第51話 ケイルアンのゴブリン退治(後編)

 ***


 ケーナがビクトールが上げた火矢を確認して、イーリスに合図をした。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn.Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」


 イーリスが杉の木の生木に火を点けた。もくもくと白い煙が立つ。パチパチと火が付いた部分もあるが、大きく煙が出るまでまって、穴から下に落とした。下からくぐもった悲鳴があがった。他のメンバーが周りに用意した枝を積み重ねるようにして穴を塞ぐ。


「みんなこの穴を死守するよ。ここから逃げられたら元も子もないからね」


 ケーナの声にみんなが頷いて身構えた。


 ***


「来るぞ。あれは何だ、盾か?」


 洞窟の奥から、戸板のようなものを前に押し出しながら、ゴブリンの群れが突進して来た。勢いで積み上げた杉の木を蹴散らして来る。ゴブリンたちはそのまま出口から出て来て、剣士たちとぶつかった。


 ゴブリンは丁度ドムトルと同じくらいの背格好で、軽鎧を装備して片手剣を持っている。中に何匹が小型盾を持っていた。ビクトールやジャクソンたちが、洞窟の奥から続いて出てこようとするゴブリンに矢を放つ。ゴブリンたちは盾を持つ者を前に並べて、矢を受けた。


 最初に当たったゴブリンは次々と倒されていった。8匹ぐらいが地に倒れた。ゴブリンたちは、盾を前にして引いて行った。次々と矢が飛んで行って盾に刺さって行く。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn.Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」


 アダムが洞窟の入口を塞ぐ盾に火玉を放った。それを見て、ドムトルも火玉を放つ。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。”Orn.Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.”」


 火玉が当たって盾に穴が開いて、盾を持つゴブリンの手ごと燃え上がらせる。ゴブリンの肌が焦げていやな臭いが辺りに広がった。ゴブリンの悲鳴があがり、ゴブリンたちが洞窟の奥にまた引いて行った。


「ゴブリンの死骸を外にだせ、邪魔だ。次に備えろ」


 ピエールの指示で衛士隊が、ゴブリンの死体を次々と掴んで、柵の外に放り出した。辺り一面がゴブリンの血で汚れていた。


「怪我をした者は、申告してくれ、ヒールを掛ける」

「頼む、手を切られた」


 スミスが声を掛けた衛士の元に駆け寄って、ヒールを掛ける。


 最初の衝突でゴブリンを8匹を倒した。見張りの4匹と合わせてまだ12匹だ。こちらの負傷はまだ1名で軽傷だった。


 ***


 穴の下から長い棒が付き出された。白い煙の中を棒が何回も上下して蓋にした木の枝を打ち払った。それをケーナたちが注意しながら見つめている。


「来るぞ」


 白い煙の中から盾を上に構えたまま1匹のゴブリンが階段を上がって来た。頭を出して様子を探ろうとした頭を、ケーナがロングメイスで盾の上から叩きつけた。大きな音と共に盾が頭に当たった感触があった。ゴブリンは梯子を持つ手を外して下に落ちて行った。叫び声が上がった。


 次のゴブリンはアンリがロングソードを刺して落とした。やはりゴブリンは頭が足りないのか、同じことを繰り返した。ケーナとアンリでさらに2匹のゴブリンを殺した。


 しかし、反撃は直ぐに来た。煙の中を咳をしながら数匹が固まって上がって来る。全員が盾を頭に乗せるように構えながら、全員が支え合って固まるように上がって来た。


 ケーナがロングメイスを叩きつけるが、今度は予想しながら上がって来ているので、耐えて上がってくる。ケーナはガンガン叩きつける。


 様子を見ていたアンリが盾の隙間からロングソードを刺し込んだ。低いうめき声が上がる。だが、下から押し上げる仲間の力で、上がって来た。最後は転がるように最初のゴブリンが穴から出て来る。身体が刺されて血まみれになりながらも、大声を喚きながら剣を振るって来る。もう自分が死ぬのは覚悟の突撃だった。勢いに乗じてさらに2匹のゴブリンが続いて出て来た。


「させないよ」


 ケーナが冷静に体を引いて、敵の動きを見定める。動きは緩慢のようで正確だった。剣を受け流してゴブリンの頭を叩き割った。


「お前も死にな!」


 後ろから上がって来たゴブリンをアンリが横からロングソードを突き刺した。ゴブリンはそのままアンリに抱き着いて来る。その後ろから最後のゴブリンがアンリに片手剣を突き立てた。アンリはゴブリンを抱替えたまま身体を引いて避けようとしたが、脇を切られてしまった。


 アンリに刺されたゴブリンはそのままアンリごと足場から飛び降りようとした。後ろに控えていた守り手がゴブリンごとアンリを支えて留めた。アンリが刺した剣をねじってゴブリンの止めを差した。


 ケーナがアンリを刺したゴブリンをロングメイスで殴り倒した。危なかった。ケーナは続けて穴をゴブリンが上がって来ないか、身構えた。


 アニエスが穴に向かって続けて矢を射かける。頭を出しかけたゴブリンが頭を引っ込めるのが見えた。


「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の壁を我が前に、燃えよ、燃えよ、熱き瀑布を、”Orn.Preze Deus igne comburet igni antrorsum murus conburite incendere calidum cataracta”」


 イーリスが穴の中に蓋するように火壁を展開した。ゴブリンの叫び声が上がる。梯子に火がついて燃え出した。重さに耐えかねたのか梯子が折れて一緒にゴブリンが落ちて悲鳴を上げる。


「しまった、燃やして大丈夫かな」


 イーリスが村の守り手に謝るが、守り手は作り直せばいいだけだから、大丈夫だと言ってくれた。


「これでしばらくは持つだろう。みんなもう少しだ。頑張ってくれ」


 ケーナがみんなを見渡して言った。


 ***


 アダムが神の目を通じて崖の上の攻防を見て報告する。


「イシュタルが最初の突撃を防いだようです」

「そうか、別の出口も塞がれたと分かれば、もうこっちしか無い。覚悟の突撃が来るな」


 ピエールの予想通り、洞窟の奥が騒がしい。ゴブリンが集まっているのが分かった。足音がして、先頭が出て来るのが見えた。洞窟で食料品などを入れていた箱を盾代わりに前に構えている者がいる。全員に盾が行き渡らないので、代用できる物を探したのだろう。


 一瞬の間があって、お互いの緊張が高まった。だが切っ掛けも無く、突然にゴブリンたちが突進して来た。剣を構えている衛士たちにそのまま体ごと突っ込んで来た。感情が高まって大声を出しているが、アダムたちも叫び声を上げているので、無我夢中で分からなかった。


 ゴブリンが小さくて衛士たちは上から叩き付けるように剣を振るう。逆にゴブリンたちは箱や盾を上にかざして、剣を下から構えて突き刺して来る。


 弓を持った者は、後続のゴブリンを狙って弓を射った。ゴブリンの群れを分断する狙いだ。しかし後ろのゴブリンは前のゴブリンを押し出して、力押しで来ようとする。正面のゴブリンたちは切られるのも構わず刺しに来るので始末が悪い。やはり柵を用意したのは正解だった。

 前面のごブレインが次々と倒れて行く。


「頑張れ、踏ん張りどころだぞ」

「刺せ、刺せ、切るより刺せ」


 ガクトやピエールが周りを叱咤する。

 ゴブリンの中のひと際大きいゴブリンが大声で呼びかけている。ゴブリンの指揮官のようだ。その叫びに答えて、ゴブリンが一斉に叫び声を上げた。


「来るぞ。柵を越えさせるなよ」


 ゴブリンがゴブリンを踏み台に柵を越えようとする。必死に手槍を突き、剣を刺す衛士たち。


「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」


 アダムが柵の内側の地面を崩し始めた。洞窟は元々水で濡れていたが、今はゴブリンの大量の血でぐずぐずになっていた。


「足場を崩すぞ。ドムトル、ビクトール、一緒に崩せ」


 アダムの掛け声で、他の2人も魔法を発動する。


「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」

「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」


 アッダムたちは柵の内側の足元を崩して、崩して、ぬかるみに変えて行く。その効果は直ぐに出た。ゴブリンが前に押し出そうとするが、踏ん張りが効かず、前に出ようとする勢いが消えて行った。

 最後の5、6匹くらいになった所で、ゴブリンが洞窟に逃げて行った。


「待て、追うな、慎重に行こう。スミス、怪我人の報告も頼む」


 ピエールの指示で辺りを整理する。柵の内には、泥と血にまみれた大量のゴブリンの死体が残されていた。数えてみると27体あった。柵を片付け、道に死体を並べる。


「こちらの負傷は、大腿部を切り裂かれたり、腹を刺された重傷者が2名、切り傷等の軽傷者は3名だ」


 スミスがガクトとピエールに報告した。


「村の守り手の人、馬車の手配を頼む。後片づけの手配も頼む。奥様と村長へ順調に進んでいると報告してくれ。後は洞窟の掃討を残すのみだとな」


 ピエールの指示で守り手のひとりが村に向かって走って行った。


「洞窟に入ろう。守り手の人、中は道が別れているのかな」

「いいえ、通路沿いに部屋が幾つかあるだけです。通路にランプがあるので、点けて行ってください」

「スミス、負傷者を頼む。他に軽症者も残って馬車を待ってくれ。残りは洞窟へ入る」


 数名がたいまつと盾を用意する。盾はゴブリンが持っていたものも徴用して、前に立つ者が構えた。洞窟の中は煙は薄れたが、たいまつを持っても薄暗く、隅の暗がりに注意しながら進むことになる。


「辺りに注意してくれ、暗がりや隙間に残って隠れている奴がいるかも知れない」


 ピエールとガクトが先頭に、ゆっくりと入って行った。通路を奥に進みながら、棚や箱の中に隠れているゴブリンがいないか確認しながら進んで行った。途中に固まって抵抗した3匹を始末するのに少し手こずったが、後は問題が無かった。


 一番大きな倉庫にはゴブリンたちが生活していた跡が色々残っていた。村の食料も食われていたが、他にも別荘から奪ってきた食料の残骸もあった。近くの森で狩ったウサギやキツネの残骸も見つかった。


 崖の上の抜け道に繋がる部屋に入ると、焼け落ちた梯子の側に、ケーナに殴られたりアンリに刺されて死んだ死体と焼け落ちて死んだゴブリンの死体が散乱していた。


「おーい、分かるか? 下は片付いたぞ」

「イシュタルのケーナだ。我々も戻ることにする。洞窟で合流する」


 抜け道が使えなくなったので、ケーナは来た道を戻って合流すると言った。


 通路の奥の最後の部屋が問題だった。ゴブリンの最後の1匹を殺して入ると、供物が載った祭壇の前の床に、大きな魔法陣が描かれていた。


「これは何だ」

「後で報告するために誰か写しておいてくれ」


 魔法陣の真ん中に、手足を切断された女の死体があった。しかも両眼は潰されて、失明させられていた。喉にも傷跡があって、声も潰されていた可能性があった。全ての傷は既に治療されていて、新しい傷は無かった。


「酷いな」


 無残な姿の死体に、その場にいた者は言葉を失った。ゴブリンを造り出すための母体にされていたと思われた。そのためだけに生かされて、ゴブリンに世話されていたと思われた。


「アンには見せられないな」


 アダムもその邪悪さに身体が震えた。魔法陣の効能については考えるのも恐ろしい気がした。しかし、誰かに見せて調べなければならない。


 ケーナたちイシュタルが合流して、アダムたち討伐隊は村に戻ることになった。ゴブリンの死骸の始末や洞窟の整理は、守り手を中心にした村人に任せることにした。

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