第34話 こんなどうしようもない俺だけど、守りたいものができたから 2/2
「……ありがとう。読ませてもらったよ」
永遠にも思えるくらいの時間を置いて。
お
そして、天井を仰ぎ見るように顔を上げて――お義父さんは、問い掛ける。
「
ちょっとだけ怯みそうになるけど、俺は踏み留まって。
言い放った。
「はい。これがお義父さんの問い掛けへの『答え』――僕が
「――確かに。温かいメッセージだとは思う。だが、これはあくまで声優としての結花に対してのもの……ではないのか?」
「おっしゃるとおり、この手紙は
そして俺は、自分の素直な想いを紡いでいく。
万華鏡のようにころころと変わる――『彼女』の顔を思い浮かべながら。
「結花さんが和泉ゆうなとして演じた、ゆうなちゃんと出逢って……僕は生まれ変わった気がしました。結花さんが命を吹き込んだ、あの女の子の優しい声で――笑えなくなっていた僕は、笑顔を取り戻せたんです」
最初は、ゆうなちゃんだった。
二次元に存在するゆうなちゃんに、たくさんの元気と笑顔をもらった。
おかげで俺は、立ち上がる勇気を持つことができたんだ。
「それから僕は、和泉ゆうなさんにファンレターを送るようになりました。いつだって僕に元気をくれる彼女に……感謝の気持ちを伝えたかった。辛いことや悲しいことがあったときは、僕の言葉で少しでも――笑ってくれたらいいなって、思っていました」
次は、和泉ゆうなだった。
まるでゆうなちゃんみたいに、無邪気で天然な和泉ゆうなが、ずっと笑っていられるように。
永遠に応援し続けたいって、思ったんだ。
――――そして俺は。
最後に、
まだ桜が咲き誇っている……あの四月の日に。
「そんな和泉ゆうなさんが、親の決めた結婚相手だと知ったときは、本気で驚きました。だけど、僕が結花さんと一緒にいることを選んだのは……結花さんが和泉ゆうなだからとか、そんな理由じゃなくて。どんな彼女も――素敵な人だと、思ったからです」
ゆうなちゃんで。和泉ゆうなで。綿苗結花な――俺の許嫁。
出逢ってからこれまで、本当に色んなことがあったっけな。
楽しいこともたくさんあったし、とんでもない波乱が起こったりもした。
だけど、いつだって……結花が笑顔で、俺のそばにいてくれたから。
そんな結花の笑顔を守るためなら、俺は――どんなときも全力で、立ち向かうことができたんだ。
イベントとバッティングしてしまったボランティアのときも。
中学の辛い過去を乗り越えて頑張った文化祭も。
人生初の修学旅行とインストアライブの両立も。
――――いつだって。
「ゆうなちゃんだとか、和泉ゆうなだとか、綿苗結花だとか……もう関係ないんです。僕が――俺が。心の底から愛し続けたいと思ったのは、全部ひっくるめた彼女だから!」
親の離婚を目の当たりにして、中三で手痛い失恋を味わってから――俺は三次元女子との恋愛を避けるようになっていた。
周りから不要な批判を受けずに済むように、『空気』みたいに振る舞って生きていこうって、そんな風に思っていた。
だけど――こんなどうしようもない俺だけど。
絶対に守りたいものが、できたんだ。
「だから俺はこれからも……彼女の笑顔を、守っていきます。楽しくて思わず笑ってしまうような毎日を、一緒に作っていきます。それこそが、俺が――結花さんにあげられるものだと思うから!!」
そうだよ。俺は、綿苗結花を……ずっと守っていきたいんだ。
世界の誰よりも愛している、大切な俺の――許嫁を。
「……結花の笑顔を守り続ける。それが、遊一くんの――『答え』か」
お義父さんは、俺の言葉をなぞるように、ゆっくりとそう言ってから。
研ぎ澄まされた刃のような、真剣な眼差しで――俺を見据えた。
「もしも私が、娘はやらん……と言ったら。どうする?」
「絶対に諦めませんと答えます。何度否定されても、何度だって頭を下げに行きます」
「娘が欲しいのならば、一発殴らせてもらおう……と言ったら?」
「喜んで、この頬を差し出します。どんなにぶん殴られたってかまいません。それで、結花さんと一緒にいられるのなら」
「……本気、なんだな?」
「ええ」
お義父さんから、一切目を逸らさずに、そう答えてから。
俺は席から立ち上がり――全身全霊を込めた言葉を放つ。
「声優の和泉ゆうなさんも、人と喋るのが苦手で硬くなってしまう学校での結花さんも、無邪気で元気な素の結花さんも――全部ひっくるめて、愛しています。たとえ何千回、結婚に反対されても。俺は何万回だって、同じ気持ちを伝えにいきます。だから――」
そして、深く深く頭を下げて。
「お願いします、お義父さん! 結花さんを――俺にください!!」
――――まさにその瞬間だった。
ふすまが開け放たれて……涙で顔をぐしゃぐしゃにした結花が、駆け込んできたのは。
「え、結花!? 何をして――」
「私も、
そう叫ぶが早いか、結花はギューッと、俺に抱きついてきた。
「ちょっと待って結花!? 今は絶対、こういうのしちゃ駄目な場面だからね!?」
「いいの! だって私は、遊くんを……世界で一番、愛してるんだもんっ!!」
そんな小競り合いをしているそばで。
廊下の方から
「……ああ、もう。結花ってば、抑えが利かないんだから」
「ま、でも……こっちの方が、結花ちゃんらしくて、いいんじゃね?」
そしてそれに続くのは、ニコニコと和やかな笑みを浮かべたお
「え、何? ひょっとして、全員――外で聞いてたのか!?」
「遊一の、一世一代の頑張りだからね。いやぁ、お父さんは成長した息子が見られて、眼福だったよ!」
マジかよ……新たな黒歴史が刻まれたような気がして仕方ないんだけど。
思わず脱力してしまった俺から、結花はパッと身を離した。
そしてそのまま、畳の上で正座して――うちの親父に向かって、深々と頭を下げる。
「遊一さんを、ずーっと『お嫁さん』として支えていくって誓います! いっぱい笑顔にするって約束します!! だから……息子さんを、私にください!」
真剣にそんなことを言う結花に――親父は「ぷっ」と噴き出した。
そして、それが伝染したみたいに、みんなが笑いはじめる。
そんな空気の中で……お義父さんは、自身の懐に手を入れると。
厳格そうな見た目と不釣り合いな、ピンク色の便せんを取り出した。
…………って、え? それってまさか、『恋する死神』のファンレターの没案?
なんで、それをお義父さんが持って――。
「最初に結婚の話が挙がったとき、私はすぐには首を縦に振らなかった。けれど、これを
え、親父にもらった?
まったく話が呑み込めない中で、お義父さんは言葉を紡いでいく。
「結花が笑顔になれたのは、『恋する死神』――君のおかげだ。だから私は、佐方さんの提案を受け入れた。だが……和泉ゆうなではなく、綿苗結花を想ってくれているのか、それだけが不安でね。試すようなことをしてしまって――申し訳なかった」
「い、いや……それはいいんですけど……親父! なんで俺の手紙を、お義父さんが持ってんだよ!?」
頭の中がパニックすぎて、礼節とかそういうのが抜けちゃったけど……そんなこと気にしてる余裕もない。
だけど、当の親父はケロッとした顔で――なんでもないことみたいに言った。
「まぁ、そういうことだ……酔っ払って忘れたってのは嘘! ごめんな!!」
「やば……父さん、マジで言ってんの? 嘘吐きじゃん、怖っ」
「だって、こういうのは自分で答えを出さないと、意味がないでしょ? はっはっはっ」
なるほど……那由の嘘吐きは、この父親の遺伝だったんだな。
なんかもう、ツッコむ気力も薄れたよ……ここまで来たら。
「こちらこそ、遊一のことを――よろしくお願いしますね。結花さん」
それから親父は、結花に頭を下げつつ言った。
それに続くように、お義母さんが俺の前に歩いてきて……深々とおじぎをする。
「わたしは、結花と遊一さんは、とてもお似合いだと思うわ。だ、だから……娘をどうぞ、よろしくお願いいたします。遊一さん」
そんな大人たちの流れに触発されたのか。
那由と勇海も頭を下げて、思い思いの声を上げる。
「に、兄さんは駄目なとこもいっぱいあるけど! 本当に優しい人なんで!! 絶対、結花さんを幸せにするって誓えるから――よろしくお願いします!」
「結花は、頑固なところもあるし、抜けてるところもありますけど……誰よりも優しい、自慢の姉さんだから。だからどうか……よろしくお願いします」
――なんだか、挨拶合戦のような様相を呈しはじめた、家族の顔合わせ。
そんなドタバタの中、俺は改めて、お養父さんに挨拶をしようとする。
「お義父さん。なんだか大騒ぎになってしまって、すみません。えっと……改めてなんですけど。結花さんを、僕に――」
「……何度も言う必要はないよ。君の気持ちはもう、分かっているから」
俺の言葉を遮るのと同時に。
ずっと硬い表情をしていた、お義父さんが……ふっと微笑んだ。
その笑い方は、なんだか。
学校結花が、素の表情を見せたときに似ているような――そんな気がした。
「遊一さん。娘を――結花を、どうぞよろしくお願いします」
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