第96話「恩返しの裏で起きた小さな大事件」
◇
あれからエリ姉さんを励ますどころか逆に俺の顔色が悪くなって二人と近くの茶道部がやっている甘味処で休憩していた。俺の様子に何となく気付いてる様子なのに何も聞いてこない二人に俺は覚悟を決め話をした。
「って、こと……なんだ、ごめん、いきなりで俺……俺さ」
「そう、か……あの写真の人が」
「なるほど……でも決着はつけたって聞いてたけど、まだ難しいか」
ユリ姉さんが頭をポンポンと撫でてくれて、エリ姉さんも気づかわし気に俺を見ていた。二人とも色んな意味で俺にはトラウマだったけど今は優しい本当の家族だ。
「うん、俺は昔の優しかった記憶も少し有るけど急に家事も全部放置して外に男作って置いてかれたから、何で? どうしてって気持ちの方が強くて、だからこの間ハッキリ拒絶されて逆に安心したんだ……俺も姉さん達と同じだったって」
共感意識と言えば違和感が有るけど俺と姉さん達は血の繋がりも無いから少しでも共通点が出来るのは嬉しかった。不謹慎だし虐待も受けてた姉さん達に悪いのにそれすら繋がりと考えるくらいには今の俺は歪んでる。自覚が有るから許してくれ元勇者だって人間だもの。
「そろそろ時間ね……快利、マリン達に全方位を守らせることも出来るから今日は休んでおく?」
「ううん、やるよ、ファンとして推しのライブを守りたいし何よりルリや協力してくれた姉さん達、最近は心配ばかりかけてた異世界のアイツらに悪いから」
助けてもらって甘えて良いと言われた。でも、それだけじゃダメだ。だって俺は世界を救った元勇者で今は大事な人を守る英雄なんだから。
「本当に大丈夫なのか快利? 無理はしなくても」
「大丈夫、でも心配してくれるなんて随分と優しくなったねエリ姉さん?」
俺が恥ずかしくなってエリ姉さんをからかうと気付いたようで姉さんもすぐに乗って来てくれた。
「どうやら那結果も離れたしお姉ちゃん式の試験勉強対策をする時が来たようだな、フィジカルは今のお前は最強だから頭の方を鍛えてやる!!」
そして抱き着かれると耳元で「頑張れ」と言われて不覚にもドキッとした。エリ姉さんの顔も赤い。そのままいい雰囲気になりそうなのを抜け駆けするなとユリ姉さんが乱入したのは少しだけ残念だった。それから少し雑談してから俺達はライブ会場の講堂に向かった。三人の歌姫を守るために……。
◇
講堂に許可が下りて入ってみると中央のステージには巨大なパイプオルガンと天井には煌びやかなステンドグラスが有って教会のような造りだった。
「ここってミッション系なの? あれだけ外国人差別しといて」
「みっしょん? なんか作戦とか練るのユリ姉さん?」
「ふふん快利、ミッション系っていうのはゲームのミッションとかじゃないの本来の意味での導くとか布教って意味でキリスト教とか宗教系って意味なのよ」
ユリ姉さんですら知ってるような常識的な知識なのか、俺も勉強しといた方がいいかもしれないエリ姉さんは厳しそうだけど……。
「あっ、来た来たカイこっちだよ~!!」
「快利兄さん確認をお願いします」
ルリとモニカの声に振り返って近付くとスタッフと話をしていた梨香さんもこちらに気付いて集まると今日の警備計画の確認だ。事前に聞いていた通りだけど実地を見ての説明とでは印象がだいぶ違った。
「そういえばセリカと慧花は?」
「あの二人なら綾華さんのお客人をシメてると思います」
モニカの発言にルリも頷いていた。話を察するに二人が喧嘩を仕掛けるわけないから例の大男が何かしらの因縁を付けたのだろう。
「ごめんなさいね止められなくて、絵梨花さんが不覚を取ったってのをマスター、いえ秋津くんが強調して自分も護衛に入れろって言い出して納得させるって話に」
「う~ん、エリ姉さんを抑えたのならセリカは油断すると少しマズいかも慧花は手加減出来そうですけど……」
そんな話をしていたら綾華さん達が戻って来た。予想通り気絶して帰ってきた大男は男性二人に運ばれて来た。そこで気になったのは運んで来た男達の恰好で昼間も見た変な服装だった。いや、変な恰好というよりかは怪しい恰好だ。
「アニキ~、だから止めておけって……」
「しょうがないシン君、リーダーはこうなると止まらないからね」
「七海先輩たちに手を出すなって、監視に今日は留めろと言われてたのに……」
男たち二人はエジプトのターバン風の布を被っている摩訶不思議な恰好だった。その後ろから綾華さんと一緒に歩いて来る女性二人は、その格好にサングラスまでかけていて怪しさ満点だ。
「愛莉さんが妊娠中だから仕方ないとはいえ……勇輝さんもほんとに相変わらずで」
「ごめんね綾ちゃん応援に来たのに迷惑かけちゃって」
「ううん、お姉ちゃんは気にしないで、むしろ変な恰好させちゃってゴメン」
やはり変装か、つまりこの人達は普段の恰好を隠す必要が有ると、そもそも外国人差別しているような場所にエジプト人の恰好の人は入っていいのかこの文化祭。
「ま、郷に入りては何とやらだよ綾ちゃん、よしよし」
「あっ、もう、お姉ちゃん……皆見てるから……」
背は綾華さんの方が高いのに完全に妹ムーブをしている綾華さんに驚かされる。普段はクールでプロフェッショナルな綾華さんしか知らない俺には謎のターバン女が背伸びして頭を撫でている光景は不思議だった。
「でも本当に撮影して大丈夫なの綾華ちゃん」
「はい、今日のライブはシークレットみたいなものなので、出来れば両親とかにコピーを渡してもらえると助かります真莉愛さん」
「お任せあれ、信矢くんに渡しておけば、お父さん経由で渡してくれるかしらね?」
もう一人のターバン風の女性も赤毛がハミ出ている。やはりターバンを被り変装している人は地毛を隠しているみたいだ。でも他に目立たない方法は無かったのだろうかと考えていたら最後尾からセリカと慧花も入って来た。
「快利、待たせたね……存外に普通の人間にしては厄介だった」
「ええ、私も無手でしたので危うく負けそうになりましたわ、絵梨花お姉様が不覚を取りそうになったのも頷けます」
二人の評価が思ったより高いのに内心驚く。喧嘩師というのは伊達じゃないという事なのだろう。ちなみに俺が戦ったらと聞いた感想がこれだ。
「快利が全ての能力を封じ両腕を使えなくして、やっと勝負の形になるかな」
「王都近くのダンジョンの平均的な魔物と同じくらいかと」
やはり俺の感覚は正しかった騎士団長レベルくらいだ。つまり勇者一ヶ月目の俺と同じくらいの力が有るってことだ。普通に凄いな……この大男。
「もしかしたら向こうの世界で生まれてたら強かったかも……さて、じゃあ全員集まったし今度こそ警備計画に入ろう!!」
そこで話を切り上げて綾華さんの方を見ると友人たちに囲まれて嬉しそうだった。先ほどの会話だと両親は都合が合わず来れなかったようだけど友人達が来てくれただけで雰囲気の柔らかさがいつもの倍以上違う。
「AYAはいつも自分に才能が無いから練習するってのが口癖で張りつめてるから、私やMIMIとはやる気が違うの……やる気の源はあの人達なんだ」
「ああ、だから大成功するように俺達も頑張ろうぜルリ」
その後は細かい確認作業と、ある秘密兵器のテストなどを行い本番に備える。もうライブスタートまで三十分も無い。
◇
そしてライブは始まった。普段なら絶対にいない人種も講堂には溢れ最初お嬢様連中は臆していたが歌姫の美声とパフォーマンスに酔いしれ熱狂していく。俺は今回、男だから目立たないようにと舞台袖ではなく観客に紛れての警護で正面からライブを見る事が出来た。
『監視班のフラッシュです、皆様聞こえてますか?』
『ああ聞こえている、何か異常か?』
『いえテストです、この音量なので脳内に直接でも認識出来ない時も有るので』
どうやらライブ中の大音量が気になったそうだ。脳内に直接伝えるから大丈夫とは分かっていても意外と実行できないのが人間だ。そこら辺ドラゴン達は有能で今回は俺達に配慮してくれたらしい。
『エリ姉さんとユリ姉さんは大丈夫?』
基本的に異世界組は問題無い。普段の勇者コールとほぼ同じだからだ。そして魔力を持たない人にまで使用者を広げたのが今使っている『無線式・勇者コール』だ。ネット内を自由に移動のできるフラッシュの能力を応用しスマホを中継器として利用することで疑似的な勇者コールを再現するという仕組みだ。
分かり易く説明すればスマホを持ってるだけで脳内会話が出来るようになる。
『ああ問題無いぞ、でも不思議な感覚だ私でも、こうして使えているのがな』
最大のメリットはエリ姉さんが言ったように魔力の無い人間でも使えるようになる点だ。ちなみに今回は異世界組も含め全員が無線式にして、さらに今回は警備の五人以外に梨香さんにも共有してもらっている。
『じゃあテストは終わりでいいなフラッシュ』
『ええ、では引き続き監視を――――『快利!! 講堂の左サイドに不審者数名を確認しました三名の会話で楽屋を狙うと言っています』
俺はセリカの連絡を受けて狙うの意味を考える。よく有るパターンはファンが我慢出来ずにサインや握手などを求めるための行為が飛躍するパターンで、これも危険だが身柄を拘束し説教すればいい程度の話だ。
『セリカ、詳しい人数と会話を盗聴出来るなら頼む』
『はい、では近付いて共有しますわ……』
セリカを介して聞こえた会話で判明したのは人数は七名、そして目的はトワディーの誘拐及び暴行目的でライブ後の楽屋を襲撃するという最悪の内容だった。俺は即座に動こうとするが騒ぎを大きくしたくないという梨香さんの言葉でギリギリまで監視した上で対処という判断になった。恐らくは綾華さんを優先したのだろう。
「今日は来てくれてありがとう!!
そんな中でもライブは続く。今は曲と曲の間のトークでMCは普段はあまりやらない綾華さんだった。アイドル活動をしながらの高校三年間の思い出話を聞きながら俺は警戒を解かないようにしていたが気付けば会場の人たちと同じく彼女の話に引き込まれていた。
「だから、今日は皆のため、それに応援に来てくれた人……そして私の大事な家族・友人達のためにこの歌を捧げます……『輝く空から旅立って』聞いて下さい!!」
「綾ちゃ~ん!! 頑張れええええ~!!」
ここで新曲か……と、普通にライブに来ているファンのように感心していたら警備中の俺に喝を入れるかのように一際大きい声援が会場中に響いた。
「ちょ、狭霧、ターバンが外れかかってるから!! バレたらマズイんだよ」
「もう構わねえだろシン!! ここまで来たら盛り上がれ!!」
さっき慧花たちに倒された大男も叫んでいた。そして声援を送ってる女性の旦那さんが頭を抱えてると逆に自分のターバンの方が外れていた。だが、その下は普通の黒髪でなぜ隠していたのか謎だった。
「アニキ……後で怒られるの僕なんですよレオさんも何とか言って下さい」
「う~ん、でも僕もそろそろ邪魔になって来たからね……これ、ただ頼野さんに迷惑をかける訳にはいかないよ狭霧ちゃん? 目立つのは最後にね?」
「甲斐さん、でも大丈夫ですよ!! もうこの曲がラストですし!!」
そう言うとターバンを取って遂に髪が外に開放された。その髪は金糸のような鮮やかなブロンドだったがライトに照らされてると一瞬グレーにも見える不思議な色合いだった。
『あれってアッシュブロンドね……私も前に染めようと思ったんだけど色が微妙でね、あそこまで綺麗にならなかったのよ、ありゃ地毛ね』
思わず息を飲んで見ているとユリ姉さんの解説が入る。さすが元ニワカ陽キャだ。陽キャ系の知識は豊富だと失礼な考えが頭を過ぎった。
『それに目も緑……まるで王族の色みたいです快利兄さん』
『それに、とんでもない美女だ……正直、彼女がステージに立っても違和感は無いんじゃないか』
モニカと慧花の言う通り美人だった。でもモニカや慧花だって美人だし同じステージに立ってるルリだって美少女だ。てか姉さん達もだけど俺の周りの女性陣は今更ながらレベルが高過ぎる。
「むしろ俺が一緒にいるのが釣り合ってないんだよなぁ……」
そこで改めて注目するとターバンの外れた姿はブロンドも相まって美しさが際立っていた。そして必死にAYAの色のサイリウムを振る姿は無邪気で可愛らしいと思った瞬間、物凄い殺気が俺を襲っていた。
「っ!? なっ……えっ!?」
「今、僕のさぁーちゃんに良からぬ気配を感じたけど……気のせいかな」
俺は咄嗟に顔を背け、そして我を忘れるほど驚いていた。勇者スキルの一つでこの世界に来てから一度も反応しなかった『
(嘘だろ……この世界でスキルの反応、さすがに下級スキルの『偵察』か『索敵』だけど、どうなってんだ綾華さんの知り合いって……)
初めて会った時に綾華さんは命の危機に瀕した時が有ったと言っていた。そして自分は助けられただけとも話していた。例の事件と、ここまで常識の範疇から超えた友人達、恐らく綾華さんの命の恩人とは、この人達なのだろう。
「だから今日は普段の何倍も素を出して必死で、それでいて輝いてるんですねAYAさん、いえ綾華さん……」
今の彼女は気付かない人が大半だが音程も僅かに外しているし目に涙も浮かべていた。ライトで巧みに誤魔化してるけど元勇者の俺には見えている。だけど今ステージで歌う姿は俺が見てきた数々のライブの中で一番輝いていた。
そんな風にすっかりファンの一人として感動していたら突如セリカからの勇者コールが脳内に響いた。
『快利、対象が楽屋に向かいましたわ!! どうやら先回りして襲う算段に決めたようです、梨香さんから三人が戻る前に処理して欲しいとのことですわ』
『分かった、じゃあ俺とセリカで片付けるから皆は引き続き警戒してくれ』
それだけ言うと俺とセリカは時間魔法で無理のない最速のスピードで講堂の入り口に到着すると連中の後を追った。
◇
セリカにも木刀を渡し俺達は準備万端で楽屋用に借りていた教室に到着したら部屋の前に場違いな子供がいた。見た感じ小学校低学年くらいの男の子だった。
「君、そこで何を――――「かっ、
「「なっ!?」」
セリカが声をかけたら子供は大声で室内に向かって叫んでいた。ほぼ全ての人間が講堂に集まっていて職員すら居ない廊下に甲高い声が響くと室内から慌ただしい音が聞こえ大学生風の男が二人出て来た。
「おっ、もう来たのか? だいぶ早いけど女共を攫って、おたのしみって……な、なんだテメェら!?」
出て来た二人の男は俺とセリカを見て困惑していた。こいつらの中ではアイドルが無防備に来たとでも思ったのだろうが現実は違う。
「お前らゲス共から歌姫を守る勇者ご一行さ」
「そして麗しの騎士ですわ」
目の前でアホ面を晒している二人は「なんで」とか「もう時間じゃ」とか言っているが、どうやらライブがラスト一曲だと思って先に移動したのだろう。俺はスマホを見せるとライブはまだ続いていた。
「なっ、何でライブが続いてるんだ!?」
「決まってんだろアンコールだよ」
当然なんだよな、トワディーは元より最近のアイドルは高確率でライブはアンコール込みのプログラムを組んでいるしファンも分かっている。
「分かってないのはお前らみたいなファンでも何でもない外道だけさ」
「はっ、はあ!? お、俺達はたまたま……」
だがタイミングが最高に悪いところに楽屋の中から仲間が出て来る。手には練習義のジャージやトワディーの予備の衣装と財布などを抱えていた。
「こういうのもオタク共に売り捌けば金に……ん? どうしたんだ?」
「マズいぞハメられたぞ
「はぁ? 相手は二人だろ、ブッ倒して、いや横の女も頂いてあの人に渡せば……」
何か裏が有るようだが今は窃盗の現行犯だな。それだけで拘束は出来るはずだ。そう考えていたら後ろから足音が聞こえ更に部屋の中からも出て来て合計七人の男たちに囲まれた。
「相手は二人でしかも一人は女だ、全員で楽しむには人数足りなかったしちょうどいいじゃねえか!!」
下卑た笑みを浮かべて男達はナイフやスタンガンを取り出していた。なるほど潰すのは確定だな。
「はぁ、快利……こちらの世界もクズは同じですのね」
「ああ、ゴミはどの世界でも共通だ、取り合えず片付けようか」
喋るのすら
「ふっざけんじゃねえぞ!! やっちま――――げっぇ!?」
そして今、三人目を拳で吹き飛ばす。ちゃんと手加減はしているから骨折くらいで済んでいるはずだ。後ろではセリカが木刀で既に二人を昏倒させていた。
「お話になりませんわ、私を手籠めにしたくば勇者でも連れて来なさい……ね!!」
そして昔聞いたこと有るようなセリフを言いながら後頭部への一撃で敵を気絶させる。これで残りは一人だと振り返ると、お約束な展開が待っていた。
「出戸こっち来いや!!」
「うっ、うわあ、
見ると先ほどコイツらに知らせていた小学生が羽交い絞めにされ首筋にナイフを突きつけられていた。人質のつもりかこいつら。
「何のつもりだ仲間割れか?」
「仲間だぁ、ちっげえよ!! コイツはパシりだ、つっかえねえ奴だから俺らが拾って使ってやってんだよ!! こういう時のためになぁ!!」
「そんなガキ一人どうなろうと関係ない」
「いいのか、ここで流血沙汰になったらアイドル達にも迷惑かかんぜ~!!」
下卑た笑いがよく似合うこの男を俺はどこかで見た気がするのだが面倒なので一言だけ口を開いた。
「久しぶりの
高速で発射された雪玉が男の顔面に直撃し前歯を二本へし折り気絶させたことで、この事件の幕は下りた。あとは事後処理だけだ。
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