第217話 暁の奇襲作戦 その1

「よし、この辺りで上陸する。上陸したらみんなで短艇を草地まで引き上げる。そこに隠して偵察する。皆、音を立てないように注意しろ」


 アラミド中尉の指揮の元、アダムたちはデルケン人の拠点から500mくらい離れた砂浜に上陸した。砂丘地帯と言っても後背地に淡水湖を有しているので、海流の関係で大きな砂丘を形成している場所もあるが、一歩奥に入ると大半は低湿地や草地がまだらに混じった不毛な地域が広がっていた。

 拠点となっている集落は陸路では無く、沿岸航路の補給拠点として発達したもので、周囲には交通の便に供される道路も通っていない。


「ちょっと座って休憩しよう」

「ワインを回してくれ」


 アダムたちは遠くに拠点の灯りを見ながら、少し開けた雑草の上に座って休憩する事にした。月明りが明るく、北國の初夏の夜は涼やかで気持ちが良い。


「あの、夜食を作って来ましたから、皆さんどうぞ」

「おお、アンさん、ありがとう。頂きます」


 アンが持って来た包みを開けると、薄くディップを塗った堅パンが取り易い様に並べられていた。同行して来た水兵が1つ摘まんで齧ると、塩漬け豚肉と野菜を使ったテリーヌのようだった。


「あっ、俺の分を残して置いてくれよ」


 背嚢を整理していたドムトルが、慌てて1つ確保すると、手近な草の葉を千切って足元に敷いてその上に置いた。


「いやね、ドムトル。汚いじゃない。残して置くから大丈夫よ」

「へん、ビクトールが獲るといけないからな」

「ば、馬鹿な事を言うな。俺はそんな賤しい真似はせんぞ」


 いつもの口喧嘩を聞きながらアダムはアラミド中尉に話し掛けた。


「これから、どうしますか?」

「アダムたちは草地側からそっと近づいて、ククロウを飛ばしてくれ。前に探った時と変わりがないか、警備状況も見てくれ。くれぐれも無理をしないで、近づき過ぎないようにな」

「アラミド中尉はどうするのですか?」

「俺たちは砂浜沿いに桟橋に近づいて、ゴッズ・リース号を直接見てみたい」


 アラミド中尉の目は悪戯っぽく笑っていたが真剣だ。何としても敵の軍艦の手掛かりを探りたいのだろう。その為にも自分の目で見てみたいのだと分かった。


「えー、こんな暗くちゃ何も分からないだろうぜ」

「はは、ドムトルの言うのももっともさ。でも俺たちは根っからの船乗りなんだ。近づけば様子は分かるんだよ」


 アラミド中尉はそう言うと、休憩もそこそこに部下を連れて偵察に向かって行った。2時間経ったらまたこの場所で集合する約束だ。


「俺たちもそろそろ行くか」

「慌てるなよ、ビクトール。俺はまだ食べていないんだぞ。ありゃ?」


 ドムトルが素っ頓狂な声を上げると、自分の周りの地面を見ている。


「そそっかしいな、自分で踏んじまったのかい」

「ち、違うよ。置いてあった俺の夜食が無くなっている!」


 ドムトルは四つん這いになって自分の周りの草地を探っている。月明りで明るいとは言っても、地面の近くは流石に暗い。顔を地面に近づけてクンクン鼻で臭いを嗅いでいる姿にアンは呆れてしまった。


「馬鹿ね。私のを上げるからやめなさいよ」

「ふん、犯人捜しはまあいいか」


 ドムトルはアンから新しいのを貰うと、気を取り直して草地に座り直した。堅パンを齧ろうと口に持ち上げた所で固まってしまった。地面から自分を見上げている者に気が付いたのだ。それは青黒い大きな塊りに見えたが、赤く瞬く2つの眼がついていた。


「ん!?」


 驚いてドムトルが声を詰まらせていると、それは見詰めているドムトルの前にゆっくりと進み出て来て、手に持つ堅パンを物欲しそうに見上げて来る。

 アダムたちもドムトルの様子に気が付いて、その青黒い大きな塊りに気がついた。

 それは丸まると太った大きなネズミだった。体長が60cmもあって、尻から細長いしっぽがはえていた。後ろ足で立ち上がって、前足を揃えて口の前にした姿は、「それ頂戴よ」と言っている様に見えた。

 

「な、何だ? こいつは」

「こら、ドムトル、大きい声を出すな!」


 慌てたドムトルが大声を上げるので、ビクトールが偵察中だぞと注意した。


「とにかく、危ない動物じゃなさそうね」

「アンの言う通りだ。でもこんなのが家に出て来たらびっくりだな」


 アダムは地球の知識でカピバラやヌートリアを知っていたが、それに似た種類だろう。ククロウを先に偵察に飛ばしておいて良かったと思った。ククロウはこんな大きなネズミを見たら、どんな反応するのだろうか。


「危険じゃないなら放っておいて偵察に動くぞ」

「待てよアダム、こいつ餌を遣ったらついて来るかな。、、、おい、おまえ、これが欲しいのか? やっても良いけど、俺の家来になるか?」


 ドムトルは堅パンを割って欠片を手に持って差し出した。大きなネズミは2つの前足を両手のように拡げて欠片を受けると美味しそうに齧り出した。その拍子に頭をくいくいと上下させるので、ドムトルがそれを見てこいつ同意したぞと喜んだ。


「アダムが神の目で、アンにはククロウがいる。やっと俺にも動物の家来が出来たか。名前は何が良いと思う? ビクトール」

「いい加減にしろ、どうせ餌が無くなったら居なくなるだろうさ」

「ふん、分っているさ。少しふざけただけだろう。、、、おい、俺たちは行くからな」


 ドムトルもやっと腰を上げて動きだした。大きなネズミはドムトルの話が分かっているのかいないのか、ドムトルを黙って見送ってくれたのだった。

 桟橋から村の広場に掛けて、要所要所にかがり火が炊かれて、物々しい雰囲気で近づけない。見回りが立っている訳ではないが、夜にも関わらず立ち働いている人が多いのだ。


「ゴッズ・リース号の修繕を突貫工事でやっているようだな。ククロウとリンクするから、この辺りで隠れて居よう」


 アダムたちは広場から離れた草叢に隠れて様子を見ることにした。以前、情報収集した酒場の軒に既にククロウを遣って停まらせていた。また酒場の主人の話が聞ければと思ったのだ。じっと耳を澄ませて聞いていると、今回も理解できる会話が聞こえて来た。


「それで、今回は敵の軍艦を撃退したと息巻いていたよ。前回は偽物のサン・アリアテ号にだまし討ちをされたが、今回はその船を打ち破ったらしい」

「ああ、マストを撃ち折ったらしいな。、、、でも、こっちもやられたんじゃないか? ゴッズ・リース号がロングシップに曳航されて来たからな、、、」

「ホント、ホント。そりゃ、自分に都合が悪い事は言わねぇよ」


 今回も中々皮肉な事を話している。


「何でも砲撃を指導しているのはデーン王国の捕虜らしいな」

「そうそう、リード少佐と言うデーン王国の軍人らしいよ。本人は何時殺されるかとビクビクらしいが、本番までは生かして置く事になったらしいぜ」

「そりゃ、可哀そうにな。嫌々連れて行かれて終わったらお終いって? 嫌だな」


 赤毛のゲーリックは砲撃訓練にデーン王国の捕虜を働かせているらしい。リード少佐と話していたが、もしかするとマロリー大佐やエクス少佐が知っている人かも知れない。


「おっ、お前ついて来たのか。可愛いやつだな」


 ドムトルが話声を上げたので、アダムが意識をククロウから戻して横をみると、さっきの大きなネズミがドムトルの横に来ていた。アンは気味が悪いのか、ビクトールの影に隠れるようにしている。


「ふふ、面白いな。お前、偵察に行って来い」

「馬鹿、ドムトル、何言っているんだ!」


 ドムトルがふざけてネズミに命令すると、大きなネズミはトコトコと広場の焚火に向かって走って行った。アダムたちが唖然として見ていると、広場でデルケン人の騒ぎ声があがった。


「Det er en sump vaskebjørn!(沼狸だ!)」

「大変だ、ヤバい。退くぞみんな」


 アダムたちは大慌てで集合場所に逃げ戻ったのだった。

 戻って来たアダムたちの話を聞いて、アラミド中尉は大笑いをした。


「とにかく無事で良かった。一旦戻って作戦を立てよう。思った以上にゴッズ・リース号は戦闘で被害を受けたようだよ」


 アラミド中尉が偵察したところによると、やはりゴッズ・リース号は浸水しているようだ。場所にもよるが喫水よりも下であれば、出来るだけ船荷を運び出して軽くして、船腹を出すようにして作業する必要がある。人海戦術で昼夜を徹して作業しているのだろうと言うのだった。

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