」

 後はうまくいくかどうかだ。ぶっつけ本番にしかならない。


 海老たちが一列に並んでそのハサミには壺を持っている。アメーバは目と鼻の先だ。

「翼。アメーバの体に少しでいいから穴を開けてくれ。そこからこれを流し込む」

「そうすれば奴を倒せると?」

 流石の翼にも疑問の色が濃い。

「言ったろ? 勝ち方を教えるって。殴るだけが戦いじゃないさ」

「了解いたしました」

 もしもこれが上手くいかないとこいつの信頼を失うかもな。それは避けたい。

 ラプトルも、蟻も、必死になってアメーバの気を引き、隙を見て風穴を開けた。

「海老ども。ゆっくりだ。ナメクジよりもゆっくりと中身を注げ」

 ゆっくりとアメーバが反応しないように壺の中の液体を魔法で操ってアメーバの中にしみこませる。ありがたいことに傷口を閉じようとはしない。恐らく傷口が空気に触れていないと傷を負っているとは感じないからだろう。

 時間が経過する。壺の中身は徐々に空に近くなる。不安になり始めた頃に、変化は現れた。

 アメーバの動きが、<プラスティ>の精度が明らかに下がる。でたらめな方向に進もうとして体はバラバラになっていき、あれほど苦戦したのが嘘のようにもろく崩れ始めた。

 翼はあっけにとられている。

「これは……一体……? 王、それは何ですか?」

 それ、とは壺の中身だろう。翼にとっては神か悪魔が宿っているように見えるのかもしれない。

「大したもんじゃない。ただのお酢と酒だよ」

「お酢ですか? あのツーンとした? 酒もただのシードルですか」

「うん。その通り」

 非常用の飲料や発酵の実験として樹海の巣にも持ち込んでおいたのが良かった。

 アメーバにアルコールやお酢を無理矢理飲ませただけだ。注射したといった方が適切かもな。

 実はこれ、地球においてとある不死身に近い生物の駆除方法を参考にしている。その生物はヒトデだ。たしかオニヒトデだっけ。

 ヒトデはとても生命力が強く、五体がバラバラになったくらいでは死なず、それどころか分裂して増殖する。おまけに毒も持っていたはずだ。

 このように地球にも不死身に思える生き物はいる。ギリシャ神話のヒュドラは全くの妄想の産物でもない。

 このヒトデはサンゴ礁の減少の一因になるなど問題になっていたが、前述の通り驚くほどしぶといため駆除にかかる手間や費用がかなり多かった。

 そこで比較的低予算で駆除できる方法が考案された。それがヒトデに酢酸を注射する方法だ。そうするとヒトデを確実に駆除できたらしい。

 まあ要するに毒じゃないけど適当に体に悪そうなもんぶち込んでアメーバを弱らせようって作戦だ。

 思った以上に効果があったけどな。

「……感服しました。そしてお役に立てず申し訳ありません」

「謝る必要はないよ」

「そうは申しましても敵を倒せぬとは戦士としてふがいない限りです」

 どうもラプトルは自分が戦士や将軍として活躍、つまり武功を挙げることを重要視しているらしい。こう、役割をはっきりさせたがっているのかな?

「倒せなくてもきっちり頑張ってくれてたし敵が異常すぎただけだろあれは」

「いかに努力しようとも結果が伴わなければ意味がありません」

 なかなか自分に厳しいね。

「オレは努力した奴は評価するべきだと思ってるよ」

 まあその評価が高いかどうかは結果で判断するしかない。

「ついでに言うなら直接敵を倒せなくてもそれが敵の打倒に繋がるならそれも結果だと判断するよ」

「寛大な御言葉、感謝します」

 ひとまず納得したらしい。

「とりあえず宝石を回収してアメーバを捕獲してくれ。あいつにはまだ用がある」

「はっ!」

 気持ちのいい返事だ。今のところ裏切る様子はなさそうかな。

 はあ、疲れた。それにしても……

「シードルとリンゴ酢、作っておいてよかった……」

 この世界に来て最初に作ったものが役に立つというのはなかなか感慨深い。疲労を感じながらも組織としての成長を実感していた。

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