第192話 オクト岩礁の奪還 その3

 ドラゴナヴィス号の長砲が母島の見張り台に大きな一撃を与えた時、短砲も設備に着弾し始めた。それぞれを指揮する砲撃士官が競争しているのだろう。あちらに負けるなと発破を掛けている声が響いて来た。


「おい、上手く着弾させた大砲には俺が酒を奢るぞ。負けるな!」

「いやいや、飛距離の長い長砲に負けるなよ。短砲の方が操作し易いのだぞ。こっちも命中を一番出した砲兵にはオルランドの酒場で一番良いワインを出してやる!」


 アダムが神の目で上空から俯瞰していると、カプラ号の大砲が北側の男島の見張り台を直撃した。粗末な木造の小屋が木っ端みじんに吹き飛ぶのが見えた。アダムの報告にエクス少佐が微笑んでマロリー大佐に言った。


「クーツ少尉の的が一番近くて分かり易い目標ですからね。アラミド中尉の方は港の中で岩礁が邪魔で視認し難いでしょう。我々も早く南側の高台を始末して港内の船舶へ砲撃を開始しましょう」


 木造の建物への着弾は建物を壊すだけでは無かった。粉砕された木片が周囲に飛散して、周囲の人間を傷つけるのだ。水魔法の癒し手でも居なければ、傷口から入った黴菌で化膿して死亡する負傷兵も多いのだ。陸戦では大砲を水平に撃って、わざと砲弾を転がし、被害を拡げる戦法は良く取られる手段だった。


「良し、これだけの威力を見せれば、港内の船長どもも守備兵を助けるよりは逃げ出す事を考えるだろう。兵力を減らすためにも港内の船舶を狙い出すように指示を出せ」

「砲列甲板に伝令、港内の船舶に狙いを変えるようにせよ!」


 マロリー大佐の指示をエクス少佐が伝令に指示する。伝令はアイアイサーと言って飛び出して行った。

 アダムが見ていると地上の建物で無傷の物は残って居なかった。占領した後から全てを建て直すのは資材の無駄だがやむを得ない。最初から上陸戦を試みて反撃される事を考えると占領は難しい。まず上陸用の短艇が近づいた所で接近戦をしては足場に勝る相手に勝てる訳が無かった。それに男島のところで港の入口を鎖や浮材で防がれるとまず港の中に入る事も難しいだろう。

 上陸部隊がが入港するためにも港の入口を塞がせない必要がある。その為には港内の船舶が逃げる余地を残して、こちら側にも港の入口を開けさせておく必要があった。船舶が出ることが出来なければこちら側に大砲で狙い撃ちされるばかりだ。

 略奪船の船長や乗組員は海千山千の強者なのだ。港内に閉じこもってじり貧になるよりは、イチかバチかの勝負に出るに違いないとマロリー大佐は考えていた。


「様子見をしていた船舶が動き出しそうです」


 すかさずエクス少佐がマロリー大佐を見た。


「船の位置をもう少し上げろ。北西の港口を右舷正面に港内を斉射する」


 マロリー大佐の指示に、グッドマン船長が操船指示をだす。


「進路そのまま、港口に寄せる。航海長、操帆調整の指示をだせ」


 グッドマン船長の指示でイング航海長が風を読み、細かい操帆指示を水夫たちに指示しだした。斜めに張られたジブや小さな帆を動かし調整する。右舷の斉射の反動で船は振動し絶えず位置を変えようとするので絶えず微調整はしているのだ。そこに少し船足をつけてゆっくりと北上して行く。


「マスト、港内の様子を報告しろ」


 エクス少佐がメガホンを手に、マストの上方を見上げて大声を出した。


「マストの見張り台から報告。港内の船が少しづつ動き始めています。ティグリス号の砲撃で2隻被弾しました。まだ沈没はありません」


 港内の船舶も黙って撃たれているだけではいなようだ。アダムが見ているとやはり交易船の方が用心深く動きが鈍い。積んでいる荷物の分だけ船足が遅いのかも知れなかった。その内の1隻が索具をやられたのか、身動きが取れなくなってティグリス号の斉射の餌食になった。船の前後に被弾して沈没し出した。船員が水に飛び込み僚船が救いのロープを投げている。


「3隻の略奪船が船団を組んでティグリス号へ向かって行きます」


 アダムの掛け声に皆が望遠鏡を向けるが、波の上下と間にある岩礁が邪魔で艦橋でも良く見えないのだろう。すかさずエクス少佐がマストへ声を掛ける。


「マスト、状況を報告せよ!」

「マストの見張り台から報告、交易船の内1隻が沈没。まだ1隻は港内でとどまっています。略奪船の3隻は北東の港口から外洋へ向かっている模様です」


 そこからアダムが引き取って報告する。


「逃げ出した略奪船の内、先頭の1隻が被弾して失速、残りの2隻がそれを追い抜き、依然ティグリス号へ向かって行きます。それに、3隻の動きを見てカプラ号も北方からティグリス号の支援に向かいました。サン・アリアテ号もその後ろから付いて行きます」


 ここからが各艦の船長の腕の見せ所だ。向こうは接舷して切り込むつもりだ。こちらは近づき過ぎず距離を取りながら応射して行くが、今はティグリス号が風下だ。逃げるのなら簡単だが、迎え撃つとなると操船技術が難しい。距離を取り過ぎて逃がしてしまえは元も子もないが、近寄り過ぎで風の調子が変われば簡単に追いつかれて接舷を許しかねない。

 応援に向かったカプラ号が船足を抑えて向きを変え、右舷を略奪船に向けて斉射を開始する。略奪船が船足を付ける前に叩く作戦だ。それを見たティグリス号も回り込む形に進路を変え、左舷斉射で略奪船を迎え撃った。アラミド中尉としては追いつかれる危険を冒してもカプラ号の砲列と合わせて斉射して撃沈する作戦に出たようだった。


「略奪船の2隻がティグリス号とカプラ号の砲撃で撃破され沈没。先頭の1隻がティグリス号に接近して斬り込み隊が立った所を、ティグリス号の左舷のぶどう砲がなぎ倒し沈黙。そのまま沈没しました」


 アダムが状況を報告するが、それだけで終わらなかった。索具を破損して船足が遅れていた略奪船の最後の1隻が火災を起こして燃え上がり、近くに来ていたカプラ号に決死の自爆攻撃を行ったのだ。

 船の進路は陸地の様に360度好きな方向に動ける訳ではない。風向きと風を受ける帆の角度で舳先の方角を決め進路が決定する。相手も簡単に直撃出来る訳でも無いが、それぞれが出来る限りの技術と意地を見せ、場面は予定調和された世界の様に決着の時間へとゆっくりと動いているように見えた。

 結局、略奪船の船長の思いは届かず、2隻はあわやの瞬間を演出しながらも交差して、燃え盛る略奪船は操作を失い、最後は身動きできず沈没して行ったのだった。

 最後に全員の視線を集めた修羅場が終わり、一斉に全員が吐息を漏らすような沈黙があった。


「短艇を降ろせ、上陸部隊は甲板に集合。乗り込み準備をせよ」


 マロリー大佐の指示でオクト岩礁奪還の戦闘は第2段階に入ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る