第31話 【炎上】聖夜に帰宅したら、とんでもないことになった 1/2

 ――ゆうにいさん、大変なんです!

 ――那由なゆちゃんが、熱を出してて……。



「――え、那由ちゃんが!? 大変じゃんよ、遊くん!!」

「……ああ」



 勇海いさみからの電話の概要を伝えたら、結花ゆうかは血の気が引いたように真っ青になる。


 きっと俺も、同じくらい表情が硬くなってんだろうな。

 壊れそうなほど強くスマホを握り締めると、俺はグッと脚に力を込めた。


 ――――だけど。



「え? どうしたの遊くん?」



 俺は走り出せなかった。


 当然、那由のことは心配だ。

 あんな生意気な奴だけど、俺にとって――たった一人の、大事な妹なんだから。


 でも……あんなに無邪気な顔で、デートプランを語っていた結花のことを思うと。

 胸がズキリと痛んでしまって――。



「――怒るよ、遊くん?」



 今まで聞いたことないくらい低い声で、結花は言うと。


 躊躇してる俺の手を、ぐいっと思いっきり引っ張った。



「遊くん! 私とのデートなんて、いいから! 早く那由ちゃんのところに行こ? 私たちの――大切な『妹』のところに!!」



          ◆



 遊園地を出た俺たちは、電車に飛び乗って。

 最寄り駅に着いたら、全力疾走して――家まで帰ってきた。


 額から流れ落ちる汗。


 あまりに全力で走ったもんだから、結花は玄関のところで、膝に手をついて呼吸を整えている。



「結花、先に行くね!」



 申し訳ないけど、俺はスニーカーを脱ぎ捨てると、一人で階段を駆け上がった。

 そして開けっぱなしになってる那由の部屋に――勢いよく飛び込む。



「那由! 大丈夫か!?」


「ゆ、遊にいさん! ごめんなさい、僕……柄にもなく、焦って電話してしまって」


「なに言ってんだよ。助かったよ……ありがとな、勇海」



 男装スタイルのまま、しょげなくてもいいって。

 勇海の肩をぽんっと叩いてから、俺は――那由のベッドのそばに寄った。


 パジャマ姿で。

 氷枕を頭の下に置いて。

 那由はだるそうに、寝転がっている。



「……すげぇ調子悪そうじゃないかよ。那由、大丈――」

「……なんで、帰ってきたわけ?」



 少し息苦しそうに、那由は上体を起こすと。


 未だかつてないくらいの眼力で――俺を睨みつけてきた。


 熱のせいだろうか、その目尻には――涙が滲んでるように見える。



「なんでって。そりゃお前が熱を出したって聞いたから……」

「馬鹿じゃないの!? 帰ってくんなって、言ったのに!!」



 叫ぶようにそう言って、那由は氷枕をぶん投げてきた。

 べしゃっと、俺の脚に氷枕が当たって、カーペットの上に落ちた。



「……言ったっしょ? あたしはいいから、二人のデートを優先しなって! あたしのことはおまけでいいからって!! ふざけんなし、マジで……なんのために、あたしが体調悪いの隠してたと――!!」



 言い掛けたところで、那由はハッとなって、自分の口を手で塞いだ。


 そして……肩を震わせながら、その場で俯く。



「……那由。お前まさか、朝から熱があったのか……?」

「――っ! うっさい……うっさいんだよ、馬鹿!!」



 感情的になった那由は、ベッドの横に置いてあった小さな黒いバッグを肩に掛けると、勢いよく立ち上がった。



「な、那由ちゃん!? 待ちなよ、熱があるんだよ!?」

「うっさい、放っといてよ!」



 止めようとした勇海を、バッグを振り回して遠ざけると。


 那由はパジャマ姿のまま――階段を駆け下りていった。



「――きゃっ!? え……那由ちゃん!? どこ行くの!? 待ってよ!」



 一階から、結花が声を張り上げるのが聞こえた。


 俺と勇海が急いで階段をおりると……廊下にへたり込んでる結花がいた。



「……ごめん、遊くん。那由ちゃん、すっごい勢いで……止められなくって……」

「大丈夫。気にしないで、結花」



 落ち込んでる結花の頭を軽く撫でてから。

 俺は雑にスニーカーを履いて、我が家を飛び出した。


 冬の夜の空気が、汗の引いてきた身体を一気に冷やして、ぞくっと震えてしまう。



「あの馬鹿……どこに行ったんだよ? こんな寒い中、熱まであるってのに……」



 苛立ちとか焦りとか、色んな感情が、頭の中をごちゃごちゃ巡っていく。


 自分でも、自分の気持ちが分からない。

 分からないけど、ただ――早く那由を見つけなきゃって。


 その思いだけで、俺は走り出そうとする。



「ゆ、ゆう……くん……っ!」



 ――そんな俺の後ろから、結花のか細い声が聞こえてきた。


 振り返ると、ぜぇぜぇと荒い呼吸で走ってくる、結花の姿があった。


 俺は慌てて駆け寄ると、結花の身体を抱きとめた。



「結花、大丈夫!? 無理しないで」

「う……うん……だいじょーぶ」



 どう見ても大丈夫じゃないでしょ……いつも無茶するんだから、結花は。



「……那由ちゃんを捜しに行くんなら、私も行く。勇海には、帰ってきたときのパーティーの準備をお願いしておいたから――早く那由ちゃんを見つけて、クリスマスパーティーしようね?」



 こんな状況だってのに、呑気なことを言って。

 いつもと変わらない、満面の笑みを浮かべる結花。


 そんな結花を見ていたら……すっと自分の頭が、冷静になっていくのを感じた。



「でね? 捜しに行くのに……これだけ、渡しておきたくって」



 そう言って結花は、右手に持っていた紙袋から――あまり手慣れてない感じの包装がしてある『何か』を取り出した。



「――え? 結花、それ……ひょっとして、クリスマスプレゼントなんじゃ……」



 ――クリスマスといえばプレゼント交換! 絶対しようね、遊くん!!

 ――一番盛り上がるタイミングを、ばっちり考えてますっ!



 プレゼント交換を、めちゃくちゃ楽しみにしていた結花の姿が、頭の中を巡っていくそばで。

 結花は躊躇することなく――ビリビリッと、包装紙を破いた。



 多分だけど、結花が自分で包装したんだと思われる、そのプレゼントは――。



 手編みの、手袋だった。



「えへへっ、びっくりした? 遊くんに見つからないように手袋を編むの、大変だったんだからね?」


「……なんで? だって結花……あんなにプレゼント交換を、楽しみにしてたのに……」


「だって、こんな寒い中で那由ちゃんを捜すんだもん。ここで使ってもらわないと、せっかくの手袋がもったいないじゃんよ」



 後悔も落胆も一切ない――まるで夜空に輝く星みたいに、綺麗な笑顔で。

 結花はそっと俺の手を取り、手編みの手袋を渡して……言ったんだ。



「それにね? デートとかロマンチックとか、そんなことより――家族の方が、ずっと大事に決まってるでしょ」

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