第54話「元勇者、青春を謳歌したいけど、やはり難しい」


 あれから一週間が経過しルリも少しは吹っ切れたようでクラスメイトとは適度な距離を保ちつつ表向きは平静を保っていた。しかし裏ではクラスの女子がセリカやモニカに嫌がらせをしようとしたのだが毒のプロと時空魔術の使い手の前にそれは、あまりにも無謀だった。


「それにしても食中毒で休みが今日で六人目か……まだ暑いから食べ物がすぐに悪くなるのか? 秋山?」


「ああ……って、お前はめげないな……金田」


「まあな、親からは金の成る木には全力で媚びろって言われてるからな!?」


 こうやって俺と話してる金田も陰口が叩かれているし、俺もどちらかと言えば軽蔑はしている。だってコイツは今堂々と嘘を付いているからだ。基本的に俺に嘘は通じない。敵と判断した人間に神々の視点全部丸見えをかけて動向を見たりするからだ。だが驚いた事にコイツの本音は俺への友好度が高過ぎた。しかも高い理由が実にバカバカしい内容だった。


(話してみたら面白そうだからなんてな……)


「お? どうした金の取引価格でも知りたいか? それともFXのコツをセミナーに一緒に聞きに行くか?」


「別に……さっさと飯食うぞ、三人も行こう」


 そして学食でエリ姉さんと合流するために五人で移動する。どうせ断っても付いて来るこの雰囲気イケメンも仕方なく一緒に行動する事になった。


「ふふっ、でも良かった……カイにも男子の友達が出来て……」


「別に友達じゃないから!! ただ、しつこいから諦めただけだ!!」


「はいはい。じゃ行こ?」


 学食に行く間もルリに弄られながらセリカにも諦めろ言われる始末。そんな俺達が到着すると自然と視線が集まる。それもその筈で今のメンバーはルリを筆頭にセリカとの金髪美少女が二人と見た目はお淑やかな妹系のモニカ、そして雰囲気イケメンな金田が居る。一応は背が伸びた俺も目立つ事は目立っているのかもしれない、実際は背が高いだけなのにね。


「もう、カイは顔の造形も悪く無いって母さんも言ってるんだから、自信持てば……でも、これ以上カイの周りに女がウロウロするのも困るし……複雑だなぁ」


「あ、絵梨花姉さんがいらっしゃいましたね。席を取ってくれているようです」


 モニカに言われて見ると三人の女生徒が席を取っているようだが、その付近に近付く生徒はおらず聖域のような扱いになっている。しかし学食内の全ての人間は、その集まりに注目している。


「快利!! 瑠理香!! セリカとモニカも、こっちだぞ~!!」


 手を振ると同時に大きな胸も揺れてるエリ姉さん、かなりの視線がエリ姉さんに注目してる。相変わらずいい揺れ具合と思いながら歩いていると不意に視線を感じて見るとルリが不満顔を爆発させている。


「私もあと少しだけ大きければ……私は普通サイズって母さんも言ってたのに……」


「大丈夫です瑠理香さん。私達はまだ成長期です!! 由梨花姉さんは無理でも絵梨花姉さんになら勝機は有ります!!」


 そんな胸事情を話している二人を尻目に残りのメンバーは席に着く。しかしこのメンバー今さらながら学食なのに弁当率が高かった。理由は主に俺なのだが、朝一で俺とモニカのコンビで昼食用の弁当を作るのは基本になっていた。そして料理の修行中のルリも弁当だ。つまり八人中五人は弁当なのだ。


「それにしても、ずいぶんと大所帯になったな、勇者、じゃなくて秋山くん」


「ああ、一学期ぶりですね? 百合賀先輩、黒幕先輩?」


 目の前の元魔王軍四天王と、そいつに憑りつかれた? 元一般人で生徒会コンビを見る。なんか幸せそうにテーブルの下で手をギュッとしているのが腹立つな。


「俺、B定食取って来るから、秋山……じゃなくて快利、何か食うか?」


「ああ、じゃあヨーグルト頼むわ食べる方で」


「りょ~かい。分かったよ」


 ちなみに金はちゃんと渡している先週、一回頼んだら毎回奢ろうとして、それは出来ないとキチンと断った。それじゃあ今度は俺がイジメをしているのと何ら変わらないからだ。後で奴なりの罪滅ぼしだとルリに言われてからはこうして何かを頼むようにしている。


「さて、金田も居なくなったし、セリカ、モニカ? 魔法は控えろ。先週も言っただろう? 今は同盟を結んでいる。それに一応はエリ姉さんの友人だ。いいな?」


「ですが……分かりましたわ快利」


「申し訳ありませんが快利兄さんの頼みでも納得には時間がかかります。この誘拐犯の首魁を信用しろと言うのが無理な話」


 実は何を隠そう、邪神キュレイアの命令を受けた魔王から六騎士をスカウトと言う名の孤児院から誘拐した実行犯がこの女、今は百合賀尊と名乗っている元魔王軍四天王のビルトリィーなのである。さらにビルトリィーが過去に滅ぼした小国の貴族の中にはセリカの親戚が居て二人にとって浅からぬ因縁の相手なのだ。


「あの、二人とも、それは尊の前世? の話なのよね? 今の尊は、秋山くんに悪い事はしたけど、夏休み中は私と別荘でイチャイチャしていただけなの!! だからもう許してあげて!!」


 そんな大声で言うなよ。結界張ってなければ周りに音が漏れていたからな? 素早くエリ姉さんを見て静かにさせると結界のせいで俺らを見失った金田がキョロキョロしているので慌てて結界を解除する。


「あっれ~? 俺おかしくなったのかな? 一瞬みんなが見えなかったよ」


「疲れてんじゃねえの?」


 そう言ってヨーグルトを受け取ると未だに納得していないセリカとモニカにも睨まれるがエリ姉さんとルリに説得されて渋々受け入れた。先週と同じ展開だ。それにしても相変わらず二人はこの百合ップルに甘いようだ。


「だって純愛だし……」

「一応は親友だからな……」


 そいつらに命を、いや厳密には狙って無かったんだけど……俺としては色々と思うところが有る。これが現実世界組と異世界組の差異なんだろうなとは思っていると場の微妙な空気を察したのか金田が喋り出す。


「え~っと、そ、そうだ。快利。お前が前に言ってたアイドルのTwilight Diva黄昏色の歌姫のCD買って聞いてみたぞ? 何か元気の出る曲だった」


「お、そうか? それは――――「ありがとう!! あの曲は――――はっ!?」


 ルリぃ~!! なぁ~んで反応しちゃうのこの子? ファンサービス旺盛で俺の推しが今日も可愛くて辛いんですけど!! 本当に良い子過ぎて尊い。しかし金田は意外と鋭い、一学期の時とイジメられていた時も割とコイツが参謀的な事をしていたので頭は回るのだ。


「いや、なんで風美が反応すんだよ?」


「え~っと……そ、それはぁ……」


「金田くん、実は快利同様に瑠理香も件のアイドルのファンなのだ!!」


 ナイスアシスト、エリ姉さん。そう言ってルリを見ると『つい営業トークと感謝の気持ちが~』と小声で言って俺を見ていた。


「へえ、そうなのか……意外だな?」


「なんでですの? カネダ?」


「いやセリカちゃんさ、風美はドン引きする位に快利が好きだろ? それがアイドルとは言え快利が執心している他の女のファンになるのは腑に落ちないと言うか……なんか違和感がね?」


 お前どこまで鋭いんだよ金田。むしろそれが引き金で俺イジメてたからなこのアイドル。そしてお前はその手先だったんだぞ? とは言えないし分からせたいのだが、そんな事言ったらルリの正体バレが起きてしまう。それだけは避けねばなるまい。


「わ、私だってRUKA……とか言うアイドルは、まあまあ可愛いし、何ならストイックにアイドルはしているしプロとして頑張ってるし、それにカイへの気持ちならアイドルの時だって変わら――――」

「わああああああああっ!! そうだな!! RUKAも凄いし、ルリも凄くて皆いい!! そうだな!!」


 最近分かった事はルリを静かにさせるのはボディタッチが一番だと言う事だ。特に頭を撫でると静かになるのでいつものようにしてしまう。


「うわっ、なんつ~か一学期からの違いに色々と驚くな……でも、そうか風美の目の色もアイドルに合わせてなのか?」


「違うぞ? ルリは元々この色だったんだよ、今までがカラコンで隠してたんだ」


「うん。小学校の時から、イジメじゃないけど男子にからかわれて、それから隠してたんだ」


 そんな事態があったのに俺に対する仕打ちは酷過ぎるぞルリよ……。そう思いながら昼休みが終わった。そして昼から戻った俺の机の上に菊の花さんが載っている事もルリや他のメンツに被害が行くわけでも無いのだが、俺たちが戻っただけで教室に緊張が走り午後の授業もピリピリとしたムードは消えなかった。





 放課後は仕事のルリをいつも以上に慎重に事務所に送る。あの一件以来、事務所の使用禁止の一室がルリ達を送る場所となっていて社長やルリの両親以外は知らない場所だ。ちなみに学校側では生徒会室の隣の準備室を黒幕会長に用意してもらい完璧な体制になっていた。


「そろそろセリカとモニカに校内を案内しないといけないと思って……て、言うか俺もあんまり覚えてないんだよ」


「それで俺か、そう言えば前も校内を二人で回った事が有ったな?」


「ああ、あの時は助かった……その、ありがとな」


 そう言うと金田は『気にするな』と言って肩パンして来た。こう言う事した無かったな……俺。そんな事を思いながら二人と、ついでに俺も校内を案内してもらう。部活棟とか絶対来ないと思っていたところも案内された。


「二人とも部活とか入りたければ入ってもいいからな?」


「私は絵梨花姉さまと剣の修行の方が楽しいですわ。この間、案内されて道場に行きましたが歯ごたえがありませんでした」


「私も快利兄さんのご飯とか家事のお手伝いがしたいので特には……」


 あれ~? 普通こう言う時って異世界から来た人間は基本的にこっちの世界に興味を持って部活とかやって、俺がそれを支えるパターンになるんじゃないのか? 前読んだ漫画でそんな展開だったのに……。


「あ、そうだ。快利。お前なら大丈夫そうだけど後ろの女の子二人は一応注意しとくけど、放課後の時間に変な男がウロついてるって噂有るから気を付けなよ?」


「そんな暴漢など一捻りですわ!!」


「そう言う事だ。二人は強いから――――」


「ちげえんだよ。なんかカメラ持ってて盗撮魔じゃないかって噂なんだよ。職員室でもそう言う話が出てたんだ」


 盗撮ねえ、そう言えばこの間異世界に放置して来た奴も記者だけどカメラマンも兼任してたっけ……そう言えばあれから二週間経ってるけど生きてないよな? 一応は確認しに行ってみるか。生きてたら出してやるかな。





 そして放課後、金田と別れると俺達三人は久しぶりに異世界にやって来た。一応は座標は奴を置いて行った地点だったはずだ。俺はいつもの隠れ身の腕輪を人数分配って二人に付いて来るように言って降り立った。


「あんたのせいで私はこのジャングルに放り込まれたのよ!! どうしてくれんのよ!!」


「オメーが金に目が眩んで情報寄こしたからじゃねえか!! クッソ、あのクソガキ、この森を抜けたらただじゃおかねえ!! 文潮砲で俺が潰してやる!!」


「出来るのかしら~? あんたがミスったから、こうなったんだけど?」


 その後も二人でぎゃ~ぎゃ~と見苦しくも争う二人を見て俺達は驚いていた。まだ二人とも生きていた。男の方、深見の方は二週間の探検生活で服はボロボロになっていて髭は更に伸びていた。だから髭は剃れと言ったのにな、社会人の風上にも置けない奴だ。対して女のホステスのマリエの方は髪は中途半端に切れていて、服も俺が送り込んだ時と同じようだ。


(まだ生きてたなんてなぁ……頑張るねえ)


(どうしますの? カイリ?)


(マイマスター?)


 二人が現実世界の呼び方を止めて俺をこのように呼ぶときはつまりはそう言う事だ。でも俺は考えていた、隠れ身の腕輪でも隠せないのが匂いである。そしてここのジャングルのモンスターは嗅覚が鋭い。だから匂い玉で誘き寄せると同時に嗅覚も鈍らせていたのだ。


(せっかくだしこの二人にはサバイバルを楽しんでもらおうと思う)


(つまり?)


(匂い玉を投げて放置していこ~ぜ?)


 それだけ言うとセリカは無言で匂い玉をポンポン投げると俺の方に抱き着く。一応はモニカも見るけど、首を横に振るモニカは単独で浮遊魔法が使えるので大丈夫と言う意味だ。そして俺達は姿を消したまま飛び上がった。ガサガサ音がしてサバイバーの二人がビクッとするのは面白かった。


「なっ!? なんだ!?」


「もうたくさんよ!! 早くこの森から出してよ!!」


「それはダメですね~!!」


 そう言って隠れ身の腕輪を外して上空から声をかける。


「あっ!? お前っ……じゃなくて、き、君はえっと……俺を連れて来たガキ……じゃなくて、お子さんだな? 頼むよ!! もう何もしないから」


 そう言う奴にスマホの録音アプリを起動する。あって良かったボイスレコーダー機能、みんなも積極的に友達との会話を録音して証拠保全!! なお、友情関係が崩れる場合が有るので個人采配でご利用ください。元勇者との約束だよ?


『――――あのクソガキ、この森を抜けたらただじゃおかねえ!! 文潮砲で俺が潰してやる!!』


「おやおや~?」


「ちっ、頭の回るクソガキがよ!!」


 頭が回らない記者いやマスゴミさんですね~? と、思っていたら横にいたホステスのマリエと言う人が金切り声をあげながらこっちを見上げていた。


「ね、ねえ坊や? 私は、私は悪く無いわ!! コイツに脅されて仕方なくよ!! お姉さんを助けてくれたらいい事してあげるから!?」


「う~ん、年増はNGなんで、許容範囲がユリ姉さんまでが限界なんで無理っす。それに俺のRUKAに仇なす時点で救う気は無いので」


「残念ですがお二人とも、こうなったマイマスターは止まりませんので、それではそろそろ参りましょう?」


「そうですわね。では下賤なお二人にはモンスター寄せのこの匂い玉をプレゼント致します。そ~れ!!」


 ポイポイとさらに匂い玉を投げると煙幕のようにして俺を見る。俺は二人に頷くと時空魔術でゲートを展開する。


「んじゃ、二人とも、現実世界に戻るぞ? 今日は残ってたキングベヒーモスのお肉を使ったヒレカツとか作るから」


「衣を付ける料理ですね? 私もお手伝いします!!」


「それは楽しみですわ!! では、お二人とも、ご機嫌よ~!!」


 そう言って俺達はゲートに入って次の瞬間には俺の部屋に向かっていた。


「待ってくれええええええええええええ!!」

「置いていかないでえええええええええ!!」


 なんか聞こえたがガン無視してゲートを閉じると部屋は静かになった。そして気付いた。


「俺達三人とも土足じゃん……」


「「あっ……」」


 その後は俺たちは靴を置きに戻ったら、ちょうど帰宅したエリ姉さんと更に後ろにはなぜか生徒会の二人まで居た。





「なんで二人が? てかビルトリィーどう言うつもりだ? この二人抑えるのは中々に難しいんだが?」


「それは済まない。だが二人と君にも聞いて欲しい。不審者の話は知っているか?」


 そう前置きすると二人は今回は生徒会として俺たちに聞きたい事が有ると話し出した。まず生徒会の情報によると、ここ二、三日の間にカメラを持った不審者が目撃されているらしい。


「問題は目撃された容姿が違うと言う点から一人では無く複数居る可能性が有るのだ。私やナノが全力で走っても追いつけなかったから男か、かなりの足の速さだとも思う」


「いや、お前の全力は……そうか封印していたなお前、守ってたのか?」


「まあな、ナノを残して消されるわけないはいかないから……」


「尊ぉ~、私、一人になりたくないよ……」


 また始まったが、この際それは良い。そこで話をまとめると不審者は少なくとも三人居て内一人が浮浪者とは言わないがキチンとした格好では無くてカメラを持った男で、もう一人は黒いフード付きのコートを着ている人間でこれは男女不明だが、背の高さから男性の可能性が高い。


「そして最後の一人が?」


「ああ、魔力の残滓を微かに感じた……元同胞かも知れないのだ……それでお前に聞きたいから来た。お前が持っているのだろう? 我らの魔族大辞典を」


 魔族大辞典とは以前にも話したが魔王サー・モンローが配下の魔族を使役し把握するために利用していた辞典で、俺が異世界で一度目に奴を倒した後に奪い取ったものだ。現実世界に戻った後は、それを使って放課後などに街中に潜伏していた敵を皆殺しにした。


「ああ、今は俺の時空魔術の箱の中に入れて運用しているよ」


「なら話が早い。私以外の魔族が生きているか調べて欲しい。そして可能なら私の力を一時的に解禁してくれ。そうすれば私が後は始末を付ける」


 そう言って奴は俺に頭を下げて来た。隣の黒幕会長も慌てて頭を下げて来た。エリ姉さんは困惑していて反対に俺の後ろの二人は俺を睨んでいるのが分かる。


「それは出来ないな? 元四天王、愛欲のビルトリィー?」


 そう言って俺は奴を見て言った。後ろでは義妹たちのホッとしたため息が、前からは頭を下げたままの二人の肩が震えていて、思わずエリ姉さんが俺の方を見て懇願するような目を向けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る