第59話 騎士団の初日と国教神殿訪問

 アダムがいつも通り4時過ぎに起きて宿舎を出ると、薄暗い中にもグランドには朝の目覚めを感じた。特に厩舎をはじめ馬場では馬たちの息吹が生き生きと感じられる。冷たい空気を吸いながら、伸びをすると、セクアナム川の河岸の葦が川風にそよいでいるのが見えた。


 アダムは騎士団の敷地をランニングしながら回ってみる。この世界の朝はやはり早い、厩舎の辺りでは馬の世話をする厩務員が既に準備を開始していた。若い騎士団員には、アダムと同じように自主的にランニングを始めている者もいる。


 アダムは河岸近くのグランドの隅で、いつも通り拳法の一連の裁きを始めた。呼吸を整えて身体をほぐしていく。身体が温まったところで適当な木立を見つけて、片手剣とバックラーの木偶打ちをする。ザクトで覚えた魔法を順番に繰り返して練習する。川面に向かって火玉を飛ばした。火玉の威力と持続力も向上してきて、セクアナム川の半ばまで届く様になっていた。


 いつの間にか近くにドムトルもやって来て、大盾とロングメイスを素振りしていた。


「昨日のリンって奴、凄かったな」


 ドムトルが言っているのは、エンドラシル帝国の女剣士奴隷の事だ。身体を回しながら片手剣を打ち合っていた。あの素早い斬撃を大盾で受けることを考えて、ドムトルは大盾を振っている。身体ごと叩きつけて来るような剣戟を、どう受ければ良いのかと考えているのだろう。


 アダムもまた同じことを考えていた。バックラーで迎えに行くことを考えていた時、リンは両刀使いのような気がした。彼女の片手剣はアラブのシミターのように刀身が少し曲がっていたように思う。あれは回し切りに威力を強化しているに違いないと思った。


 リンは味方なのだろうか、それとも害する思惑で近づいて来たのだろうか。彼女は魔法も使うのだろうか。エンドラシル帝国には白魔法と黒魔法があると言う。考え出すと色々な疑問が出て来て、収拾が付かなくなってくる。今は考えても仕方が無いとアダムは思い直す。


 グランドの正面と思しきところに、人が集まり出していた。


「ドムトル、行こうか」

「おう、やってやるぜ」


 アダムたちが近づいて行くと、マルコ・ド・コンドルセが若手に囲まれて談笑しているのが見えた。近づいて行って挨拶をする。


 マルコは笑ってアダムを見たが、ドムトルが自分が伝えたバックラーと片手剣では無くて、大盾とロングメイスを装備しているのを見て、首を振った。


 ドムトルもそれが分かったのだろう、顔を赤くしながらもそのまま押し切るつもりで、知らん顔をして神妙に立っていた。


「アダム、ドムトル、おはよう」


 ビクトールが声を掛けて来た。


「整列、整列」


 掛け声がかかって、その場にいた全員が整列した。100名ぐらいはいるだろうか。アダムたちは掛け声を上げた士官に呼ばれて前に出た。彼は近衛騎士団の副官のダイスだと名乗った。


 オーロレアン王国の騎士団は、王都に駐屯する騎士団が600人、地方領主に委託された騎士団が、40州に各50人 計2,000人おり、全体では2,600人で構成されていた。


 そして王都に駐屯する600人は6つの軍団に別れており、近衛騎士団100人、第1騎士団~第5騎士団各100人で構成されている。


 組織的には近衛騎士団が軍団組織の頂点にあって、その下に第1~第5軍団が並立してあり、戦時には更にその下に地方領主部隊が指揮下にはいって組織されることになる。


 今グランドにいるのは王都に駐屯している軍団の中で、交代勤務から外れている者を中心に出て来ているらしかった。独身は全員参加で、妻帯者は自由参加だと言う。実際に勤務時間内にも教練の時間はあるので、朝練は原則自主参加なのだが、独身は自由参加と言う強制参加なのだった。


 ここでアラン・ゾイターク伯爵が宿舎から出て来た。全員の雰囲気が緊張するのが分かった。


「今日から騎士団に配属された2人を紹介する。アダムとドムトルと言う。2人は理由あって近衛騎士団所属として扱うことになった。あと1人、配属はされていないが一緒に訓練に参加する者がいる。ビクトールだ。3人は王立学園に入学する学生だ。見た目は子供だが、今回王都に出るに当たっては、ケイルアンでゴブリン退治に参加し、ソンフロンドの峠では盗賊団の討伐に功績を上げている。アラン・ゾイターク団長(伯爵)預かりとして訓練にも参加するので知っておくように。以上。後はいつ戻りに別れて訓練してくれ。解散して始め」


「あれが、あの噂の七柱の聖女の仲間か」

「本当に子どもなんだな」


 ケイルアンのゴブリン退治とソンフロンドの盗賊団討伐の話がでると、最近の話題として知っている者が多いのか、騒めいた声だ上がった。


「3人はアントニオの教え子だ。機会が合ったら手合わせして実力を見てみるんだな」


 アラン・ゾイターク伯爵が言うと、おもしろいと声が上がった。


「俺は受けて立つぜ」

「また、余分なことを。ドムトル黙れ」


 ビクトールが小声で呟いた。


 その後、アダムたちは近衛騎士団のグループに混じって訓練に参加した。準備運動から剣の型の練習を行い、その後は先輩剣士から集団戦の時の立ち位置や合図を習って実践してみた。大人に混じって身体の小さな子供が参加すると、かえって連携が難しくなるのだが、近衛騎士団の団員の意識は高くて、そんな不平や不満を漏らす者はいない。アダムたちも大人扱いをされて、必死に訓練について行った。


 1時間程度の訓練だったが、気張って動いて、アダムたちはへとへとになってしまう。アラン・ゾイターク伯爵が遠くから見て笑っていた。


「アントニオ先生も、ネイアスもいないな」


 ドムトルが周りを見渡すが、2人の姿は見当たらなかった。早朝から勤務についているのかも知れなかった。


「ダイス副官に聞いたけれど、仕事があれば連絡すると言われたよ」


 アダムがビクトールに聞いた話をする。基本的には決まった仕事は無い。仕事があれば連絡するからと言われた。やっぱり、プレゼ皇女がらみの護衛任務に駆り出されるらしい。どうしても同世代の方が都合が良い場面があるのだろう。学園の中でも、ご学友兼護衛と言った位置付けなのだと思われた。


「だったら、ビクトールも独身寮に入れて、一緒にすればいいじゃないか」

「お前、まだ言ってるのかよ」


 ドムトルはまだ納得いかないらしい。


「でも、確かに俺たちは一緒にいる機会が多いから、その方がビクトールも良いかもな」


 アダムが一緒に遊ぶにしても、近くにいた方が何かと便利だ。それにビクトールも家にいると出来ない事も出て来て、自由になりたいと思うんじゃないかと言った。

 ビクトールもアダムに言われるとそんな気もして来るから不思議だ。


「そうだぞ。俺たちはこれで小遣いも貰えて、夜遊びも買い食いもし放題さ」

「そうか、それはあるな、、、、」

「ふふ、だめだめ。ビクトールはまだまだオシメの取れないお坊ちゃまだからな。母上からは離れなれないさ」


 お決まりの様にドムトルとビクトールが睨み合ったのだった。


 朝練のあとの仕事はなかったので、3人は一旦ガストリュー子爵家の館に行って、アンも連れて国教神殿へ挨拶に行くことにした。ザクト神殿からは、王都に行ったら挨拶に行くように言われていた。


 アダムたちはガストリュー子爵家の館に行くと、一緒に朝食を取りながら、ソフィーに朝練の報告をした。これから基本的にはビクトールも毎日通うことになるからだ。


 ソフィーからは、昨日の食事会でエンドラシル帝国のアリー・ハサン伯爵と挨拶を交わした事と、女剣士奴隷の言った話を子爵宛に手紙で報告したことの話があった。


「ソフィー、せっかくの食事会だったが、余分な心配をさせることになって申し訳なかった。アリー・ハサン伯爵にも困ったものだ」


 ジャック・ブルゼ准男爵からもアダムたちに謝罪の言葉があったことも話に出た。


「今心配しても仕方がないですよ。王都では色々あることは覚悟してましたから」


 アダムは相手の出方が分からない間は様子を見る他ないと答えたのだった。

 アンもアダムたちと一緒に王立学園の学生服に着替えて、国教神殿に行くことにした。事前の連絡を入れると、国教神殿の神官長から午後に訪問するように返事があった。


 貴族街を出て第1城壁を入り行政区に入ると、整然と街路が作られて合同庁舎や議事堂、裁判所等が立ち並んでいる。王城を右に見ながら中央広場を左に曲がると、国教神殿が正面に建っているのが見えた。


 国教神殿は翼を広げた白鳥の様に、主殿の左右に太陽殿と月光殿と呼ばれる拝殿を従えている。更にその周りに4柱の尖塔が取り囲んでいた。


 ザクト神殿の主殿の高さが30mだったが、国教神殿の主殿の高さは100mあり、尖塔は高さが150mはあった。圧倒的にスケール感が違う。


 神殿の壁面は白色に統一されているように見えて、少しづつ濃さの違うタイルを使って、複雑なグラデーションを付けて模様が描かれていた。朝夕の光の加減で、神殿の壁面に陰翳が表れて、見る人を厳粛な気持ちにさせるのだった。付属する彫刻や装飾も大掛かりにな目を引くものばかりだった。


 アダムたちは馬車の中から、立ち現れて来る神殿の偉容に圧倒された。


 神殿の中には馬車で入ることは出来ない。荷物を運び込む裏門はあるが、正門からは王族以外は徒歩で入る決まりだった。アダムたちは馬車を降りて、一般の参拝客と一緒に正門から入った。主殿の入口のホールを過ぎ、政務室の窓口に声を掛けた。


「お待ちしておりました。係が参りますので、そのままお待ちください」


 窓口の巫女が応対してくれて、係員を呼んでくれた。神官見習いがやって来て、アダムたちを神官長の執務室へ連れて行った。


「みんな、良く来たね。国教神殿の神官長、ゲオルグ・フォレスターだ。君たちの事はユミル司祭神官から詳しく聞いているよ」


 国教神殿の神官長がにっこり笑うと、本当に優しそうな小父さんに見えたが、そんなことは無いに違いない。国教神殿の神殿長であるマクシミリアン・オーロレアンは前国王の弟で、現ルナテール女王の叔父に当たる。別格な存在で、No2の神官長は国教神殿の実際の責任者なのだ。無害な小父さんが成れる地位ではなかった。ユミルから聞いた情報では弱小男爵家の3男ながら、厳しい競争を乗り越えて現在の地位に就いたのだった。


「君たちのザクトでの補講については、ユミル司祭神官から成績表が送られて来ていたからね。みんな成績が良いので安心したんだよ」

「成績表!」


 みんなが絶句する。ユミルはそんな話は少しもしていなかったはずだ。


「ザクト神殿とガストリュー子爵からも、ケイルアンのゴブリン退治やソンフロンドの盗賊討伐の話も聞いているよ」


 どうやら何でも知っているらしい。


「でも、王立学園の入学時には、実力考査があるから勉強は継続しているよね?」


 ゲオルグ神官長がにこやかに笑って言うが、当然という態度にみんな心配になる。


「ご心配無く。まだ何日かあるので、みんなで復習するつもりですから」


 アダムが当然のような顔で笑って答えると、ドムトルもビクトールも何とか笑って頷いて見せた。アンだけが正直に心配そうな顔をした。


 ゲオルグ神官長は、今日のところは本当の挨拶だけで、王立学園の入学式が終わると、正式に王城に呼ばれて、プレゼ皇女のご学友に任命されること。その際に国王を始めとする王室のメンバーに紹介され、マクシミリアン神殿長ともその時に挨拶することになるとの話があった。


 プレゼ皇女の入学を貴族たちにお披露目するお祝い行事が催され、そこでご学友としてアンたちもお披露目されるらしい。


「ゲオルグ神官長、ザクト神殿の月巫女さまから、国教神殿の巫女長さまにご挨拶するように言われているのですが。どうすれば良いでしょうか」

「アン、聞いているよ。月巫女様からお手紙を頂いている。ただそれについては色々考えなければならない事もあるので、君たちが正式に王室に紹介されて、神殿長とも挨拶を終えてからの方が良い。もう少し待ってくれないか」

「分かりました。これからもよろしくお願いします」


 アダムたちはこれで今日は戻ることにした。正式に王立学園に入学して、王室にも挨拶をしてから改めて来ることにしたのだった。

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