第24話 許嫁の愛が大きすぎて、身の危険を感じたことある人いる? 2/2

 ――そんな結花ゆうかの暴走は、学校でも続いていた。


「……おーい、結花? どこにいるの、こんなところに呼び出して?」



 帰り支度をしようと、机の中に手を入れたら――ピンク色の便せんが入っていて。


 結花の字で『放課後、体育倉庫で待ってる』なんて書かれてたから――言われたとおり、体育倉庫に来てみたはいいんだけど。


 別に家で話せばいいのになぁなんて、頭の中に疑問符が浮かんでしまう。



 そうして、俺が体育倉庫に足を踏み入れて、結花を探しはじめたところで。


 唐突に――体育倉庫の扉が閉じられた。



「え、な、なに!?」

「――隙ありっ!!」

「ぎゃっ!?」



 視界が真っ暗になったことで、半ばパニックになってる俺の腹部に、何者かのタックルが炸裂。その勢いのまま、俺はマットに倒れ込む。


 そして、暗闇に目が慣れてきて――俺に馬乗りした体勢になってる相手の輪郭が、段々と浮かび上がってきた。


 ふわふわ揺れるポニーテール。細いフレームの眼鏡。学校指定のブレザー姿。


 そう、これは完全なる――学校結花だ。



「どういう状況なの、結花? ほら、こんなところに二人っきりでいるのを見つかったら、色々まずいから……取りあえず家に帰ってからにしようよ」


「家で甘えるのは、もういっぱいやったもん」


「いや、そりゃあそうだけど……じゃあ、どうしたらいいの?」


「……うにゅ」



 小さな声でそう呟くと、結花は……自分の制服のボタンを、外しはじめた。



「ちょっと結花!? 何しようとしてんの!?」


「……好きな人をドキドキさせられる、学校のシチュエーションを勇海いさみに聞いたらね? 体育倉庫で二人っきりになって……せくしーに迫ることだって言うから」


「結花っていつも、聞く相手を間違ってるよね……申し訳ないけどあのコスプレイヤー義妹、世間一般と乖離した意見の持ち主だからね?」



 勇海とか那由なゆとか二原にはらさんとか鉢川はちかわさんとか。

 俺の周りって、バイアスの入った意見を言う人しかいねーな。


 ……なんて、心の中でツッコんでる間にも、結花はボタンを外していき。


 最終的に制服を脱ぎ捨てた結花は……床に手をついて女豹のような格好になった。



 結花の上半身を覆っているのは、大人っぽい黒のブラジャーのみ。

 そして女豹のポーズで俺の眼前に迫ってくる――眼鏡を掛けた結花の、紅潮した顔。



 セクシーかつ大胆な迫り方と、普段はお堅い学校結花の、異色のコラボ。

 こんなんされたら、いくらなんでも……心臓がはち切れるかもしれない。


 なんて、ボーッとしてる俺の頬に――結花がそっと、手を添える。



「ここ何日か、いっぱい私から甘えて、ゆうくんを楽しい気分にさせちゃおう作戦! ……ってやってたんだけどね? なんかうまく励ませなくって……ごめんね遊くん」



 確かにここ数日、尋常じゃなく甘えっ子モード全開だったけど。

 結花的には、俺に楽しい気分になってほしくてやってたってことなのか。



「気持ちは分かったけど……励ますって、一体なんの話?」


「――来夢らいむさんから昔の話を聞いて、きっと遊くんは辛かったはずだから。いっぱい励ましたいって、そう思ってたの。だって、全然関係ない人が流した噂が原因で、遊くんはずーっと、傷ついたままだったんでしょ? そんなの……辛いに決まってるじゃんよ」



 ぽたりぽたりと、温かな雫が滴って、俺の頬を濡らしていく。

 それは――結花の瞳から零れ落ちた、優しい涙。



「悲しかったり辛かったりすることが、いっぱいあった遊くんだもん。だから私は――楽しい思い出や明るい思い出を一緒に作って、遊くんに少しでも笑ってほしいの。どんな遊くんだって好きだけど、やっぱり私は……笑ってる遊くんが、一番好きだから」


 ――来夢と話した日。二原さんにもそんなことを言ってたっけ。



 綿苗わたなえ結花っていう子は、いつもそうだ。


 まるで自分のことみたいに、俺や家族や友達やファン……自分が大切にしてる人の、幸せや笑顔を願っていて。


 そのためだったら、いつだって――全力で頑張ろうとするんだ。



「大丈夫だよ、結花。結花が一緒にいるだけで、俺はたくさん……笑えてるから」



 そんな結花の肩に、そっと触れる。


 びっくりしたのか「ひゃうっ!?」なんて、可愛い声を上げる結花に……思わず噴き出してしまう。



「確かに、思うところはあったけどさ……安心したところもあったんだよ。俺はずっと、告った噂を広めた『野々花ののはな来夢』っていう女子がトラウマになって、三次元女子との恋愛に怯えてた。だけど――そんな『野々花来夢』はいなかったって、分かったから。そうやって自分の過去を整理できただけで、よかったんだよ」


「でも……噂がなかったら、遊くんは来夢さんと、ここまで疎遠にならずに済んだかもしれないんだよ?」


「……今の俺にとって大切な人は、昔好きだった女子じゃないから」



 少しむず痒いけど。ここで言わなきゃ、男じゃないから。


 俺はじっと、結花の目を見つめて――素直な気持ちを伝えた。



「もしもの話は必要ないよ。だって、今の俺が誰より好きなのは……結花なんだから」



 柄にもないほどキザなことを言っちゃったな……なんて思ってると。

 結花が物凄い勢いで、俺に抱きついてきた。


 しかも、結花の胸の谷間に、俺の顔が埋まるような体勢で抱きつかれたもんだから。


 ――ブラジャーしか身につけてない、結花の肌の温もりが、じかに伝わってくる。



「…………好き。すっごく好き。好きすぎて……おかしくなっちゃう」



 結花の囁き声が、耳をくすぐる。

 結花の甘い匂いが、鼻孔から脳内へと流れ込んでいく。



「……ん? おーい、誰かいるのかー?」



 ――――そんな、がっつり最悪のタイミングで。


 体育倉庫の扉をゴンゴン叩く音とともに、郷崎ごうさき先生の声が聞こえてきた。



 いくらなんでも、これはまずい。

 今見つかったら、どう足掻いても不純異性交遊の現場と思われてしまう……!!



「結花、いったん隠れ――」


「ひゃうっ!? ……ゆ、遊くん、息を吹きかけちゃ、だーめぇ……んっ……」


「ちょっ!? 取りあえず離――」


「――っ!? んにゅ……おかしくなっちゃう、ってばぁ……っ!」



 俺が喋ろうとすれば、結花はもぞもぞして、さらにギューッと抱きついてくるし。

 郷崎先生は繰り返し、扉をゴンゴン叩いてくるし。


 どうしようもない状況下で。本気で血の気が引いていく中で。

 …………俺は八つ当たり的に思ったね。



 家族の顔合わせで会ったときは、絶対に――勇海にお説教してやるって。




  ※ちなみにこの後、たまたま通り掛かった二原さんに、うまく助けていただきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る