第129話「新年明けまして侵略宣言!?」
◇
驚いた後に簡単に事情を説明されながら俺達が一番最初に求められたのは怪我の治療だった。
「助かるよ快利くん、しかし凄いな回復魔法って骨折もすぐ治せるんだね」
「あ、これは治療魔術ですよ信矢さん、他の方は大丈夫ですか?」
俺と他の四人は入り口で王国兵を見張っていた信矢さん達、食堂『しゃいにんぐ』の関係者、二十名弱の治療をしていた。彼らが王国の兵士を捕らえた仁人さんの切札だった。
「おう、俺なんて腕がくっ付いたぜ今回はさすがにダメだと思ってたからな、生まれて来る自分のガキを両手で抱けるから助かったぞ秋山!!」
「秋津さん俺の家みんな秋山なんで呼び方は快利でお願いします」
「そうか、じゃあ俺も勇輝でいいぞ」
腕を斬り落とされて隻腕状態の勇輝さんの腕を医療魔術で繋げ回復したのも俺だ。てか俺以外だと危険なレベルだったから仕方ない。
「ほんと今回も危なかった真莉愛にまた叱られるところだった、ありがとうモニカちゃん、治療は可愛い子だと治りが早い気がするよ」
「甲斐さんも、ふざけた頭の色をしている割にはお上手ですね?」
そして治療中の現場に白衣を着た医者っぽい人が呆れ顔で「俺たちの仕事が無くなる日も近いな」とボヤいていた。後で知ったが工藤先生の知り合いの医師だった。
「それにしても切札って信矢さん達だったんですね」
「当社が誇る最強のエージェント達だ、君には及ばないが秋津くん達は過去に警察にヤクザ、傭兵とまでやりあって勝利してきた札付きだ、修羅場をくぐって来た回数も一度や二度ではないからな」
例のS市動乱や、それ以外でもかなり暴れていたらしい。信矢さんはそうは見えなかったけど……でも納得した。この世界じゃ間違いなく強い。しかし、それだけで王国の兵士を捕まえられたのだろうか魔法や魔術への備えは有ったか気になる所だ。
「まあ、これを見てくれれば納得するだろう」
「これは……」
そこで映像を見せられて驚いたのは信矢さん達に洗脳魔法や幻惑魔法が効いてない事だ。それに剣や槍の動きを見切って王国兵を圧倒してるのも異常でエリ姉さんが負けたのも納得した。
「モ、モニカ……わたくし、この世界舐めてましたわ」
「ええ、気付きませんでしたが前回は本気を出されてなかったんですね」
前回の学園祭ライブ事件の際モニカ達は勇輝さんと戦って圧勝したと言っていた。実際に戦闘し評価は普通より強いという扱いだったが手を抜かれていたようだ。
そして遂に王国兵との対面となった。八十名全てが完璧に拘束されているのを監視カメラで見た後に俺は牢屋の中の異常さに気付いた。
「仁人さん、これ例の魔力ジャミング装置付けてますね?」
「ああ、量産型だ……ちなみにスキル対策は警報装置だけで妨害は出来ないからな」
「だから気になったんですよ……あいつら何で暴れてないんですか?」
そこで仁人さんは俺達を呼んだ理由を話した。指揮官と思しき兵士が俺との接見を要求したらしい。それ以外は話さず俺を連れて来なければ二時間後に神気が回復次第すぐに反撃を開始すると言ったそうだ。
◇
「お~、本当に効いてるんだなジャミング装置」
「ゆっ、勇者様!! 勇者様だあああああ!!」
相変わらず無駄にうるさいな一般兵。一人騒ぎ出すと五人一組で拘束されている牢屋だから他の四人も騒ぎ出して余計に騒がしい。
「いや、しかし何かいつもと違う恰好で違和感が……ん? 隣の方は誘拐され行方不明になっている紅の鑑定姫セリカ様!!」
「よく見たら邪悪転移メイドのモニカ殿まで……ギャアアアアアア!!」
兵士たちの名誉のために言っておくとモニカが邪神の元騎士だと差別されての蔑称ではなく王侯貴族と俺以外には不愛想でロクな奉仕しかしないから付いた二つ名で自業自得だ。
「お黙り下さい、私は可憐で純真な勇者付きメイドのモニカでは有りません、ただの一般野良メイドです」
そして用意していた紅茶を頭から躊躇無しに兵士の頭に注いだのはイラっとしたからだと言う。俺の義妹は魔法が使えなくても過激だな……うん。
「で? 何でお前ら来ちゃったの、あと方法も教えろ」
「その前に王からの親書を渡したいので拘束を解いて下さい勇者カイリ様」
グルグル巻きにされ両手足に手錠までされた代表らしき兵士が発言した。見憶えないないけど向こうは俺を知ってる感じなのだろう。
「仁人さん、いいっすか?」
「交渉は君に一任する好きにやっていいぞ」
俺は皆の前で聖剣を取り出し魔術を展開すると牢の中の五人の拘束具を全て消滅させ聖剣を再び鞘に戻す。鎧などは出すまでも無い。
「さ、さすがは勇者様、しかし何で魔法や魔術が……」
「やはり君レベルではまだ無理か……」
「いやいや普通に少し多めに魔力使って魔法と魔術発動させたんで一般兵には通じますよ、あと騎士クラスも……それ以上のレベルの者には破られるかと」
俺やセリーナなんかのレベルだと少し邪魔程度にしか感じないがモニカや慧花クラスだと面倒なレベルだ。だから気になったことが有った。
「この程度でイベドを妨害出来たんですか?」
「ここの妨害装置は試作型の百分の一の能力と出力しかなくてな、切実な事を言わせてもらえば予算が無くて量産型はそれしか力が出せないんだ」
それでも一つ三百万円もするものが牢屋全体に二十基配備されているらしい、そしてイベドを妨害したオリジナルの装置は改良型を急ピッチで製造中だそうだ。
「あの勇者様、そろそろ王より賜った親書と文を二つお渡ししたいのですが……」
「ああ悪い、てか俺が読んで良いの? 親書って国のお偉い人向けでしょ?」
実際、達筆な字で『内閣総理大臣殿へ』と書いて有るし残りの二通は俺宛てと千堂秀一郎という人宛てだった。苗字から察するに千堂グループの関係者だとは思う。どこかで聞いたような気もする。
「まさかと思っていたが……なるほど、だから初動は完全に……済まない兵士くん、その手紙は私の義理の祖父宛てなのだが貰って構わないか?」
「そうだったのか……では」
「初耳なんですけど仁人さん」
「この宛名の人物は七海の祖父つまり今の千堂グループ会長だ、もっとも最近は実務のほとんどを七海に任せ引退しているがな」
そういえば今さらだけど仁人さんは七海さんの夫で婿養子だ。だから義理の祖父と言っている……が、問題はそこじゃない。
「俺すっげー嫌な予感するんですけど」
「奇遇だな俺も嫌な推論を一つ出した、だから聞き出してくれ、こちらの世界情勢をどこまで知っているのか? とな」
理由は全く不明だが王国側は俺の世界の情勢や言語それに様々な諸事情に詳し過ぎるのだ。事前に情報収集したというレベルを余裕で越えている。まず漢字で普通に総理大臣とか書いてるし何より千堂グループの会長宛てとかツッコミ所が満載だ。
◇
「分かりました、と言いたいんですけど……たぶん俺の勘ではコイツら口頭で最低限の指示しか与えられてませんよ、そうだな?」
「はい!! しかも勇者殿が協力的でない可能性が高いから指示書の通り行動せよと渡されたものがこちらです」
そう言って作戦指示書を見ると簡潔だった。ほぼ仁人さんから話の有った通りに戦闘が推移しているのも確認した。初手の動きも指示通りで銃器など、こちらの世界の武器についても割と詳細に書かれていた。
「何か警察や自衛隊への対策とかも書いて有るんですけど……」
「俺が最初に君を呼ばなかったのは……とある懸念が有ったからだ」
懸念って何だろうかと俺は隣のセリカや慧花を見るが首を横に振る。
「君が王国と通じている、または何らかの形で向こうに情報を送る魔法や魔術が仕掛けられているのではと考えていた」
つまり仁人さんは俺や俺の周囲の人間にバックドア的な魔法や魔術が使われている可能性が有ると考え連絡をギリギリまで控えるよう指示を出していたそうだ。
「まあゼロじゃないけど……でも逆に何で今は疑ってないんですか?」
「三重チェック扉で魔力反応が無かったから、すぐには情報が漏れてないのを確認出来たんだよ、だが賭けだった」
一歩間違えば敵のスパイを自分の本拠地の中枢に案内する事になるから相当な覚悟はしていたらしい。
「なるほど、でもしませんよ俺はっ――――「あっ、ああっ!! ケケケ……」
すると兵士の一人が俺の方を見てガタガタ震え出した。そして隣の兵も含めて表情が青ざめて行く。
「けけけ?」
どうしたんだコイツら変な薬でも使われたのだろうかと仁人さんを見るが首を振った。そしてよく見ると視線は俺ではなく俺の後ろの人物に向けられていた。
「「「「ケーニッヒ殿下!!!」」」」
「「あっ……」」
俺と那結果は思い出していた。すっかり忘れてたが慧花の顔は異世界の時と同じで体だけが女になってるんだった。つまり兵士たちから見たら王子のままだ。
「勇者殿と添い遂げたいからといって、こちらの世界で化けて出るなんて!?」
「恐ろしい……何という執念なんだ、男色の噂は本当だったのか!?」
「やはり化けて出るのは勇者様の側だったんだ~!! 成仏して下され~」
それを見て俺はもちろんセリカとモニカは大爆笑していた。那結果だけは無表情で普段なら大爆笑してそうなのに、かえってそれが不気味だった。
「ぷっ、くくっ、いや慧花が向こうでどう思われていたか良く分かるな」
「さすが慧花さん……ぷっ、こらモニカ」
「セリカ様こそ……ぷぷっ、だって、ねえ?」
三人で慧花を見ると当の慧花は一見すると笑顔だが青筋を立てピクピクさせていた。珍しくお怒りだ。
「快利、あとでキスするから覚悟しておけよ? たっぷりな?」
「悪かったから落ち着け慧花、口調が昔に戻ってるから」
俺は慌てて兵士たちに慧花は瓜二つの女性だと話した。もし転生魔法を使ったのがバレたら慧花を殺してこちらに送ったセリーナの罪も一緒に暴かれてしまうからだ。
◇
そして拘束を解き尋問を再開したが王国兵は基本、俺に対して隠す気は無く次々と王国の情勢を話した。流行り病に王都での異変などを話し最後に、とんでもない話を聞かされた。
「失礼した……いやぁ慧花殿には驚いた、異世界で他人の空似とは」
「ああ……つい最近我が王国では王子が次々と不幸になっていたからな、今や無事なのは第一王子のルートリヒ様のみで」
「なっ!? おい!! あにうっ……ハインリヒ第二王子はっ!?」
待て慧花、普通に兄上って言おうとしたな。俺が兵士たちに嘘ついた意味が無くなるから気を付けろ。
「……ハインリヒ殿下は謀反の罪で牢獄に囚われの身で明日をも知れぬ状況です」
「ば、バカな……あの温和な人が謀反など!!」
慧花の言う通り他の二人の王子は戦と無縁で政治に長けている人物だ。慧花だけが戦闘系で異常なのだ。一応は古の勇者の血を引く家系だから慧花の方が本来の姿なのだが……だから異世界から勇者召喚で俺が呼び出された。
「我らもそう思います、ですが王が……」
「一体どうなっている!? ルートリヒ兄様は!?」
完全に錯乱した慧花が堂々と兄様とか幼少期の呼称で叫んだから隠した意味無くなるんだよ慧花……完全に正体がバレちゃうからな。
「は? 兄さま? ご婦人なにを?」
「今は気にするな答えろ、どういう事だ!!」
こうなったら仕方ないと俺が尋問を交代しセリカとモニカに慧花を抑え込ませる。那結果は後ろで仁人さんと話をしてノータッチだが何かに気付いたようだ。
「第一王子ルートリヒ様は弟君の謀反に胸を痛め王への謁見のために城に参内した後にご病気と発表されました」
その後に急に決まったのが今回の異世界遠征だと兵たちは語った。
「グレスタードで何が有った、セリーナは師匠は何してんだよ!?」
「そ、それが……セリーナ様は領地で発生した流行り病の対応に追われて」
グレスタード王国では謎の奇病が流行っているらしく、それは人間や魔族を問わず発症するものでセリーナは自領にて治療に専念し遠征以外にも大忙しだそうだ。
「俺の手紙は読んだが王国に戻れとしか書いてないが?」
「我らは渡すようにとしか言われてません、後は勇者様が連れ帰ってくれると」
いやいや普通に無理だ因果律操作魔法の対象は俺だけ、例外中の例外で俺の装備品やアイテムとして移動が可能だけど安全性は不明で今のところドラゴンと魔王しか成功してない。
「いえ……我らは
「神逆兵器? 何だそりゃ」
また新しい単語が出て来たから俺は顎で促すと兵士は頷いて話を続ける。そして牢屋の五名の話を総合し考えをまとめた結果こうなった。
「つまり神逆兵器とはセリーナが突然出して来た魔族の凄い技術で異世界転移を何人でも、ほぼ無限に送り出す兵器だと?」
「はい、ただし魔力の都合で一日に一度しか使えないそうです」
そこで俺は気付いた。説明では大規模な転移魔術の一種だと言っていたが違う。これは人為的に因果律操作魔法を使うための兵器だ。
◇
「それで何で二十時なんだよ?」
「実は毎日決まった時刻にグレスタード王国と通信が可能になるのです、その時刻がこの世界の二十時なのです」
だから、その時間にと要求したらしい。一応は理に適っていると考えていたら那結果が何かに気付いたように口を開いた。
「なるほど、快利……兵士たちの鎧や服に魔術が刻まれています、これで通信しているのかと」
「王国で研究が進められていた遠隔通信の、勇者コールの原理を応用した魔術か……まさか完成がこんなに早いなんて」
慧花が呟くように言った事だが後で詳しく聞く必要が有りそうだ。とにかく俺達は通信が入るまで一度メインの研究室に戻る事にした。
「時間まであと一〇分か……急ごう」
上の階の研究室に戻るとユリ姉さんが俺に気付いてすぐに寄って来た。エリ姉さんとルリは七海さんと話が有るからと一人だけ置いてかれたらしい。
「だからグラスと待ってたのよ」
「そんな事を言ってる内に時間だ快利くん」
「了解です仁人さん……さて、何が起こるのやら」
そしてエリ姉さんとルリと七海さんの三人が戻って来て入室したタイミングで強大な魔力の奔流を感じた。
「那結果!!」
「分かってます!!」
すぐに周囲を最大警戒し結界を展開しようとするが魔力が流れ込むだけで危険は感じない。一部の機械、特にPCなどのネットワークに異常が出ているだけだ。
『勇者!! 魔力の奔流が強過ぎて暴発する恐れがあるから私が制御する!!』
「頼むフラッシュ!! ユリ姉さん!!」
「オーケー!! 行くわよ快利!!」
俺は隣のユリ姉さんと手を繋いですぐにフラッシュへ魔力を供給する。今回は三竜同時じゃないから負担は少ない方だ。そして落ち着いたと同時に正面の一番大きいディスプレイにノイズが走る。
「魔力の影響か?」
「みたいですね……でも凄い量の魔力です快利兄さん」
周囲がざわつく中で年配の研究員が「昔のテレビみたいだ」と呟いていた。どういう意味だと聞こうとしたらノイズがブツブツした後に紫色の閃光を出して次に目に入った光景はディスプレイ内に三人の人物が映っていた。
◇
『繋がったようだ王よ』
『ふむ、聞こえるかな日本の諸君?』
研究室内は一気に色めき立った。フラッシュの制御補佐が有るとはいえ未知の技術そして未知の世界と通信が繋がったのだから当然だ。
「マジで繋がったぞフラッシュ、状態は?」
「問題無いようです快利」
俺が尋ねると手が離せないと那結果が代弁してくれた。そのまま維持も任せるとディスプレイを見る。そこにはグレスタード王、セリーナさらに王の護衛と名乗っていた仮面の男ミネラークが映っていた。
『こちらは音声を届ける方法しか無い、つまり音声のみの双方向での通信になる』
「こっちは良く見えてるぜ王様?」
『そうか快利よ元気そうで何よりだ。顔が見たいな、ところで快利よ、そちらは日本政府か、それとも千堂グループか?』
その言葉に全員の視線が七海さんに集まった。しかし彼女は臆することなくディスプレイを見ると口を開いた。
「お初目と言うには見えてませんが現・千堂グループの会長代理の千堂七海です、そちらはグレスタード王国の国王とお見受けしますが?」
『君か……やはり秀一郎は引退したか、まあ良い、こちらの要求は一つ、すぐに降伏しなさい、これは日本及び地球の全ての国家に対する最後通告と思って欲しい』
その場のスタッフや連れて来た兵士たちも含めた全員が言葉の意味を理解し絶句した。だが七海さんは冷静だった。俺ですら王の言葉に飲まれそうになったのに落ち着いて言葉を返していた。
「…………それは、交渉では無いと?」
『そうだ七海くん、これは降伏勧告だ、我らは奪われた者を取り返すという大義を実行する、要求が受け入れられなければ日本及び地球上の世界各国の政府に武力行使による解決の用意が有ると宣言しよう!!』
年の初めに何言ってくれやがるんですかね王様、普通に侵略宣言しやがった。それと同時に俺のヌルゲーライフが崩れ去る音がして絶望した。
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