王都編

第57話 初めての王都

「君たちが来るのを待っていた」


 アダムたちが王国騎士団の宿舎に行くと、若い騎士見習いが出迎えてくれた。名前をマルコ・ド・コンドルセと名乗った。ソルタス・オーロレアン3世の従者だと言う。


「コンドルセ伯爵のご子息ですか? ビクトール・ガストリューです。ガストリュー家の3男です」


 アダムとドムトルに付いて来たビクトールが名前を知っていたようだ。


「君がビクトールか。アラン団長から君たちのことは聞いている。私が西寮の幹事をしているので、君たちが来た時の入寮の手配を任された。付いて来たまえ」


 マルコが先頭になって進んで行く。その後をアダムとドムトル、ビクトールが続いた。

 マルコは少しふっくらした感じだったが、動きが柔軟で物腰もやわらかい。いかにも上流階級の子弟と言った感じで、頭が良いのも良く分かった。ただアダムたちに関心が無いのも良く分かった。


 王国騎士団の本部はセクアナム川を挟んだ王城の対岸にある。中心となる執務棟に加えて、広大な訓練場を備え、それに隣接するように宿舎が何棟も建っていた。その内の2棟が独身寮だと言う。また訓練場には騎士団の騎馬を訓練する大きな厩舎と馬場も備えていた。


「ビクトール、知っている奴か。何か感じ悪いぜ」


 ドムトルが、ビクトールに小声で囁いた。


「こら、ドムトル。ソルタス皇太子の従者だぞ。父上の伯爵は王権派の重鎮なんだ。聞こえたらどうする」


 聞こえているのかいないのか分からないが、マルコは背筋を伸ばして颯爽と歩いて行く。田舎から出て来た3人を見下していると言うより、興味がないのだろう。アダムたちが自分に関わって来ることなんて考えられないので、関心が無いのだ。


 ビクトールの話ではネイアスと同い年で、王立学園を昨年卒業しているらしい。同じ騎士団所属の従者と言っても、ネイアスはアントニオ(隊長)の従者を勤め上げ、貴族の次男として、将来は騎士として一家を立てるつもりで修行をしている。一方のマルコは、長男として伯爵家を継ぐことを前提に、将来のソルタス皇太子の側近含みの配置なので、格が違うと言われても仕方がない。


 マルコに案内された独身寮は木造2階建ての、学校の校舎のように素っ気ない造りの建物だった。アダムとドムトルの部屋は2階の並びで、窓からセクアナム川が見える。対岸には国教神殿の大きな建物と尖塔が見えた。独身寮と言っても居間と寝室に加えて、側使用の部屋がついていた。基本貴族仕様の贅沢な造りなのだった。


「君たちの部屋はこの並びだ。寮の規則は入口の壁に貼ってあるのでよく読んでおくように。寮生は側使を1名雇うことが出来る。自分の屋敷から連れて来ても良いが、、、」


 マルコはそこまで言って、アダムたちがぽかんとしているのを見て、


「そうか、そうだったな。まあ、自分で広く使えば良いよ」と笑って言った。


 ビクトールがしっかりしろよと、アダムとドムトルが見せる田舎者丸出しの様子を苦々しく眺めていた。


「お前だって、ザクトの田舎者だろう」


 ドムトルが顔を赤くしながらも、ビクトールを睨み返した。


「荷物は今日中に入れて移るように。明日の朝練は6時からだ。訓練場の正面に来れば分かる。武具はバックラーと片手剣で良い」

「えーっ、明日からですか?」


 ドムトルが思わず漏らすと、マルコにじろりと睨まれた。


「入寮した時から、君たちは騎士団所属の学生だ。国庫から月々の手当てが出ることになっている。仕事があれば声を掛けることになるから、心得ておくように」

「はい」


 アダムとドムトルは神妙に答えた。


「あの、ビクトールも俺たちが仕事をする時は、一緒に働くのですよね」


 念のためと、ドムトルが聞いた。


「ビクトールは、訓練に参加するとは聞いたが、所属が騎士団になった訳ではない。それは無いと思うが」

「えー、不公平です」

「馬鹿、ドムトル。余分なことを言うな。お前たちは騎士団の世話になるのだから当たり前だろう」

「そうだ。むしろ騎士団所属の学生なんて例外で、お前たち以外いないんだから、逆に名誉と思え」


 ドムトルの不平もマルコに簡単に却下されてしまった。

 ビクトールがこれ以上の話は終わりだと、澄まし顔で話を逸らした。


「マルコ先輩、ネイアス兄様と同期でしたよね。ネイアス兄様は学生時代は頑張っていましたか」

「そうか、ビクトールはネイアスの弟だったな。私はあのしつこいネイアスより、兄上のパリス先輩に世話になったよ。今度会ったらよろしく言っておいてくれ」


 やっぱり皮肉屋のネイアスは同期にも人気が無い様だった。


「あの、マルコ先輩、通学の時は王立学園まで、やはり馬車で行くのでしょうか」


 アダムが一番気になっていたことを聞いた。馬車で行くなら、馬車を子爵家から借りるか、ビクトールが通学する時に寄ってもらう必要がある。王立学園は騎士団兵舎のすぐ南側にあるので、歩いても直ぐなのだが、どうすればよいのか分からなかった。


「ああ、騎士団に所属することのメリットがあったな。騎士団員は市内を騎馬で移動することを許されている。だから、アダムもドムトルも騎士団の馬で通えば良い」

「ありがとうございます。助かりました」

「おお、やった。いいぞ」


 アダムの後ろから、ドムトルがビクトールにどうだと目をむいて見せた。

 一通り説明が終わった所で、マルコはじゃあな、とあっさり帰ってしまった。

 アダムたちは一旦ガストリュー子爵の館に戻ると、トーマスに荷物を寮に運ぶ手配を頼んだ。


「ビクトール、戻ったのね。ちょうど良かったわ。お父様から食事のお誘いがあったの。良ければアダムたちも一緒にどうかと言う話なの」


 アダムたちが戻って来た事を聞いたソフィーが出て来て声を掛けて来た。早速娘たちの上京を聞きつけてた実家の父親が、食事に誘って来たらしかった。ショーを見て、早めの午餐を取るらしい。


「何でも、今大都で流行っているショーを見ながら、食事を頂くのですって」


 アンが横から話し掛けて来た。


「おお、良いね」とドムトルが直ぐに反応した。

「あの、明日の早朝から訓練に参加するようなんです。夜には寮に入らないといけないようなんですが」

「アダム、大丈夫よ。荷物はトーマスが手配するから、体だけ間に合うように帰れば良いのよ。父も七柱の聖女にご挨拶したいって言っているから」


 さすが大都の大商人、面白い情報は早く手に入れずにはいられないのだろう。


「ちょうど良いわ。アダムたちの服も仕立て上がって来ているから、お披露目にちょうどいいでしょう。ミネルヴァもロベールもみんなの着替えを手伝ってあげてね」


 ソフィーが近くに控えていたミネルヴァに声を掛けた。


「お任せくださいませ。では、早速ご用意を」


 ミネルヴァが侍女たちに指示をして、テキパキと着替えの準備をさせる。


「ドムトルは、早速汚さないように気を付けるんだぞ」

「こら、ビクトール。お前こそお子ちゃまなんだから、気を付けるんだな」


 アダムたちが軽い昼食を取っている間に、ご婦人方の用意が整ったと侍女が呼びに来て、アダムたちの番となった。

 アダムたちが言われるままに、装いを整えているのを、ソフィーとアンが後ろに立って眺めていた。


 アンの白を基調にした丈長のチュニックは、今の流行りに合わせて、床に引きずるように長い。別付けになる袖は王都でもまだ珍しいドルージャ・シルクを袖口にゆったりとふくらませて、その上から刺繍を凝らした、豪華な作りになっていた。銀色に輝く長髪に翡翠色の瞳と相まって非常に上品で美しく見えた。


 一方、ソフィーはやはり派手さを押さえた中にセンスを感じさせる大人の装いで、今回はトルージャ・シルクを襟元と袖口に少し見せるぐらいに抑えながらも、スタイルの良い体のラインを魅せる装いだった。


 アダムたちの装いも、アンに合わせて白を基調にしていた。襟ぐりはゆったりとしているが、脇の部分を紐で締めてウエストを強調するデザインで、白麻のズボンとの組み合わせは、伸び盛りの若々しさを感じさせるものだった。3人はその上に剣帯を付け、片手剣を吊るした。


 上に着る袖付きのコートは、濃紺の地に赤と緑でライオンの紋章を表しており、縁取る刺繍も意匠の凝った作りになっていた。この紋章はガストリュー子爵家の家紋だった。


「うん、3人揃うと壮観ね。アンを守る三銃士って感じだわ。いいわ」


 ソフィーが3人を見ながら、うっとりと呟いた。


「奥様、馬車のご用意も出来ています。いつでもご出発できます」


 執事長のトーマスが声を掛けて来て、アダムたちは出発することになった。

 ソフィーの実家から招待を受けたレストランは、凱旋門から南西方向の商業地区にあった。セクアナム川の河岸に面しており、水面を背景に舞台が造られていた。夜になると背景が暗く落ちて、舞台の脇に炊かれた焚火に照らされて幻想的な舞台になるのだった。


 今日は先月からこの舞台で公演を行って人気の舞踏団のショーを予定していた。何でもエンドラシル帝国第8公国公認の舞踏団で、エンドラシル大使として赴任して来たアリー・ハサン伯爵が連れて来たものだった。ハサン家は第8公国の名家として有名で、この舞踏団のパトロンでもあると言う。


「良く来てくれましたね、皆さん。ソフィー、ビクトール、会いたかったよ」


 アダムたちを迎えてくれたのは、ソフィーの父親である、ジャック・ブルゼ准男爵だった。准男爵と言うのは正式な貴族ではないが、王国に対して一定の国防費を負担してくれている資産家に与えられる名誉称号だった。


「お招きに預かり、光栄に存じます。ソフィーから王都で人気のショーと聞いて、楽しみにして参りました」


 ソフィーとビクトールが挨拶を返した後に、アダムたちを代表してアンが答えた。


「いやいや、聞いたところでは、王都へ来る途中にも、ゴブリン退治や盗賊討伐に活躍されたとか、ビクトールの活躍も聞いて、身内として誇らしい限りですぞ」 


 ジャック・ブルゼは50代の半ばを過ぎた世話好きな金持ちと言った感じの男だった。今日は商売を離れて、身内だけに見せる優しい父親の顔を見せているのだろう。


「あなた、そろそろショーが始まりますよ。お話は後で食事の時にいたしましょう」


 夫人のエリザベス・ブルゼが手を挙げて夫を押さえた。ソフィーがそれに感謝の顔を向けた。周りの客にお大きな声でアンやアダムたちを知らせる必要はない。七柱の聖女と聞いたら王都の口喧くちやかましい連中が何と噂話をするか分からない。ガストリュー子爵家としては、世間に静かにして、いずれ身内に取り込みたい思惑があるのだ。


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