第33話 どんなに寒い夜だって、みんなでいれば温かいって知ったから 1/2
ギコギコと、揺らすたびに嫌な音のする、年季の入ったブランコが二つ。
その片方に腰を掛けると、俺はふっと……隣のブランコを揺らしてる少女に、視線を向けた。
腰元まである、長い黒髪。
前髪と両サイドをまっすぐ切り揃えた、姫カット。
そしてまるで、おとぎ話のお姫さまみたいな、女子っぽさ全開の服装。
そう、彼女は――こんな遅い時間に、ぽつんと一人で公園にいた『幽霊少女』。
「なぁ……もう一回言うけど。こんな寒いところにいたら、風邪引くよ?」
「……風邪引いたって、いいもん」
駄々をこねる子どもみたいに、彼女は小声で呟いた。
「君がよくても、家族は心配なんじゃない? 君が体調を悪くしたら」
「……そうかもしれないね。こんな悪い子なのに、家族はいつも優しいから」
「悪い子って?」
「……わたしばっかり、色んなものをもらってるんだよ。物とかじゃなくって、楽しいこととか嬉しいこととか――そういうのを。だけどわたしは、何もお返しできてないの。それどころか……迷惑ばっかり、掛けちゃってる」
「お返しをしようなんて、随分優しいんだな」
「……普通だよ。思ってもできてないんだから、むしろ駄目な子」
「そんなことはないと思うけど。うちの妹なんか、クリスマスに土地買えだとか、無茶なこと言ってきてたからな……爪の垢でも煎じて呑ませてやりたい」
俺に対して、つっけんどんな態度ばっかり取ってきて。
変ないたずらを仕掛けては、大騒ぎを巻き起こして。
まったく――とんでもない妹だよ、あいつは。
「そんな傍若無人な妹なんだけどさ。なんかここ最近……気持ち悪いくらい、遠慮ばっかりしてるんだ。クリスマスが近づいてきた頃からなんだけど」
「……そうなんだね。何か思い当たること、ないの?」
「そうだな。強いて言うなら……許嫁ができたこと、くらい?」
「……それって結構、大きな出来事なんじゃない? お兄ちゃんに許嫁ができたら……妹だったら、色んなことを考えると思うもん」
「たとえば、どんなことを?」
俺が何気なく問い掛けると、彼女はしばらく黙り込んだ。
それから、しばらくすると――独り言ちるように言った。
「おめでとうって、喜ぶ気持ち。幸せになってほしいって、願う気持ち。でも自分にもかまってほしいなって、嫉妬する気持ち。それから…………もう自分だけのお兄ちゃんじゃないんだって、寂しい気持ち」
「――そうなんだね」
彼女の言葉は、思いのほか……胸の奥の方を刺激して。
俺はぐっと、歯噛みした。
「俺さ、あいつが小さかった頃に……クリスマスは家族で一緒に過ごそうって、約束したんだよ。だから今年も、俺はあいつと――クリスマスを過ごしてやりたかった」
「……優しいお兄ちゃんなんだね」
「だけどあいつ、今日に限って体調を崩しちゃって。だからデートを切り上げて、急いで帰ったんだけど……それを見て、泣きながら怒って。家を飛び出していった」
「……そっか。随分とわがままな妹さんだね」
消え入りそうな、切ない声。
そんな彼女をちらっと見て、俺は尋ねる。
「なぁ、妹が家を飛び出したのは――さっき君が言ってた、どの気持ちなんだと思う?」
「……全部じゃないかな」
「全部?」
想定してない答えだった。
驚いてる俺を尻目に、彼女は言葉を続ける。
「……素直じゃないんだと思うよ。お兄ちゃんに大切な人ができたのは嬉しいけど、やっぱりかまってほしいから、ちょっかい掛けて。だけど、一番願ってるのは……二人が、幸せになることで……だから、邪魔したく……なくって……」
話しているうちに、彼女の声が震えていくのを感じた。
だけど俺は何も言わず、彼女の言葉に耳を傾ける。
「邪魔したく、ないのに……本当は寂しいから。クリスマスを一緒に過ごそうって言われたら……嬉しくなっちゃって。本当は、邪魔になるって分かってたのに……っ! ……そんな自分が、どうしようもなく……嫌い」
「俺たちは、全然邪魔なんて思ってないし。あいつとクリスマスを一緒に過ごしたいって、思ってんのにな」
それは俺が、那由に直接言いたかった気持ち。
その言葉を聞いた彼女は――ふぅっと息を吐き出した。
「――わたしのお兄ちゃんはね。本当に優しいんだよ。昔も今も……ずっと」
――――お兄ちゃん、か。
昔はそうやって、俺のことを呼んでたっけ。
髪型だって、今みたいなショートヘアじゃなくって。
女の子っぽい格好が好きで。喋り方も甘えたような感じで。
本当に、本当に……可愛い妹だった。
まぁ可愛い妹なことは――今も変わんないけど。
「クラスの子たちにからかわれて、自分に自信がなくなったときも……母さんがいなくなって、寂しくて辛かったときも……お兄ちゃんはいつも、わたしのそばにいてくれた。自分だって辛いはずなのに、お兄ちゃんは……いつも隣で、笑ってて……くれたんだ」
「……そんなたいした兄じゃないよ、俺は」
「そんなことない! お兄ちゃんは優しいよ! お兄ちゃんがいたから、わたしは今日まで……笑っていられたんだもの」
そして彼女は、ふっと顔を上げた。
その瞳からぼろぼろと、無数の涙の雫が零れ落ちていく。
「恥ずかしいから、いつも口が悪くなっちゃって、ごめんね。ときどき焼きもち焼いて、『けっ!』とか言っちゃって、ごめんね。こんな馬鹿な妹なのに、いつも大事にしてくれて……ごめんね。ありがとう」
そして『幽霊少女』は――ううん。
俺の妹、
昔みたいな髪型に、昔みたいな格好のまま。
しゃくり上げるように泣きながら、言ったんだ。
「わたしは――あたしは! 兄さんのことが好きなんだよ……大好きなんだよ! いつだって、あたしを支えてくれた……ずっとずっと大好きな、兄さんなんだよ……っ!!」
その言葉に弾かれるようにして。
俺はブランコをおりると――ギュッと、那由を抱きすくめた。
小さい頃、泣き虫だった那由に……そうしていたように。
「……あたしね、嬉しかったんだよ。誕生日にさ、リモートでお祝いしてくれて。結花ちゃんって優しいよね。あたし――結花ちゃんのことも、大好き。本当に優しくて、素敵な人だから……兄さんを幸せにしてくれるって、信じてんだ」
「……そっか」
「だからクリスマスは、邪魔したくなかったんだよ。兄さんと結花ちゃん二人で、幸せに過ごしてほしかった。あたしのことなんて、いいんだよ……寂しくたって、我慢できるし。だってあたし、昔より強くなったんだから。なのに――体調崩しちゃってさ。必死に隠してたのに、結局バレて、全部台無しにしちゃって。馬鹿じゃん……あたし」
視界がなんだか、ぼやけていくのを感じた。
口元が勝手に震えてくる。
それでも俺は――必死に声を絞り出す。
「……馬鹿は俺の方だよ、那由。ごめんな――ごめん」
俺は力を緩めると、ポンッと那由の肩に手を置いて。
昔みたいに長い髪で、泣いている那由のことを、まっすぐに見つめる。
「いつの間にか、昔とキャラが変わってさ。つっけんどんで、やさぐれてて――だから、那由は強くなったんだって、勝手に思い込んでた。鈍感すぎる馬鹿な兄だよ、本当に……お前のこと、なんも見えてなかった……」
「…………やめて!」
俺の手を振りほどくと、那由は立ち上がって、俺から距離を取った。
そして、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま。
叫ぶように、言った。
「やめてよ、寂しくなっちゃうでしょ! あたしはもう大丈夫だから!! 兄さんは結花ちゃんと幸せになってよ……いっぱい笑っててよ!
「――――怒るよ、那由ちゃん?」
そのときだった。
まるで天使の奏でるハープみたいに……柔らかくて優しい声がしたのは。
俺と那由は、同時に声のした方を振り返った。
そこにいたのは、俺の許嫁で、那由の義理の姉――。
そう――
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