第162話 サンフェル村の森 その6

 ドムトルが名乗りを上げて横に立つと、トニオ・ロドニゲスは豪快に笑って声を掛けた。


「兄弟、俺はトニオだ。ひとり回してやるけど、大丈夫か?」

「うへぇ、腕も立つが口も達者だぞ、ビクトール」


 トニオとドムトルの戦い方は全く正反対だった。トニオは剣を合わせるが、流して相手の隙を突く。派手に大きく動き回り相手を翻弄する戦い方だ。一方、ドムトルは盾で押さえてロングメイスを叩きつける。地味でしぶとい受けが信条だ。

 ドムトルは騎士団寮で毎朝厳しい特訓を受けている。毎日がぶつかり稽古の中で強固な意志と粘り強い身体を作って来た。近衛騎士団の猛者に揉まれて立ち上がって来たのだ。伸び盛りの力強さは目を見張るものがあった。


「良いじゃないか、ええ?」


 トニオは大きくウインクをして、ドムトルを受け入れたのだった。


「うう、ありがとう。あんたもな!」


 ギーベルが小屋の中に入っても表の戦いは3対1で、魔法支援者が隠れていても、傭兵側に不安は無かった。人質のいる小屋に近づけ無ければ良いと戦っていた。それがドムトルの参戦とクロスボウで傷を受けた一人が前に出れなくなったことで、傭兵側も余裕を失くして戦闘は膠着状態になった。

 トニオにしてもアメデーナが人質を救出できれば直ぐにでも退くつもりで、無理をするつもりはなかった。様子を見ながら流している。

 小屋の前の戦いは派手なトニオの立ち回りが目立つが、お互いが守りの戦いで時間稼ぎだった。


「でもやっぱ、このままじゃ、つまんねぇな、、、やるか!? 兄弟」


 だが、時間が経つにつれトニオは焦れて来た。生きの良いドムトルと肩を並べて戦っていると、何だか急に物足りない気がして来た。だって俺は『銀の翼竜』のエースだし、生意気な若い奴を前にもっと俺様の力を見せ付けてやるべきじゃないのか? トニオは最近アダム達の後をつけるばかりで物足りなかった。要するに遊び足りなかったのだ。もっとやるか?、もっとやるか?、とドムトルに目で合図をして来る。


「いやいや、、、もう直ぐだって、お兄さん、、、無理しなくて良いんじゃないか?」


 ビクトール相手では、いつも引き留められるドムトルが、トニオとの関係では引き留め役になるから不思議だ。元々時間稼ぎの心算だったドムトルは、困ってしまって辺りを見回した。

 すると戸口から人質を連れたアメデーナが出て来るのが見えた。そのまま、呼ばれたように霧の草叢にそっと隠れ入って行く。傭兵たちは背を向けているので気が付かなかった。


「トニオさん、見たかい。もうそろそろだぜ」

「ああ、、、つまんねぇな、、、」


 トニオは不満だが仕方が無い。後は合図を待って消えるばかりだ。

 それから直ぐにギーベルが小屋の中から出て来たのだった。



「お嬢様、どちらですか? 戻って来てください。お嬢様!」



 ギーベルは辺りを見回し、逃げた人質を探す素振りを見せたが、小屋の周りは静かな霧に沈んで人影は見えなかった。仕方無く前で戦っている傭兵たちに近づいて来る。その表情は硬く怒りに満ちていた。



「ドムトル、ビクトール、人質は救出した、退くぞ!」


 ギーベルが戸口から離れるのを待って、何処からか声が上がった。続いて呪文を唱える小さな声が続いた。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の壁を我が前に、燃えよ、燃えよ、熱き瀑布を、”Orn. Preze Deus igne comburet igni antrorsum murus conburite incendere calidum cataracta”」


 突如、小屋の正面に火壁が出現し、戸口の近くに繋がれていた騎馬が棹立ちになり暴れ回った。手綱が切られていたのか、騎馬はそのまま霧の中へ駆け出して行く。

 突然背中の方で火壁が立ち上がり、馬が暴れ回って傭兵側は成す術が無かった。後ろから近寄って来たギーベルの元へ集まるしかない。その隙にドムトルとトニオは後方に退いていた。


「お嬢様を攫われた。相手も不明で判断もできん。一旦引いて態勢を整えるしか無いだろう。北の海岸線の船へ急いで逃げるぞ。付いて来い!」


 ギーベルは表情を消して他の傭兵たちに声を掛けた。怒りに満ちたその表情に、傭兵たちも声を出さずに従った。傷を受けた仲間に手を貸し、ギーベルの後を追って森の奥に進んで行ったのだった。


「みんな、こっちだ」


 脇道から街道に出た所で、アダムがドムトルとトニオを待っていた。既にビクトールとスニックは合流していて、お互いが名乗り会っていた。


「トニオさん、スニックさん、アメデーナさんが護衛して先行しています。村で少女の話を聞きましょう」

「トニオとスニックで良いよ。お互い呼び捨てにしようぜ。お嬢が付いているなら心配ねえな」

「おお、君がアダムかい。僕は頭脳派の傭兵のスニックだよ。君に会うのが楽しみだったんだ」

「こらスニック、話し込むのは後にしろ。彼奴らの気が変ってこっちへ来たら面倒だ。早く行くぞ」

「そうだね。ではそうしよう、、、で、君がドムトルだね。君と話すのも楽しみだったんだ」

「しつこいぞ、スニック。急いで足を動かせ、そしたら、ちっとは痩せるだろうぜ。なあ、みんな、困った奴だろう。兄貴分の俺が苦労するのが分かるだろう? なあ、兄弟」

「兄貴、彼らが誤解するじゃないですか。僕が少し太って見えるのは、心を平和に保ってゆとりを大切にしているせいですから。ねぇ、ビクトールは分かってくれるよね。君が一番冷静で公平見たいだから」


 急ぎ足で歩きながらも、二人の口は停まらなかった。街道を通って村に戻るまでに、アダムたちも随分打ち解けた気持ちになったのだった。

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