第122話 リンの来訪(前編)

 歴史の授業の最後に、ワルテル教授からヤーノ教授の講演について話があった。


「この度、ザクト神殿のヤーノ教授が、剣聖オーディンの叙事詩「オーディンと麗し姫」の現代語訳を完成したことを記念して、当学園で講演会を実施します。その際にヤーノ教授の講演の後で、その叙事詩をカーナ・グランデ嬢を中心とする音楽クラスの生徒たちで、音楽公演することになりました。はい、音楽クラスの人はその場で立ち上がって!」


 ワルテル教授の掛け声でカーナ・グランデやマリア・オルセーヌ、アンたちが立ち上がった。


「はい、みんな、拍手、拍手! 当日は王室も臨席して、大勢の来賓客も聞きに来られます。みなさんの健闘を期待していますよ。クラスのみんなも応援してあげて下さい。はい、ではこれで授業は終わりますね」


 これから昼食休憩という事もあって、みんなは拍手をしながら気楽に歓声を上げ、雑談を始めていた。

 アダムもお披露目を終えて、改めて席に着いたアンに話しかけた。


「みんなのパートは決まっているの? やっぱりアンは竪琴で伴奏するのかい」

「ええ、カーナ・グランデの朗読は期待していいわよ。素晴らしいから」


 カーナ・グランデの歌声についてはアンは前から褒めていたが、今回も随分気合が入っていると言う話だった。


「プレゼ皇女は元々剣術クラスだから関係ないけど、転入して来たマグダレナも参加するの?」

「ええ、私と同じ音楽担当よ。でも、そう言えば、マグダレナを今日は見ていないわね」

「わしも気になってスミスに確認させたぞ。家庭からは体調不良と連絡があったそうだ」


 プレゼ皇女が途中から話に参加して教えてくれる。王室にだけ許された特権とは言え、気軽に従者を使うプレゼ皇女にアダムは感心するが、こんなことでいちいち学校へ問い合わせに行かされるスミスを思うと可哀そうになる。


 ワルテル教授が教室の扉を開けて出て行くと、入れ違いに用務員が入って来るのが見えた。何か連絡事項でもあるのだろうかと見ていると、彼はアダムの方へ歩いてくる。ご学友のみんなが昼食に席を立とうとしていたが、興味を持って立ち止った。


「アダム、君に至急面会したいとエンドラシル大使館の武官で、リンさんと言う方が来ている。本館の応接に通しておいたから昼休み中に面会するように」


 用務員はそれだけ言うと帰って行った。


「おお、リンだ。なんだろう」


 昼食に集まって来たドムトルが早速聞きつけて寄って来た。アンとドムトル、ビクトールも会いたいと言うので、アダムはこのまま応接に行くことにした。


「プレゼ皇女、我々はリンが面会に来たらしいので行きます。今日は昼食は別に取りますから、すいません」

「ちょっと待てお前たち。そうやってわしを邪魔にする訳があるのか」

「そんな事ないですよ、プレゼ皇女。アダムも私もリンが来ることは知りませんでしたから」


 アンも横から言うが、好奇心の塊のようなプレゼ皇女には通じなかった。


「リタの施術後の話も聞きたい事があったんじゃ。ちょうど良いからわしだけはそっちの話に参加するぞ」


 そうなると当然従者のスミスも付いてくるので、結局ぞろぞろと大勢で応接室に行くことになった。プレゼ皇女は昼食の用意もスミスに持ち込ませる手配をしてしまった。


「まあ、仕方ないか、アダム」

「ドムトル、お前は結局プレゼ皇女の昼食にお相伴したいだけだろう」

「ふん、来たい者は拒まないのが俺の主義なんだよ」


 何やかや言いながら、みんなで応接に入ると、中の雰囲気はそんな気楽な感じでは無かった。

 アダムたちが入って行くと、早速アンを見たリンが席を立って机を回り込んで来た。そのままいつも通りに跪き挨拶をする。


「アンさま、リンです。フローラの施術の時はありがとうございました。今日もお忙しいところすいません」

「リン、頭を上げてください。それでは話ができません」


 フローラの施術の時に見ているはずだが、改めてアンがプレゼ皇女を紹介すると、リンは皇女と聞いて一緒に来ていた仲間を振り返った。アンやアダムに相談するつもりだったが、さすがに皇女はどうかと遠慮したらしい。


「リン、気にすることはないぞ。プレゼ皇女はこう見えても気軽な人間だからな」

「こら、ドムトル、お前に言われたくないわ」


 放って置くといつまでも二人の話が脱線するので、アダムが話を戻した。リンと連れの雰囲気が少し重く感じたからだ。


「リン、改めて何の話だい。お連れの方は同僚かい?」

「はい、紹介が遅れました。彼女は私の同僚で、やはりアリー・ハサン伯爵の剣闘士奴隷のタニアと申します。今日は彼女の従妹の事で、心配事があり参りました。それと、マグダレナさまのことにも関係がございます」

「ええ? マグダレナの事だって?」


 マグダレナの話を先程までしていた事もあり、プレゼ皇女が素っ頓狂な声を出した。


「あの、わたくしからお話いたします。リンと同輩の剣闘士奴隷のタニアと申します。


 わたくしと従妹のソーニャは元々は熱心な光真教の信者でございました。ソーニャは大使館の下働きとして連れてこられて、同じく王都オーロンに参っていたのです。ところが、この度わたくしが救世主教に転向致しまして、従妹と喧嘩別れになってしまいました」


 彼女の話によると、自分は大使の近くで働いているので、光真教急進派の悪い噂が入って来て、自然と距離を置いて見る事が出来るようになったが、従妹はそうは行かなかった。奴隷の下女として働く内にますます光真教にのめり込んで行ったと言う。


 タニアも役目柄知った話を身内とは言え他人に話す事が出来ないので、従妹の事を心配しながらも遠くで見ている事しか出来なかった。喧嘩別れをしてからは連絡が途絶えていたが、人伝に従妹が遠国布教に志願して居なくなったと聞いて驚いた。


 ちょうどリタの話が大使やリンの所にも伝わって来て、従妹が居なくなったタイミングが同じなので、非常に心配して、リンや救世主教の仲間に相談したら、アガタとマグダレナの知る事になり、マグダレナが相談に乗ってくれたと言う。


「あの、マグダレナさまは救世主教の信者の中では『神の子』と呼ばれていて、色々な御業をなさるので、アガタ様とお二人は救世主教の指導者なのです」


 その時のマグダレナの話では、ちょうど貴族街の幽霊屋敷が怪しいと言う情報があるので、少し自分でも探って見ると出て行ったらしい。それが昨日の夕方の事で、まだ帰って来ていないと言うのだった。

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