第27話 【この結婚の】父、帰る【主犯格】 1/2

 新年が明けてから、早いもので一か月弱。


 一月の後半に差し掛かって、俺の心はそわそわと落ち着かなくなっている。


 だって明後日には、うちと結花ゆうかの実家の――顔合わせの集まりが、開かれるのだから。



「……俺が結花に、あげられてるもの、か」


 自室の椅子に座ってぼんやりとしながら、俺は年始に結花のお父さんに言われた言葉を反芻していた。



 来夢らいむから、中三の冬の真実を聞いて。

 自分が恐れていた三次元女子が、幻想だったと分かって。


 俺は今まで以上に……結花と前に進んでいきたいと思うようになった。



 ――結花がそばにいるから、俺は来夢の話を聞いても、受け止めることができたし。


 ――結花がそばにいるから、俺は毎日を、穏やかな気持ちで過ごすことができている。



 結花からもらってるものは、たくさんある。

 それじゃあ、自分が結花にあげられてるものって――なんだろう?



「しかし……このおみくじ、完璧に当たってたよなぁ」


 机の上に置いたおみくじを、俺はため息を吐きつつ眺める。



◇縁談『思わぬ躓きあり。心を強く持て』



 本当に、思わぬ躓きだった。


 うちの親父が、得意先のお偉いさん――結花のお父さんと知り合って。

 結花の一人暮らしを心配した向こうから、この結婚話を持ち掛けられた。


 そう理解していたからこそ、緊張はしていたけど……初めての挨拶だって、スムーズに終わるもんだとばかり思っていた。



 それがまさか、こんなに悩む羽目になるなんて。


 まぁ、油断しすぎだって言われちゃうと……それまでなんだけど。



「とにかく。うちのくそ親父に、ちゃんと事情を説明してもらわないとな」



 明日――金曜日の夕方。

 顔合わせの前泊ということで、うちの親父と那由なゆが、我が家にやってくる予定だ。


 そこで絶対、親父に吐かせてやる。


 結花のお父さんの質問への答えも、考えないといけないのは分かってるけど……そもそも、この結婚はどういう経緯ではじまったものなのか。



 その真相を聞かないことには――先に進めない気がするから。



          ◆



 ――――ガチャンッと。

 夕陽が射し込むリビングに、大きな音が響き渡った。


 俺は慌てて、キッチンの方に駆けつける。



「結花、大丈夫!?」


「う、うん……ごめんね。お皿、割っちゃった」


「怪我してない!?」


「シンクの中で割っちゃったから、怪我とかは大丈夫だよ……ごめんなさい」


「怪我してないんだったら、皿の一枚くらい別にいいって」



 心底ホッとしてそんな風に言うと、結花がもじもじしながら、上目遣いに俺の方を見てきた。



ゆうくんって、本当に優しいんだなぁ。ありがとう……大好きっ」



 ニコッとはにかむように笑ってそう言うと、結花は掃除用具を取りに行った。


 すると――ガタガタッと。

 なんか大きな音が、再び響き渡った。



「結花、どうしたの!?」



 俺が急いで、リビングの方に駆けつけると。

 そこには……掃除機の下敷きになってる結花の姿が。



「ご、ごめんね遊くん……掃除機を運んでたら、なんかうにゃーってなって、こうなっちゃった」


「うにゃーに汎用性を求めないで!? 全然分かんないけど、怪我とか大丈夫そう?」


「うんっ。ちょっと痛かったけど、全然へーきだよっ」



 そう言って、いつもどおりにニコニコ笑ってるけど。

 なんだかさっきから、やたらと危なっかしい結花に――違和感を覚える俺。



「ひょっとして……親父が来るからって、緊張してる?」

「へっ!? ま、まさか! そそそそそ、そんなことは、ななななな、ないよー!?」



 尋常じゃなく噛んでるし。

 めちゃくちゃ緊張してるじゃん……まぁ、俺も人のこと言えなかったから、気持ちは分かるけども。



 取りあえず、割れた皿とか掃除機とか片付けてから、結花をソファに座らせると。

 俺もその隣に腰掛けて、結花に言い聞かせる。



「前にも言ったかもしれないけど……うちの親父は、いつもへらへらしてて、あんま深いこと考えてない奴だから。緊張する必要ないっていうか、まともに取り合わなくていいからね?」


「言いすぎじゃない!? お嫁さんが義理のお父さんとまともに取り合わないとか、ヤバい子すぎるじゃんよ!」


「いや、いいよそれで……自分の子どもを勝手に結婚させるような、非常識の代表みたいな大人だし」



 とかなんとか話していると――玄関のチャイムが、ピンポンと鳴った。



「きゃー!? き、来ちゃったよ遊くん!? ど、どうしよう?」


「しばらく無視しよう」


「なんで!? もー、遊くんってば、私の立場も考えてよ!」



 結花はそう言い残すと、慌てて玄関の方へと走っていった。

 俺もしぶしぶ、その後を追い掛ける。気乗りしないけど。


 そして、結花は頬をむにむにして、表情を整えてから――玄関のドアを開けた。



「は、初めまして! いつも遊一ゆういちさんにはお世話になっております、綿苗わたなえ結花です!!」


「ええ、存じ上げてますよ――可愛い子猫ちゃん? どうも。いつも結花のお世話をしてます、可愛い妹の綿苗勇海いさみだよ?」


「帰れ」



 有無を言わさぬ速度でバタンと、結花がドアを閉めた。

 閉め出された形になった勇海は、外からドアを叩いてくる。



「ごめんってば、結花。結花がかしこまった挨拶をしてきたから、ついからかいたくなっちゃった……それだけなんだよ?」


「それに怒ってるんだってば! っていうか、なんで勇海がいるのよ! うちのお父さんとお母さんが来るのは、明日のはずでしょ!?」


「ふふ……少しでも早く結花に会いたくて、僕だけ前乗りを――」


「もう帰れー! 明日、出直せー!!」



 さっきまでの緊張が嘘のように、綿苗姉妹らしい小競り合いがはじまった。


 ……お義母かあさんがいるときは常識人だったけど、やっぱり勇海は勇海なんだよなぁ。



 なんて、益体もないことを考えていたら。

 勇海がドアを叩く音が、ピタリとやんだ。



「あれ? 勇海、本当にどっか行っちゃった?」

「油断しないで、遊くん! あの子がこんな簡単に引き下がるなんて思えない……これは罠に違いないもんっ!!」



 酷い言われよう。日頃の行いって大事なんだな……。


 そんなタイミングで――トントンッと。

 再び玄関のドアを叩く音が、聞こえてきた。


 結花はムッとした表情のまま、ドアの向こうへと話し掛ける。



「……私は、怒ってます。お義父とうさんが来たと思って、めちゃくちゃ緊張してたのに、いじってきちゃってさ。謝るつもりは、あるの?」


「――えっと。僕は本物の、遊一のパパだよ?」


「あー! こっちが譲歩したってのに、また馬鹿にしてー!! もう、ぜーったい許さないもんね! 帰れー! わー!!」



 ――ん? 今の声って……。



「結花、ちょっと落ち着いて。それ、勇海じゃな――」

「遊くんに言われたって、許さないもんっ! 勇海のばーか! ばーか、ばーか!!」


「――ぶっ! ウケる! 勇海、マジで帰ったら?」

「うるさいな、那由ちゃんは……ああ。この状況を見たら、結花ってば、もっと怒るんだろうな……」



 勇海が那由と話している声が、結花の耳にも届いたらしい。

 声を上げようと口を大きく開けたまんまの状態で、完全に固まっている。


 そんな結花に追い打ちを掛けるように。


 その男は――俺の親父は、困ったような声で言った。




「元気なのは、いいことだと思うんだけどね? 取りあえず、家に入れてほしいなぁ……結花さん?」

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