第80話「血と汗と涙と努力の結晶?な文化祭の始まり」
「ここまで長かった……」
俺はフラフラになりながら教室を、否、どう見てもメイド喫茶にしか見えなくなった室内を見渡した。普通の文化祭ならば所々に教室の名残が有り、これぞ高校生の文化祭というチープな作りになるのだが目の前の光景は真逆だった。
「お疲れ様です。マイマスター……これなら万全の体制でおもてなしが出来ます」
横のモニカも満足そうに見ていた。その横顔は過去の戦いで敵対していた時よりも王城で働いていた時よりも輝いていて不覚にもドキッとした。
「そう言えばモニカにそう呼ばれるのも久しぶりだな」
だから話題をそらすために俺は慌てて今気付いたように言った。夕陽が差し込んで来ていてお互いに顔の色は赤というよりはオレンジでバレてないと思う。
「最近はずっと快利兄さんと呼んでましたからね」
だけど家に居る時と同じようにメイド服を着たモニカは夕陽を背に無邪気な笑顔を浮かべていて心の底から良かったと思えた。俺はこの子を救った事に後悔は無い。
むしろ勢いで向こうの世界から逃げ出して置いて行った事に後悔が有った。だからモニカとセリカを俺の世界へとセリーナに言われた時に一切の躊躇無しに二人を引き受ける事が出来たんだ。
「でもマイマスター・カイリが元の世界ではあんなにコミュ障だったとは意外でしたよ。向こうでは英雄だったのに、ふふっ」
「うるせ、俺は基本は陰キャなんだよ……だからさ、お前とセリカとルリには感謝してるんだ……」
そう、本当にここまで大変だったんだ。ポイズンの事件から既に三週間が経過していた。明日は文化祭当日、俺はこれまでを振り返る。あの日、ルリのお願いを聞く形で文化祭実行委員になった俺は即座にキレ散らかしていた。
◇
「あ~、それじゃ前任からの引き継ぎ事項は……何も無い!? お前らさ……舐めてんの?」
俺が教卓の上に
「カイ落ち着いて!! 銀〇英雄〇説なんてコアだと思ってマネしてるんだろうけど最近はリメイクされてファンも増えてるから元ネタがバレるよ!!」
俺が異世界に行ってる間にリメイクが……と、また違う事を考えそうになって冷静になる。だけど胡坐は崩さない鉄の意志を示していると今度は後ろにいたはずのモニカが横で何やら動いていた。
「そうです快利兄さん。落ち着いて頂かないと話も進みませんよ。なので、こういう時は紅茶ですよね」
そう言って横で待機して紅茶の準備を始める俺の義妹・モニカは転移魔術で用意していたティーセットで準備をして某刑事ドラマの刑事みたいにティーポットを高く掲げ紅茶を注ぐ。
「どうぞ、瑠理香さんもセリカ姉さまも、そして、クラスの皆も」
いつの間にかクラス全員の机にはティーカップが用意されていた。今サラッと時空魔術と転移魔術を使いやがったな。さらに時間魔法で体内速度まで上げている。気付いてるのが俺とセリカだけだから良いけど……バレたらどうすんだよ。
「うわっ!? いつの間に……」
「凄い、どうなってんだ」
「おいおいマジックか」
言わんこっちゃない普通に異常だからな。向こうの世界では平然と使ってたけど普通にアウトだから。
「凄い……さすが快利の妹だな。モニカちゃんもマジックが使えたのか」
「え? あ、ああっ、その通りだ。腕を上げたなモニカ」
そう言えば俺のマジシャン設定有りましたよ忘れてたから助かったぞ金田よ。戻ってきて消滅魔法とか使ったのを全てマジックという事にして片付けたんだ。
「そう言えば最近お前は手品しないな」
「安売りはしないんだよ……じゃあ、そろそろ決めようぜ、このクラス展示か模擬店かすら決まってねえんだから」
うちの高校の文化祭はクラスが主催するもの部活動が主催するもの等がメインだ。それ以外にも一部有志や教員だけの模擬店なども有るらしい。らしいと言うのは去年はボッチだった上に家庭の事情(家事全般)が有ったので俺は参加せずに図書室で寝ていたから知らん。
「そうだよねカイは私のせいで夏休み明けには……」
「いや、ルリのイジメが始まったのは冬休み明けだろ? あの時は単純に疎遠で」
「あの時期の方が辛かったよ~!! だから今回はデートしよう!!」
「なっ!? 抜け駆けするんじゃありません瑠理香さん。快利とのデートはこちらでは右も左も分からない私が優先ですっ!!」
瑠理香とセリカの言い合いが喧嘩に発展する前に何とか止めるとモニカがニコリと俺に微笑んでいた。あの表情は「はよ話を進めろ」の顔だ。
「まず模擬店か展示かを決めたいと思う。ちなみに二年は模擬店と展示が半々だから実行委員会の決定次第では変更されるそうだ。ここまで質問はあるか」
当然、手は上がらなかった。だから俺は淡々と進めた。
「じゃあ意見の有る奴すぐに答えて、この後に報告だから」
「カイ、うちのクラスは流されやすいと言うか積極的じゃないから……その」
「だろうな、流されて俺イジメてた連中だしな。ま、うるさいの減ったし静かな分だけマシか。だから意見を早く言え」
「では快利、まずは展示か店かで決を採るのはどうかしら」
いつものごとく嫌味を言っていると進まないと判断したセリカが口を開いた。ルリはクラスを立てようとしているが俺はそんなもんは気にしない。少しは反省したんじゃ無かったのとか思っただろうが俺は反省はするが自重はしない。
「え~と、じゃあ皆、決を取りま~す。展示がいい人~、はい。次は模擬店が……あ、確定で……」
ルリが見ただけで言葉区切ったくらい人数差は圧倒的だった。
「んじゃ模擬店で決定、それで何かやりたい事は有るか」
またしても沈黙が……来なかった。スッと手を挙げたのは金田だった。
「ほれ、そこの雰囲気イケメン」
「それをやめろって言ってんだろうが。意見てか質問なんだけど場所は屋外と屋内どっちかは決まってるのか」
「ああ、そう言えばどうなんだルリ」
「うん。二年生は全員が教室で屋内だって、校庭とか一階の教室は三年生と一部の部活だけなんだよ。来年は私達はそこで出店だよカイ」
もう既に来年の予定が抑えられたんだが……。ニコニコと俺の横から動かずに言うルリに曖昧に返事をして金田の方を見て早く続きを言えと目で促した。
「お、おう。じゃあ、屋台系は難しいな。煙とか出ると教室だと出来ないしさ、火災報知器とか動くらしいぜ」
「分かった。ルリは落ち着け。来年の模擬店と来年のデートの約束は来年まで取っておこう、まずは今年の模擬店の話をしよう」
「はっ、つい妄想でカイと後夜祭で屋上から『皆が踊ってるね』って言ってて、『じゃあ俺達はここで二人で踊ろうか、俺のルリ』って言ってる所まで妄想してたよ。これは来年だね!?」
まずい、ますますルリの妄想が進行してる。これ以上はマジで危ない。中学の頃はもう少し控えめだったのになぁ……これも俺が原因なのだろうか。
「じゃあ模擬店で教室で出来るもので意見有る奴って聞いても無理そうだから……今日は五日か、男子と女子の出席番号五番が答えてくれ」
こうすれば奴らは断れない上に俺が教師になったら言ってみたかったセリフの一つの「今日は〇日だから出席番号〇番の奴」とかも言えるのだ。
「快利兄さんが楽しそうで何よりです。紅茶を淹れた甲斐が有りました」
俺も仕事が終わると紅茶を一口、ちなみに意見は聞いていない。ルリが聞いているから大丈夫だしセリカも書記のようなにノートにまとめている。
その後、俺が途中から面倒になってきてクラス全員を一人一人立たせて意見を言わせてまとめた結果……。
「意見をまとめた結果。メイドカフェとクレープ屋と出た……だからメイドにクレープ焼かせる。これで良いな?」
何人かが不満を漏らしていたが聞けばコイツらは色々と言い出した。やれチョコバナナ屋、タコ焼き屋など煙はNGだと言ったのだが、これは女子の意見なのでマシな方だった。
男の方が問題だった。ガン〇ラ作りの体験コーナーやら、女子限定のフランクフルト屋、女子限定のおむすび屋などで魂胆が見え見えだ。
「ったく、女子女子って流石にひくぞ……あとガ〇プラは権利的に色んな企業に迷惑がかかるから却下だ。自由じゃねえんだよ文化祭はガンプ〇と違うんだよ」
そして男女共にそこそこ票数が高かったのがメイド喫茶で二位が女子人気が高かったクレープ屋。そして俺の鶴の一声で状況は決した……かに思えた。
「少々お待ちを、快利兄さん……」
「モニカ?」
モニカが珍しく静かに俺を見ていた。そしてその瞳を久しぶりに見た。それは邪神キュレイアに仕える六騎士時代の目に非常に似ていた。
◇
「メイドが……クレープを、焼くっ!?」
「そこかよ、怒りのポイント!?」
「メイドは快利兄さんのお宝本のように夜のご奉仕をするのでも、アニメや漫画のようなテンプレの『おかえりなさいませ、ご主人様』を言うだけの存在では無い!!」
うわぁ、昔の騎士時代に口調戻りかけてるよこの子。セリカも少し焦ってるしルリは案外普通にしてるけど気付いてないのか、それとサラッと俺の秘蔵本の話をするんじゃない義妹よ。
「快利、お前メイド萌えだったのか」
「萌えとか死語じゃね? あと今の話は忘れろ」
俺が言うと今度いいコスプレ物の作品とか教えると言われ心が少しだけ動いたのは秘密だ。
「聞いてますか特に快利兄さん。あなたは分かってますよね? 私のメイド修行の日々を!!」
そう言えば大変だと聞いた覚えが有る。最初は水回りの仕事から始まり一から色々と叩き込まれカルスターヴ家のメイド長に厳しく躾けられたそうだ。
「でもモニカ、あなた一年で快利の元に戻りたいから自分から厳しく指導しろって言ってた気が……」
「なっ、何を言ってるんですか!! お嬢、ではなくてセリカお姉様!!」
ほう、良い事聞いたぞモニカも案外可愛いとこ有るじゃないか。
「そうかそうか、お兄ちゃんは嬉しいぞ~、と、まあそれなら料理なんて余裕だろ? 俺の妹ならさ」
「可能ですがクレープ焼きなど邪道……ならば一つ、お願いがあります快利兄さん」
「俺が叶えられるなら、言ってみ?」
「大丈夫です。私にこのクラスのメイド指導をお任せ下さい。文化祭前に立派なメイドに育て上げてみせます!!」
なんかモニカの後ろから黄色いオーラみたいなのが出ている。某サイヤ人みたいな感じでやる気に溢れているように見えるが、俺の妹は戦闘民族じゃないぞと心の中で呟いた。
「いや、何もそこまで――――「どうせ他のクラスもショボいメイドカフェをやるのでしょうから違いを見せつけてやります!!」
「い、いや、じゃあクレープとか無しに――――「決定でよろしいですね!! 皆さんも覚悟を決めてメイド道を極めましょう!!」
そのまま謎のやる気を出したモニカに言われどうせならクレープ以外の簡単な料理も出そうという話になってしまった。その日から女子には地獄の、男子にはそこそこの目の保養の時間が始まった。
ちなみに翌日の会議では黒幕会長が気を利かせて模擬店を優先的に選ばせてくれたのは秘密だ、権力万歳。
◇
「そこっ、角度が甘いです!! 大野さん、清掃はメイドの基本です職場を綺麗にするのも当然の仕事です!!」
翌日から全力で張り切っている義妹の姿がそこにあった。しかも普段着のメイド服を着ての登校で俺達は朝から目立っていた。
モニカがまず始めたのは朝清掃だった。初日はセリカと瑠理香と数人しか集まらなかったが翌日から徐々に集まり三日で女子は全員が来るようになった。その際にモニカが魔法や魔術を使っていたのを俺は目を瞑っていた。
「万が一は私が止めますわ。それに本当に危なくなれば快利を呼びます」
「ま、それにカイも毎朝一緒に登校してるから大丈夫でしょ」
セリカとルリに言われて一応は納得したがモニカは今は妹だし心配なんだ。アイツやり過ぎなとこも有るからな。
「それをお前が言うか快利」
「俺は嫌われるのに慣れているからノーダメなんだ」
この間の一件で俺に悪意を持ってる奴は大量に居るのが分かったし、向こうの世界で貴族やそこの領民には嫌われていたからな、特に辺境の貴族のゴミ共には特にな。
「あ、ああ……まあ嫌いと言うか俺はお前で楽しんでたからな、今さらながら最低だった……」
「ああ、本当に最低だったぜ学級委員さんよ? ま、何か有ったら俺に言えば止まるから暴走したら話してくれ」
そう言うと奴はポカンとした顔をしていた。ただ単に妹を心配しただけなのにコイツは何で間抜け面してるんだかな。
「金田、だから言ったでしょ? カイは優しいんだよって、ね?」
「ああ、風美、そう……だな」
何を言ってるのやらと今度はモニカの方を見るとメイドの心得とか言って復唱させている……ブラックバイトかな、でも楽しんでいるみたいで安心した。
「メイドの朝は早いのです。そして夜は遅いのですからキビキビ動く!!」
「あ~、今のセリフ。家のメイド長の言葉ね。そう言えば元気……かしら」
セリカの家、恐らく俺を連れ帰ると言って帰らない以上、向こうの世界では行方不明扱いだから心配してるはずだ。
「もし、帰りたい……のなら俺が一時的に――――「快利、また悪い癖出てますわよ? あなたは私とモニカをあの世界から奪う選択をした。なら最後まで奪って下さいませ、ね?」
だけど俺のエゴで後悔している顔を見るとつい、そう言えばガイドと慧花にも昨日の晩に似たような事言われて……。
「全部は選べませんわ。ただ今みたいにたまに弱音も出てしまいます。その時は優しく抱きしめて下されば結構です。さあ、どうぞ」
「そうだ!! そのパターンで夜這いかけられたんだ!! もう騙されねえぞ!!」
そう、昨晩も当たり前のように大学帰りにユリ姉さんと帰って来た挙句にガイドと相談が有ると言った慧花は今みたいな雰囲気に持って行かれて俺の初体験を奪おうとしやがったんだ危なかったぜ。
「ちっ、もう既にケニー王子いえ慧花さんがやっていましたか……では快利、少しは学んで下さい。あなたは女の涙に弱過ぎるのです」
それだけ言うとモニカの方に行ってしまった。俺が女の涙に弱いねえ……そんなの昔から知ってるさ。その後もモニカメイド長(本人命名)の朝練は続いていた。俺はその間にむさい男共を見張ったり調理を教えたりの日々だった。
◇
「え? 最近、貧血で倒れる生徒が増えてる?」
「ああ、そうなのだ快利」
あれから数日が経った放課後に俺はセリカとエリ姉さんと三人で生徒会室に呼び出されていた。そして唐突に百合賀にこんな事を言われ、横にいる黒幕会長も続けて何かの資料を見ながら俺に言った。
「秋山くん。これが生徒のリスト。今日は六人も倒れたの……」
「まだ暑い日も有るし最近は文化祭の居残りのせいで倒れたのだろう」
模擬店は手配や保健所への報告などを一週間前には終わらせなくてはいけないので、それ以外の作業はさらに早く終わらせるのも原因なのだろう。俺も今、体感でそれを感じている。
「それで無理が祟ったのか倒れる生徒が増えているらしい。あとポイズンドラゴンの事件で休んでいる生徒も増えた」
補足するようにエリ姉さんが言うと俺も納得した。記憶処理はしたが潜在的な恐怖心は有るだろうし記憶が混濁した状態で学校には行きたくないだろう。
あと俺のクラスのように不登校や停学、退学者も出たりと俺達以上に職員室は地獄絵図らしい。
「そんな訳で、もし見かけるような事があれば助けて欲しいの。前にあげた生徒会の腕章も自由に使っていいから」
「私からも頼めないか快利?」
少し考えたがそれ位なら問題無いと了承すると代わりに俺のクラスにクレープ用のホットプレートを一つ多く貸してくれると言ってくれた。渡りに船で放課後に教えるのに数が少ないと思っていたからタイミングは完璧だった。
「それにしても貧血ですか、眩暈や立ち眩みなら少し危険かも知れないですわね。私やモニカも万が一の時には回復魔法は使えますので」
「助かるよセリカ嬢」
「四天王に礼を言われるとは、こちらの世界に来て驚いた事がまた増えましたわ」
この間のポイズンドラゴンとの戦いでモニカとセリカともだいぶ打ち解けたようでそこは嬉しい変化だ。百合賀ことビルトリィーも向こうの世界からの敵とは言え同郷だし仲が良いのは悪い事じゃない。
「じゃ、俺達はこれで。何か変化が有ったら連絡をくれ」
「ああ、恩に着る勇者、いや快利」
それだけ話すと俺とセリカは生徒会室を後にした。エリ姉さんは自分のクラスの模擬店の話を二人とするそうだ。
そして教室に戻る途中で廊下で見慣れない大人がいた。教員では無いと思うその人と目が合うと俺達の方にゆっくり向かって来た。
◇
「えっと、済まないが職員室を探してるんだけど」
「どちら様すっか? 外部の方ですよね職員室の場所分からないなんて」
自分からボロを出してきたな見た目が三十代のオッサン。でも割と精悍な顔付きでモテそう……って指輪してんな結婚してるのか、そりゃそうか。
「えっ、いや、外部か……まあ、まだ正確には外部なんだが今度この高校に赴任する予定の教師なんだ」
「あっ、そうなんすか。それで職員室か……じゃあ案内します?」
「ああ頼むよ。そうだ名乗って無かったけど俺の名前は工藤、工藤彰人。担当は歴史になると思うからよろしく」
「俺は二年の秋山です。こっちは妹のセリカです」
これが四日後から俺たちのクラスの担任になる工藤先生との出会いだった。
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