Epi63 学年ランキング急上昇

 数日間に渡る中間考査も終わってその翌日、明穂への誕生日プレゼントを渡すことになってる。

 いつも通り自宅最寄り駅まで明穂のお出迎え。

 軽い挨拶を交わし自宅へ向かう。


「母さんがプレゼント用意したって」

「気を使わなくてもいいのに」


 明穂の行動で救われてるし、気を使わない訳に行かないと思う。


「感謝の意味もあるから。あと、欲しいものあった?」

「欲しいものなんて特に無いけど。大貴盛りもらったし」

「それはあげたと言うより食われたが正しいかと」

「もらったんだよ。大貴の全部」


 もうそれでいいです。

 いつも通りに腕は絡んで手はしっかり繋がれ、体をぴったり寄せて歩き辛い態勢のまま、往来のど真ん中でも平気でキスを交わすのも慣れっこだ。


 家に着くと母さんが出て来て、とりあえずバースデーケーキ程度は用意したからと。


「奮発したんだね」

「明穂の功績は大き過ぎるから」

「そうかなあ」


 テーブルには紅茶とデパ地下で買ったんだろうなって感じのケーキ。


「プレゼントだけど、結局こんな物しか用意できなくて」

「開けてみても?」

「どうぞ」


 リボンと包装を解いて中身を見て微笑んでる。

 母さんが用意したものは特殊加工されたドライフラワー。手のひらサイズだけど、ガラス製の球形容器に洋ランが入っていて、細かい装飾も施されてる見た目の華やかなものだった。


「綺麗だね。大貴の肌も綺麗だったけど」


 そこで俺の肌を引き合いに出さなくても。


「そう言えば大貴はなにかプレゼントしたの?」


 母さん。それを聞いてはいけません。俺に一生拭えない変態の烙印が押されるんで。

 なんて思ってたら明穂が口角を歪め目は弓なりになって、なんか凄くヤバい雰囲気を醸し出してる。


「大貴をもらいました」

「え?」

「大貴をデコレーションして、隅々までいただきました」


 思わず卒倒。

 あっさりゲロしたし!

 母さん、意味不明らしく額に少しの汗と、苦笑いしながら「それって、なに?」とか言ってる。たぶん理解しきれてない。


「大貴盛りです。全裸の大貴にクリームとフルーツを塗して、美味しくいただけました」


 倒れた。


「大貴のお母さん。倒れちゃった」


 俺も倒れたい。


「あああ明穂。それ、なんで言っちゃうかな」

「だって、すごく感激してすごく嬉しくて、すごく美味しかったんだもん」


 気を取り直した母さんはふらふらしてるし、たぶん冷や汗かいてて、笑って済ませばいいのか、変態と罵ればいいのか、きっと動転して言葉も無い状態なんだろう。

 あとで母さんに言われたのは「明穂ちゃんが望んだの?」と。もちろんそこは正直にそうだと答えて「じゃ、じゃあ仕方ないね」で済んだけど。

 陽和には絶対口外しないとなっている。知れば間違いなく軽蔑され、修復不能な状態に陥るだろうから。大人になってしまえば、受け止めることも可能かもしれないけど、思春期真っ盛りの中学生には刺激が強過ぎる。


 休日を挟んで通常授業に戻ると、中間考査の結果が次々出てくる。

 教室内では「よし!」とか「もう少しだった」とか、無言で項垂れる人とか、様々な反応が見て取れた。

 俺はと言えば、点数を見て言葉も無い状態。


 この結果は自分の努力と言うより明穂の成果だと思う。

 自分ひとりじゃこんな結果には至れない。もし明穂が居なければ俺なんて、下手すれば赤点まっしぐらだっただろう。

 でも、目の前にある結果は驚愕以外のなにものでも無かった。


 昼休みになると明穂が教室に来る。


「大貴。どうだった?」


 弁当持参で爽やかな笑顔を見せて、俺の前の席の奴を「席貸して」で追い払う。

 明穂相手だと断る事もできず「あ、どうぞ」と言って、あっさり明け渡すんだもん。俺が言ったら殴り飛ばされるだろう。


「えっと、ちょっと驚いた」

「なんで?」

「だって、大幅に伸びてるから」


 目を細めて俺を見る明穂は「上がらない訳無いじゃん」とか言ってるし。


「でも、劇的に上がったし」

「だから当然の結果だってば」


 喜んでるのか、それとも自分が指導したから上がって当然なのか。


「やる気のない人に指導しても成績なんて伸びない。でも、大貴はちゃんと向き合ったから結果が出ただけ」


 事前に「上の下は行く」と宣言してたけど、どの程度の点数で上の下になるのか。

 中程度から中の下に落ちてた俺だと、どこから上位に入るのかなんてわかんない。

 それを尋ねると。


「見せて」


 解答用紙を見せてみた。


「うん。上の中は固いね。上はあと四十人くらいだよ」


 入学時は中位。二年に辛うじて進級した最初のテストでは、おそらく下から数えた方が早かったと思う。ってことは、とんでもなくランクアップした?


「学年ランキングならたぶん四十位前後だと思うよ。前の出来具合は知らないけど、躓いてた感じからすれば百五十位前後だったでしょ」


 なんで的中させるかな。

 それでも四十位前後って、すご過ぎる気がする。


「四十位前後ってなんかすごい気がするんだけど」

「そうでも無いと思うけどなあ」


 それは明穂だからであって、俺からしたら成績上位者ってことで、思わず尊敬しちゃうけど。

 学年トップレベルの明穂から見れば大したこと無いんだろう。

 そんな話をしてたら少し離れた場所に居た女子がこっちに来た。


「三菅さん。その話しほんと?」


 二人とも名前も知らない。けど、明穂のことはよく知ってるんだろうな。


「大貴が四十位前後ってこと? 間違い無いよ」


 計算上クラス内での順位も相当上がっていて、五位か六位になるとか。

 それを聞いて驚きを隠せない女子だ。あり得ないとか、カンニングしたんじゃないのかとか。


「カンニングなんて手段取っても、四十位は無理だからね。そもそも出題される問題を把握できないで、どうやって点数取るの?」


 それを言われて反論する術の無い女子だった。

 俺を見て明穂を見て、やっぱ納得行かない感じだけど。明穂の持ってる解答用紙に目をやったみたいで、「なにしたらそんなに」とか言い出してるし。


「学校の勉強なんて躓かなければ、百点だって取れる。その程度だからね」


 明穂にサラッと言われて二人して顔を見合わせてるし。

 俺が高得点ってのはそれでも納得行かないんだろうね。散々バカにして見下してきた、そんな奴が自分たちを上回る点数で、しかも上位に居たら不愉快だと思う。


 昼休みが終わって明穂が自分の教室に戻ると、詰め寄ってくる二人の女子が居る。不正しているとか思ってるんだろうな。でも、すべては明穂のお陰であって、俺自身の問題じゃないのも事実だし。


「教えてもらった?」


 個人指導ずっとしてたからなあ。


「ほとんど毎日」


 本気で悔しそうだな。そんなに悔しいなら勉強すればいいのに。見下したいなら尚更だと思うけどね。努力はしない、けど見下したい、バカにしたい、マウント取りたいって、我がままだと思う。いちいち言う気は無いけど。


「なんかずるい」

「ずるいってのは不正した場合だと思う」

「でも、急に成績上がるなんて」


 なんか、だんだんイラっとしてきた。

 そこまで見下したい理由ってなに? なんで俺が最下位じゃないと気が済まないの? 自分が優位に立てないと機嫌を損ねて、それでいじめでもするの?


「じゃあ、頑張ればいいと思う。努力もしないで底辺だって見下して満足するなら、努力して上回ればいいだけだと思うけど?」


 初めてかもしれない。こうしてものを言い返したのは。

 あーそうか。言い返すといじめの原因になるんだよね。自分が相手にどれだけ理不尽な物言いしてるかなんて、この二人は疎かこのクラスの誰一人、それを理解しないから。これが明穂の言う「バカ」なんだろう。


 二人が俺から離れて行くけど、首傾げてるし。


 放課後になると今度は男子も混ざって、俺に対して詰問してきた。


「カンニングしたのか?」

「なんかずるでもしないと、急に成績上がるわけ無いだろ」

「底辺だったのがクラスで五位だの六位? ねえだろ、そんなの」

「なんか不正したとしか思えないよね」


 始まった。

 醜いなあ。明穂の言う通りだ。嫉妬心は心までも濁らせるんだ。この連中にはなにを言っても、自分に都合のいい解が得られない限り納得しない。


 教室の扉が勢いよく開くと、次の瞬間信じられない光景を目にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る