第114話 闇の御子
ガイはリタの事をロキに頼むと、後はもう開き直って目隠しをされた。両手両足も暴れられないように縛ると言う。黒魔法と言うが聞けば怖くなるばかりで役にもたたない。後は野と成れ山と成れ、成ってから考えようと決めた。
だがその苦痛は耐えがたかった。魂が身体から無理やり剥がされたのだ。それは痛みなのか、痺れなのか、存在を規定するものを壊されたのだ。何も分からず無我夢中で叫んだ気がする。
今は気を失って夢でも見ているのだろうか。何やら覗かれているような気がした。
「やあ、産まれ変った気分はどうだい」
「だれだ、お前。姿を現せ」
「はは、目を瞑っていては見えないよ。目を開けてごらん」
ガイだったものは目を開けようとして、自分が何だったのか忘れている事に気が付いた。
「あれ、俺は何だっけ」
「ああ、君はガイだったものだ。身体は今産まれたばかりの子供なんだよ。でも君の魂は前の人格を引継いでいる。新しい命に強さが必要だったからね」
「訳が分からん。何の話だ?」
「はは、だから僕が説明して上げようと出て来たんだよ。ほら、目を開けてごらん。見える気がするはずだ」
ガイだったものが目を開けると、自分を覗き込んでいる幼い子供の顔が見えた。いや見えている気がする。その子供は黒髪に黒い瞳が印象的だ。キラキラ輝いているように見えた。
「そう、まだ君は母胎の中の子供だからね。本当は見えないんだ。でも魂は見える気がしているんだよ。僕が見えるかい」
「見える。アダムという名前が思い浮かんだな」
「はは、そうかい。何も考えないで姿を選んだが、原初の記憶がなせる業かな。似ているかもね。だって僕の方が長男だからね。最初に生まれたのは僕なんだ。アダムは僕の弟に似せて創られているからね。だからだよ」
「分からん。お前は誰で、何を言っているんだ?」
「はは、僕は色々な処で、色々な呼び名で呼ばれているんだ。顔の無い神とか、闇の御子とかね」
ガイだったものは『闇の御子』と言う言葉を知っていた気がする。あまり良いイメージを持っていないようだった。糞くらえと思った。
「いいね。糞くらえか、傲岸不遜は好きなタイプだ。君が僕の新しい手駒になったので、見に来たんだよ」
「俺が何だって?」
「君はゴブリンの王だよ。闇の御子に仕えるものさ。自分の手を見てご覧よ」
それは小さな赤ん坊の手だった。だがこれまで自分が見て来た人間の子供の手では無かった。獣人の毛深い手でも無かった。皮膚に斑紋がある、ぶよぶよした弱っちい手に見えた。
「いやいや、中々凄いんだよ。その斑紋は硬化して鋼も寄せ付けないよ。力を込めると皮膚が硬い鎧になる。君を殺すのは大変だ」
ガイだったものは両手をぎゅっと握り締めた。不思議な感覚があった。力が体の奥から湧き出て来る感じだ。身体の奥に燃えるマグマのような塊を感じる。力が幾らでも湧き出て来る感じがした。
「君の周りにはゴブリンがいる。君はその王なんだ。周りにゴブリンが居ればその生命力を使って自分の力に出来る。だからゴブリンを絶やしてはいけないよ。もしもの時はその生命力を搾り取って自分の力とするんだ。君はゴブリンの中にいる限り無敵なんだ」
「分からん。やって見なければ分からんな」
「はは、今は駄目だよ。自分の臣下を潰して失くしてしまうからね」
闇の御子を名乗る子供の声は随分弾んで聞こえる。神と言うような神々しい重々しさが無かった。軽薄な虚実の塊だった。軽々として鬱陶しい。ガイだったものは理解できない物に困惑した。
「お前の目的は何なんだ」
「混沌だよ。この世の文明を滅ぼして、作り替えるのさ。最初から僕が主張した世界にね」
「まるで子供みたいだな」
「はは、神は子供みたいなものさ。原初の好奇心なんだからさ」
ガイだったものは、もう一度手を握って見た。限界を感じないパワーがある。力は正義だ。これまでの自分の人生が何だったか分からないが、力がある者が勝つ世界を生きて来たのだろう。
「でも、こんなことで本当に文明が壊せるのか」
「とっかかりだよ。僕は色々なところに居るからね。今にエンドラシル海を蛮族の船で埋め尽くしてやるよ。面白いだろうなぁ。そうは思わないかい。みんなが絶望に息を呑むんだよ。世界の終わりが来たとね」
子供の声が高らかに笑った。純真な悪意がそこにはあった。寂しい孤独があった。
何でも出来そうで出来ないと辛いだろうな。ガイだったものは、神を名乗って自分を覗き込む闇の御子を見て可愛そうに思った。此奴を助けるのも一興かも知れない。
「君の頑張り次第で僕が産まれるのが早まるからね」
「は、ははは、面白いな、お前」
◇ ◇ ◇
翌日、浮浪街の孤児院の前に箱が置いてあるのが発見された。その中に眠る様に横たわるリタの姿があった。手紙が添えてあり、ガイが命に代えて取り返したものだと書いてあった。
話は直ぐにカーター経由で警務隊に報告され、リタは国教神殿の施術院に治療のために運ばれることになった。連絡を受けてアンとアダムが体面するのは後の話になる。
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