第193話 オクト岩礁の奪還 その4

「これより、2艇の短艇でオクト岩礁に乗り込む。我々は女島の南側の高台の占領を目指す」

「よし、みんな乗り込め!」


 上陸部隊の指揮をするハーミッシュ・ジュニアが集合した戦闘員の前で目標を指示し、トニオ・ロドリゲスの掛け声で海上の短艇へ乗り移って行く。最初に乗り移った者が次の者を手伝い、波に揺れる縄梯子から飛び移るのを手助けして、次々と乗り込んで行った。

 アダムが見ていると、それぞれに25名づつ乗り込むとオールを使ってドラゴナヴィス号の船腹から押し出すように進み出した。

 船上の戦闘員は緊張して黙り込み、指示する士官の怒鳴り声だけが良く聞こえて来る。

 上陸部隊はデーン王国海事傭兵団『鉄の心臓』の構成員が中心となって班分けされ、そこにネデランディアの研修兵が組み込まれている。研修兵と言っても、前回の大侵攻の経験者たちなので、大半が戦闘経験を持ち不安は無かった。久しぶりの実戦戦闘に向けて戦意は高く、祖国の再興に気持ちを昂らせているのだった。


「北の男島の見張り台を視認、クーツ少尉の部隊が掌握した模様です」


 周辺の岩礁を抜け港口に入ったところで、舳先に座った見張りが声を上げた。報告に全員が思わず歓声を上げていた。

 男島の見張り台はカプラ号の砲撃で木っ端みじんに破壊され、残っていた守備兵も拠点として守るのは不利と考え、早々とボートで女島へ戻って行ったのだろう。港口に入って行く短艇に向かって手を振っているカプラ号の戦闘員の姿が見えた。


「よし、進路そのまま女島の船着き場を目指す。1隻残った交易船の拿捕は後回しだ。先に高台の見張り台を押える」


 ハーミッシュ・ジュニアがあくまでも高台の占拠を優先する事を命じた、


「上陸したら一気に駆け上がるぞ。班長はまず点呼して全員が揃っている事を確認しろ。敵を見ても独りで動くな、班単位で戦うんだ。いいな。周辺の設備の後ろとかに敵兵が潜んでいる恐れがあるから注意しろ。高台に着いたところで班長は全員が揃っている事を報告すること。そこからは全体で動く。班長は指揮官の指示を良く聞く様に」


 すかさずトニオが全員の動きを補足する。

 その時、ヒュンと風切り音がして短艇に向かって矢を射って来る者がいた。


「盾持ちは盾を上げろ。漕ぎ手を守れ。魔法が出来るものは随時『風の盾』で守れ」


 言葉を遮るようにヒュンヒュンと矢が飛んで来るようになった。全員が頭を下げ、盾を持ち上げながら漕ぎ手を守って進んで行くしかない。


「風の盾 "Ventus clypeus"」


 風の盾は学校で教える基本的な魔法防御なので、詠唱できる者が多いが、アンやアダムの様に長く維持できる者は少ない。むしろ瞬間的な防御なので、飛んで来るのが分かる時は良いが、無闇に詠唱していては魔力が尽きて返って体力を失い、戦闘を続けられなくなる。それが分かっているのだが、つい頼りがちになる者もいるようだった。


「あれを見ろ、交易船からも矢を射っている者がいるぞ」


 良く見ると港内に生き残った交易船からも、進んで行く短艇に向かって矢を射っている者がいる。こちらからも矢と射返そうとする者が居て、トニオが止めた。


「よせ、船着き場へ急ぐのが優先だ。今は守って漕ぐ事に専念しろ。あの野郎、後で覚えていろよ」


 オクト岩礁は艦隊に取り囲まれている。陸上の拠点を押えれば港内に生き残った交易船はどうしようもない。降伏するしかないと思われるが、交易船の乗組員と言えども好戦的なデルケン人だけあって最後まで抵抗するつもりなのかも知れなかった。

 2隻の短艇は飛んで来る矢の中を何とか船着き場に漕ぎ寄せる事が出来た。


「よし、上陸する。訓練通り各班は盾持ちを前面に防御態勢で待機。点呼して負傷者を報告しろ」


 全員が上陸して近くの半壊した港湾設備の建物の前に集まった。襲撃に備えて防御態勢を作っている。班長が点呼をして負傷者の報告をした。上陸する前に飛んで来た矢で3名が負傷していた。


「3名負傷ですが、活動可能です」

「よし、では、1班から5班は高台へ先行する。6班から10班は船着き場周辺の敵の捜索。物陰から矢を射ていた奴がいるはずだ。独りで動くなよ、班単位で動け」


 その時、敵兵による最初の襲撃を受けた。物陰に隠れていた8名ほどの敵兵が丸盾と戦斧を持って突撃して来た。顔を紅潮こうしょうさせ叫び声を上げながら突撃して来る。


「よし、俺が出る。後に続け」


 トニオ・ロドリゲスが真っ先にそれに向かって前に出た。彼は何時もの装備に加え海戦用のジャベリン(投槍)をボートから持って来ていた。それで先頭を来る男の頭上から叩きつけた。男は前のめりに倒れ込んだ。後は入り乱れた乱戦になる。


「班で協力するんだ。独りで向かうなよ」


 トニオは自分ではそう言いながら、独り縦横無尽に飛び回った。彼一人で3人の敵兵を相手にして味方を鼓舞した。乱戦こそがトニオの独壇場なのだ。彼が中心に居さえすれば何とかやれるとみんなが思う。荒々しいデルケン人に負けない野性的なオーラが漲って周りを奮い立たせた。


「おお、俺達でもあのデルケン人に負けずに戦えたぞ!」

「やった。勝った、勝ったぞ!」


 50人の集団に突撃して来るデルケン人の戦士も凄いが、最初の突撃をしのぐ事が出来て、ネデランディアの研修兵は自信が出て来た。祖国の為に戦う事に不安は無いが、粗野で野蛮なデルケン人と互角に戦う自信は無かったのだ。それだけ襲撃を受け続けて来た歴史があるのだ。狼と羊では無いが、攻められる側の意識は中々拭えないのだった。


「こらこら、まだ初戦だぞ。周辺に隠れている敵に注意しろ。先行班はハーミッシュ指揮官に続け。後は周辺捜索を開始しろ。何かあったら俺に報告しろ」


 ハーミッシュ・ジュニアがトニオに頷き、手を挙げて先頭に立って行く。それに24人が続いて行った。


「よし、我々は先行するぞ。後に続け!」


 この辺りは隠れる場所も少なく、高台が決戦の場となるのだろう。だが足元を固めて置かないと、敵に裏をかかれる恐れがある。トニオの指示に従い、残った25名で周辺から周りの岩礁も確認しながら、高台に至る経路を確認して行くのだった。


 トニオ・ロドリゲスが高台の入口に到着すると、ハーミッシュ・ジュニアたち先行組が固まって待機していた。オクト岩礁は草も木も生えていないので、登り切れば高台の広場を前に身の隠し様も無い。後は突撃する事になる。


「隠れていた弓兵も含めて5名と交戦、2名を捕縛、3名は殺しました。こっちはどんな様子ですか」

「トニオ、ご苦労様。そこを上がり切ると高台陣地の広場に出る。施設は砲撃で破壊されているが、まだ隠れている者が20名ぐらいはいる模様だ。頭を出すと矢が集中して来る。突撃するにしても全員揃うのを待っていた」


 トニオ・ロドリゲスが報告すると、ハーミッシュ・ジュニアが状況を説明してくれた。


「ここは、アダムと打ち合わせた作戦で行こう。無理をするのは止めて、艦砲射撃で敵の戦意を挫き、敵の戦力を減らそうと思う」

「それが良いと俺も思います。よし、全員一旦少し後退する。信号兵、連絡用の火矢を2つ上げろ」


 ハーミッシュの意見にトニオが同意する。前もってアダムから提案があって、集中して攻撃できる様なら無闇な突撃はせず、艦砲射撃をして敵の戦意を挫き、兵力を減らして、むしろ敵側からの暴発を待つようにしようとするものだった。

 トニオの指示で信号兵が連絡用の火矢を2連続けて上げる。ハーミッシュが見上げると上空には約束通り神の目が滑空していた。


「上陸部隊から火矢が2連上がりました。艦砲射撃の支援依頼です」

「よし、砲列甲板へ連絡、高台へ支援砲撃を開始せよ」


 アダムからの報告にエクス少佐がマロリー大佐の同意を確認し、連絡将校へ指示した。

 ドラゴナヴィス号は既に転進してオクト岩礁の南西に進出し、女島に対して左舷を向けて停船していた。砲列甲板でも今度は左舷側の砲列を装填して待機していた。


「よし、試射を開始しろ。その後、調整して随時発砲して良し!」


 支援砲撃は猶予が無い。待機している友軍は既に敵と正対しているのだ。

 今度の砲撃効果は絶大だった。9門の砲列が次々と砲煙を上げ着弾し始めると、半壊した建物の後ろに隠れていた守備兵から悲鳴ともつかない叫び声が上がるのが聞こえた。だがデルケン人の戦意は衰えなかった。

 このままでは一方的に撃たれて終わると考えた指揮官が最後の突撃を敢行したのだった。それを神の目で見ていたアダムが報告する。


「敵が高台から突撃をして来ました。砲撃を停止してください」

「砲列甲板、撃ち方止め!」


 艦橋にいたマロリー大佐やエクス少佐が望遠鏡で見守る中で、高台の降り口では衝突が始まっていた。だが敵の姿は最後の砲撃で随分数を減らし、突撃して来た敵兵に対して数人掛かりで取り囲み、危なげない戦闘で戦いを終了したのだった。


「やった、オクト岩礁を奪還したぞ!」

「ついにデルケン人に一矢報いる事が出来た」


 ドラゴナヴィス号の甲板でも完全勝利に歓声が上がった。熱狂して帽子を脱ぎ振り回す者もいた。流石にこればかりは士官も同様で、肩を抱き合い勝利を祝い合ったのだった。


「団結した全員の力で敵を圧倒出来た。みんなの協力を感謝する」


 マロリー大佐がエクス少佐、グッドマン船長と握手を交わし、微笑ながら戦闘終了を宣言した。これでオクト岩礁の奪還は終わったのだった。


 生き残った捕虜の話から、敵側の守備兵で最初の砲撃で生き残った者が37名だった事が分かった。船着き場で突撃して来た8名と物陰から矢を射って来た者が5名。残りの24名が高台で最後の抵抗を準備していた。しかし、最後の集中砲撃を受け半数の12名が負傷して戦線を離脱。敵側の指揮官は突撃して最後まで抵抗したが、約5倍に当たる攻め手に敵わなかった。

 結局約50名居たと思われた守備兵だが、抵抗は激しく10名を捕虜としたが、無傷な者は2名しかいなかった。その内重症者2名が死亡し、結局、講和時に解放されてウトランドに戻れたのは8名だったと言う。

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