Epi76 お昼の定番スタイル
結局、俺の新たな愛称は「あーちゃん」に決まった。
先生もなんでノリノリなのか。
長山さんは「あーちゃんって、親しみ易いからいいよね」とか言ってるけど、女の子みたいでそれもどうかと。
離れた席に居る田坂さんを見ると頷いてるし。
昼になって明穂が教室に来ると。
「あーちゃんって?」
「俺のあだ名」
口元歪んでますよ、明穂さん。体振るわせて目が盛大に笑ってるんだけど。
「た、大貴。ぷっ。いい、いいと思うよ。それ」
完全に面白がってるだけでは?
「あーちゃん。お弁当一緒に食べるんだよ」
もう好きにしてください。
長山さんが自分の机を俺の机にくっ付けて、田坂さんも来て、他の机を二つ拝借してくっ付けると机の島ができた。よくある仲良しグループでやる奴だ。
「あーちゃん。お昼一緒だよ」
「あーちゃんと一緒に昼飯だね」
「あーちゃん。ぷっ」
明穂だけしつこく笑うし。
と思ったら長山さんも田坂さんも、目が笑ってるし。そんなおかしなあだ名を付けた張本人は、実に楽しそうで巨大な胸がゆさゆさしてる。
「あーちゃん、胸気になる?」
「いえ。ある程度の大きさならみんな揺れるんで」
「あーちゃん。見るのはあたしだけでいいんだよ」
「えっと、あの、小さくてつまんないかな?」
明穂の言い分はともかく、田坂さんのを小さいとか、そんなこと気にもしてないし。雰囲気で言えば一番惹かれるタイプだし。
「大貴。じゃなくてあーちゃん。浮気は厳禁だから」
「してないと思う」
「田坂が気になってるでしょ」
「えっと、それは」
惹かれるのは事実だけど、それはやんわり包んでくれる、そんな人が俺の周りに居なかったからだと思う。明穂は強引で問答無用で引っ張るから、時々疲れちゃうこともあるし。でも、俺の成長には明穂くらいの強引さが無いと、ずっと同じところに留まってたんだろう。だから田坂さんは癒されるけど、俺を引っ張るのは無理だって、そこはきちんと理解してる。
「疲れちゃうんだ」
「いや、あの、たまにだし、明穂じゃないと駄目だし」
あ、そう言えば明穂も「あーちゃん」でおかしくないよなあ。
「明穂」
「なに?」
「あーちゃんだよね」
「それは大貴のあだ名だから」
いやいや、俺のって限定する必要はないわけで、明穂の方があーちゃんが最適だと思う。
と言ったら。
「ダブルあーちゃん」
「あーちゃん一号と二号?」
長山さんと田坂さんはそれでも良さそうだけど。
「大貴はあーちゃん。あたしは明穂でいい」
「じゃあ、あっきーとか?」
そんな頭の悪そうな呼び方は要らないそうです。
なんで頭が悪そうなのか、それは俺にはわかりません。
「あーちゃん。あーんして」
だから、恥ずかしいから少し遠慮して欲しい。そう思ってても口元にしっかり押し付けられて、口を開けると押し込まれるし。
「美味しい?」
「うん」
「じゃああたしにも」
こんなんばっか。
それを見る二人がやたら羨ましそうだし。
「いいなあ」
「隣じゃないと難しいよね」
「これはあたしの特権だから」
そんな特権は家だけにして欲しい。学校でそれをやられる恥ずかしさって、明穂には。無いんだろうな。
でも、そんな明穂だから俺もなんか安心できる。すごく愛されてるって実感するから。田坂さんもいいんだけど明穂には遠く及ばないと思う。きっと互いの相性がいいんだろうな。
昼休みが終わると机は元の位置に。
「明日はあたしの教室で」
「あーずるいな」
「二人きり?」
「違うよ。あたしの友達も一緒だから」
女子だけで好き放題。
まあいいけど。明穂は宣伝するって言ってるし。もう充分宣伝できたと思うけど。
放課後に部活に出ると。
「先輩。教えて欲しいことがあるんです」
俺に告白してきた後輩だ。まだ諦めてないのかな。
「えっと。なに?」
「人の動きを文章で上手に示したいんです」
明穂を見るといいよって感じ。後輩程度じゃ相手にならないと思ってるんだろうな。教えてもらうんじゃなくて、俺に必要なのは一緒に高みを目指す、そんな相手だって思ってるだろうから。
明穂も指導するのはいいみたいだから、後輩の文章をまず読ませてもらうことに。
「これ、動きを表す時に頭の中でちゃんと思い描いてる?」
「なんとなくですけど」
「具体的に思い浮かべながら、文章化する時に適度に省くといいと思う」
具体的に、と説明してるとどんどん接近してくるし。顔近い。体を寄せてこようとして俺が少し下がると、さらに寄ってくるし。なんか、実は教えるのはどうでも良くて、俺に張り付きたいだけじゃ?
「あの」
「なんですか?」
「顔も体も近過ぎると思う」
だから、なんでそんな悲しそうな顔するの?
「た。あーちゃん」
大貴って言おうとしてわざわざ直さなくても。
「なに?」
「いいよ少しくらい」
そう言われても体が触れる程度ならともかく、胸を押し付けようとしてるし。
俺の腕にさっきから当たるんだってば。長山さんもそうだけど、やたら接触してくる子が居るのはなんで?
「先輩。許可出ました」
「いやあの」
「触ってもいいんですよ」
と小声で俺に言うけど、なにを触れと?
戸惑ってると俺の手を取って、なんか誘導されてるし!
「あ、ちょっと」
下から覗き込むように困り顔で「いやなんですか?」じゃないってば。
男子たるもの、その誘いには乗りたいと思う部分もある。でも、明穂が居る以上俺は明穂一択だし。他の人との接触は避けたいと思う。
明穂を見るとにやにやして、まるっきり試されてるよね。これ。
「あの、話がこれ以上無いんだったら」
がっかりした感じだけど、明穂が居るってわかってるんだし、望みも殆ど無いって理解して欲しい。
そう言えば、未だにこの子の名前知らないんだった。明穂以外はほんとにどうでもよくなってるのかな。なんとなくコミュニケーションが成立しちゃうから、名前知らないまま接してるし。
で、後輩の顔を見ると。
「先輩。いつも三菅先輩とキスしてますよね」
してる。毎日。
「あたしも」
「無いから」
「いいじゃないですか」
「駄目だってば」
この子、明穂とご同類? 長山さんともいい勝負?
明穂はどうかと思ってみると、やっぱりぶるぶる震えて、目が笑ってるし。余裕噛まし過ぎだってば。
「俺、君の名前知らないし」
この言葉で部室に居た部員全員固まった。
「大貴。いい加減名前くらい覚えてあげようよ。泣きそうになってるよ」
その言葉に後輩女子を見ると、目に涙を溜めて俺を見てるし。
「先輩。こんなに愛してるのにひどいです。あたしは
言いながら俺に抱き付かないで欲しいんだけど!
なにしてくれてるの? この子。明穂はどうしてるのかと思ったら、じっと冷めた目付きで見てるし。怖いんだってば。
「ちょ、離れてくれるかな」
「名前覚えましたか?」
「えっと、島津?」
「ひどいですうー!」
抱き付きが酷くなるし明穂の目付きも絶対零度だし。全身凍り付いちゃうから離れて欲しい。
抵抗して引き剥がして「津島咲だね」って言ったら、「ちゃんと咲ちゃんって呼んでください」だとか言ってるし。なにこれ?
「たい。あーちゃん」
「えっと、なんでしょう?」
「遊び程度なら許す」
「はい?」
後輩程度に俺を本気にさせられるわけ無いから、適度に遊ぶならそれはそれで構わないそうで。田坂さんとは距離を置いて欲しいらしいけど。明穂から見ても田坂さんは俺の心を掴みそうだと。
「先輩! 許可出ました!」
「出たっていうか、遊び相手程度だけど」
「それでも構いません。デートしましょう。渋谷とかいいですよね。ラブホたくさんありますし」
「それは遊びは遊びでも火遊びって奴じゃ」
いくら明穂でもそこまで許すわけ無いし。
部員の白い目に晒されて、明穂はどうかと思ったら。
「悩む」
悩んでどうするの? だって、ラブホでって明らかに肉体関係だし。そんなの許せるわけないよね?
「あとで、ちゃんと話し合おう」
「えっと、それは」
「大貴の家でじっくりひと晩掛けて」
食いながら話す内容じゃないと思うんだけど。
でも、こうなったら今日はお泊り確定。なんか激しくなりそうな予感。
後輩のなんだっけ? あ、そうだ。津島だ。
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