第95話 浮浪街の蜘蛛売り
「何だって! あの審判がマグダレナの変身した姿だったって?」
アダムがドムトルやビクトールに話をすると全員が驚いた。
「ああ、きっと間違いない。クロウに向かってウィンクしたが、左手にはあの赤い魔石の指輪を嵌めていた」
「祖母の一族の秘宝と言っていたな。そう言えば攫われて勇者に救われたが、別れに際して渡されたとか、、、、あれ、剣聖オーディンの竜殺しの伝承か!」
ビクトールもやっと話がつながったようで大声を出したが、ドムトルはまだピンと来ていないようだ。もちろんカーターが分かるはずもない。
「ドムトル、変身の指輪だよ。剣聖オーディンの竜殺しの伝承に出て来た指輪があっただろう」
「ビクトールの言う通りだ。アガタはゲールが絶対勝つと思ったと言っていたが、もしもに備えてマグダレナに審判に化けさせていたんだ」
「おお、そうか! すげぇ、でも、じゃぁ、あの誰にでも変身できる怪盗って、、、」
ドムトルはその先を言わなかったが、アダムもビクトールも頷いて口には出して答え無かった。
「じゃ、アダム。あいつが探していた『竜のたまご』って、やっぱり実在するのか」
「さあ、攫われた姫側の伝承ではどう伝わっているのかな。マグダレナに聞いてみるしかない」
「あのアガタの娘だぜ、素直に話す訳ないよ」
最後にビクトールが答えたが、それはアダムも同じ意見だった。
アダムは壁際に立ってクロウ4号が戻って来るのを待っていた。その様子を見ていてカーターがやっと分ったようで、驚いて言葉を飲み込んで、ビクトールに小声で聞いた。
「もしかして、あの時もオットーさんの蜘蛛を通じてゴブリン退治に参加していたのか」
「あれはアダムの蜘蛛だよ。でもこれ秘密だからね。他の人に話したのがばれると警務総監に怒られるから、気を付けてね」
ビクトールもここは警務総監の名前を出して口止めしておく。まあ、これからある事無い事、七柱の聖女の仲間として言われるに違いないとは諦めていたが。
アダムたちは色々あったので、もう帰ろうと賭け小屋を出た。広場にはまだまだ賭け事に夢中な人の出入りが多く、射幸心で目の色を変えている仲間連れや、少ない儲けを立ち飲みの酒に代えて酔っ払った者がその辺りに固まって騒いでいた。
「あんちゃん、俺の蜘蛛を買ってくれないか」
「誰だ、おまえ」
「誰でも良いじゃないか。この蜘蛛は先月のチャンピオン蜘蛛のステラの兄弟なんだ。買っておくれよ」
賭け小屋が集まっている広場から街道に出た所で、ドムトルに話しかけて来る浮浪児がいた。汚い薄汚れた服を着た5歳にも行かないくらいの子供に見えた。アダムが周りを見ると、近くの路地からこの子供を心配して見ている仲間がいた。
「どれ、小父さんに見せてみな」
「そしたら、一瞬手を離すから、ちゃんと見るんだぜ」
カーターが子供の手元を覗き込んだ。使い古したカップに手て蓋をしている。そこら辺で捕まえた蜘蛛を持って来たのだが、やくざな男達には声を掛けられず、通りがかりのアダムたちが少し年長の子供だと見て声を掛けたものだと思われた。
「そんな一瞬じゃ分からないよ。もっと良く見せてくれよ」
「カーターさん、それ、手を離したら逃げたって文句をつけるんじゃないか」
「あんちゃん、そんなインチキ俺がするか」
カーターに注意したドムトルに子供が食って掛かった。その辺りで獲った蜘蛛をステラの兄弟だと適当な事を言って売りつけようとはしたが、そんなことで騙されるならそれは買い手の目利きが悪いだけで、持ってもいないのに無理やり金を脅し取ろうなんて考えていないと怒っているのだ。アダムからすればどっちも変わらない気もするが、浮浪児なりの意地があるのだろう。
「おい、俺の弟に何いちゃもん付けてるんだ」
とうとう我慢できずに路地からバラバラと数人の子供たちが出て来た。
「兄ちゃん、こいつ俺がわざと逃がしていちゃもん付けると言うんだ」
「違うだろ。そんな手で蓋をしただけで、買えって言うのがおかしいと言ったんだ」
「じゃ、ちゃんと見せたら買うんだな」
「それもおかしいだろう、見て良い蜘蛛でなきゃ、買わないよ」
ドムトルも正義感が強いので一歩も引かない。
「シン、そいつの言う通りだ。ちゃんと見せてやりな」
「兄ちゃん、こいつの味方するのかよ。こいつら貴族のボンボンだぞ。いつも兄ちゃんはこんな奴らに負けないと言っていたじゃないか」
「当たり前だ。俺はこんな奴らに負けない。でも俺もお前もインチキはしない。ちゃんと見せてやるんだ」
弟のシンが心配で出て来たが、浮浪児ながらも意地を持って生きているのだろう。兄は兄で強情な強い目をしていた。
「ほら、見なよ。やっと俺が捕まえた蜘蛛だ。あの賭け小屋の蜘蛛よりもずっと大きくて強そうだろう」
「どれどれ、俺が見てやる」
シンが手を離したカップの中には、丸々と太った大きな蜘蛛が入っていた。覗き込んだカーターも、脇から見ていたアダムも言う言葉を失ってしまう。それはジョロウグモの雌だった。
「ほほう、立派な蜘蛛だが、こりゃ駄目だ。そいつはジョロウグモと言って鷹狩りに使う蜘蛛とは違う」
「えっ、違うのか。蜘蛛ならどんな蜘蛛でも良いんだろう?」
「何も知らないのか、馬鹿だな。だから言ったんだ。アダム、見せてやれよ、本物のハエトリグモって奴をさ。良く見るんだぞ! へっへーんだ」
勢いづいてドムトルが鼻で笑った。
シンはその様子を悔しそうに睨みつけた。目からボロボロと涙が零れ落ちた。自分の勘違いが悪いのが分かっているが、自分の無知を笑うドムトルが許せなかったのだろう。ちゃんと教えてくれる大人も居ないのかも知れなかった。
ドムトルが返って驚いてしまった。そこまで虐めるつもりは無いのだ。狼狽してアダムに早く出して見せてやれよと、手を出した。
アダムがクロウ4号を自分の手の平の上に乗せて出すと、ドムトルはそれを自分の手に掬いとって、シンの手の平の上に乗せて見せた。
「おい、ドムトル、見せるだけでいいだろう。渡すなんて」
ビクトールが注意するが、ドムトルはバツの悪さから挽回に夢中で考えもせずに渡してしまった。
「ほら、良く見ろ、これがハエトリグモだ。蜘蛛の鷹狩りはこれを使うんだ。分かるだろ、ほら」
だが、勢いづいたドムトルは、自分の口調が変わらず相手を傷つけているのに気が回らない。
シンは渡されたハエトリグモをじっくり見て、全く自分が獲った蜘蛛と違うのに驚いたが、強い口調でどうだどうだというドムトルの態度が許せない。悔しそうに唇を噛むと、したり顔のドムトルを睨みつけて、えいっと、思わずドムトルの脛を蹴っていた。
「痛てぇ、この野郎!」
「へーんだ、この威張りん坊!」
怒ったドムトルが掴みかかるよりも前に身を翻して、路地裏に飛び込んで行った。ドムトルがそれを追いかけて行く。残されたアダムたちは唖然として見送った。
浮浪児の仲間たちも、話の行くえに驚いていたが、勢いシンを守るように路地裏の方を庇って立っていた。
「馬鹿、ドムトル。何をしてるんだ。それにあの子もアダムの蜘蛛を持ったままだぞ」
ビクトールがどうするとアダムを見るが、アダムもドムトルが戻って来るのを待つ他ない。
「おい、君。シンと言う子の兄さんかい。俺は第6警務隊のカーターと言う。今日は非番で遊びに来たんだが、これ以上のゴタゴタは十分だ。シンという子を捕まえて、蜘蛛を返してくれればいいから。なあ、いいよな、アダム」
「はい、蜘蛛が戻って来れば別にいいです。ドムトルも本当は言い過ぎたと反省していると思います。引っ込みがつかないところに、脛を蹴られてかっと成ったんでしょう」
成り行きながら、良いところの坊ちゃんに頭を下げると言うのに抵抗があるのだろう。シンの兄は身を固くして、暫く黙っていたが、苦いものを飲み込むように自分を納得させると頭を下げた。
「すまん。俺はシンの兄貴分のガッツだ。俺たちは浮浪街の孤児院で兄弟のように育ったが、本当の兄弟じゃないんだ。でも、俺がシンの面倒を見ないといけないんだ。必ずあの蜘蛛は返させる。もしもの事があったら、俺が同じような蜘蛛を獲って返す」
「無理はしなくて良いよ。あの蜘蛛は俺が獲った普通のハエトリグモだから。それと俺も田舎のセト村の孤児だ。同じ養母に育てて貰った孤児の妹もいる。俺と妹はたまたま良い養母に出会えて幸せだと思ってる。無理はするな。ドムトルは恰好がつかなくてシンを追いかけて行ったが、本気じゃない。直ぐに戻ってくるから、もう良いよ」
アダムが正直に自分も孤児だと言うと、ガッツや仲間たちは驚いたようだった。それでもさすがに立ち去る事はしなかった。
暫くして路地からドムトルが戻って来た。
「あいつ、すげぇ足早いぞ。俺でも追いつかなかったぜ。アダム、あの蜘蛛は諦めるんだな」
「馬鹿、ドムトルが渡すからだろう。見せるだけで良かったんだ」
「ふん、知らない奴にはちゃんと教えてやらないとな。きっと俺に追いかけられて肝を冷やしたんじゃないか。それで良しとしようぜ。痛て、てて、」
ドムトルが恰好がつかずに、大げさに痛がっているのをビクトールがそもそもお前が悪いと叱った。アダムが笑っていると、ガッツがドムトルの前に立って頭を下げた。
「すまん。俺の弟が悪さをした」
「おお、俺も少し言い方がきつかったかもと思うし、もういいよな、アダム」
「はは、ドムトル、素直にもう良いよと言えばいいんだよ」
アダムが笑って言うと、ドムトルも恥ずかしそうにガッツに答えた。
「うっ、そうだな。もう良いよ。シンに俺から逃げ切るなんて大した奴だと言って置いてくれ」
その後アダムたちは真直ぐに第6門隊の詰所に戻ると、預けた騎馬を受け取ってカーターと別れたのだった。だが、アダムのクロウ4号の冒険は、これで終わりとは行かなかった。
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