第25話 【アリラジ特番】『ゆらゆら★革命』、動画でも可愛すぎ問題 1/2

「……ただいま、兄さん」


 帰ってきたかと思えば、玄関先でなんかうな垂れてる我が愚妹――那由なゆ


 何この、借りてきた猫みたいな態度。

 大体いつもアポなしで帰ってくるくせに、今日は事前にRINEで連絡してきたし。


 普段と違いすぎて、もはや怖いよ兄さんは。

 別な世界線からやってきた、アナザー那由なんじゃないかとすら思っちゃう。



「あれ……結花ゆうかちゃんは?」

「ああ。結花なら買い物に行ってるよ」



 今日はクリスマスイブ。

 そして明日は――いよいよクリスマス。


 それもあって、結花は張りきって「明日の料理の材料、いーっぱい買ってくるね!」と出掛けていったわけだ。



「そっか……ありがと、二人とも」



 ショートヘアの毛先を指先でくるくるしつつ、那由は呟いた。


 Tシャツの上に羽織ったジージャン。

 ショートパンツから覗く、細い脚。


 まだ成長途上な体つきだから、可愛い系の男子なんだかボーイッシュな女子なんだか、パッと見だと判別しづらい。



「結花に聞かれてさ。お前の好きそうな料理、いくつか伝えといたから……期待して待っとけよ」


「あんまり気合い入れられたら、逆に申し訳ないんだけど」



 そう言いながらも、ちょっとだけ口元を緩ませる那由。


 そうそう。普通に楽しみに待ってればいいんだよ……変に遠慮せずにな。



「じゃ、取りあえず部屋に荷物置いてくる。なんか手伝うことあったら、言って。やってもらってばっかじゃ、さすがに悪いし」


「――それじゃあ、お言葉に甘えて。頼みたいことがあるんだ、那由」


「え? 何?」



 食い気味に俺が言うと、那由はびっくりしたように顔を上げる。


 そんな妹の目を、俺はじっと見つめて……言った。



「頼むっ! お前のスマホを使って――『アリラジ特番』を視聴させてくれ!!」

「…………はぁ?」



          ◆



「――『ラブアイドルドリーム! アリスラジオ☆』! 『ゆらゆら★革命』デビュー記念、緊急特番!!」


「はじまるわ……覚悟はいい、ゆうな?」


「はいっ! 頑張りますっ、らんむ先輩!!」



 那由のスマホから、夢と希望と世界平和が詰まったボイスが聞こえてきて。

 しかも画面には、着席したまま手を振っている、三人の美少女が映し出されていて。


 …………なんか涙が出てきた。



「え……兄さん、なんで泣いてんの?」


「悪いな。なんか、地球に生まれて良かったって、命の尊さを感じてさ……」


「ごめん。久しぶりに、マジできもいんだけど?」



 隣に座ってる那由が、割と本気でドン引いた顔してやがる。


 引きたければ引け。笑いたければ笑え。


 それでも――『アリステ』を愛する気持ちを、止めることなんてできないから。




 ――『アリステ』のネットラジオである『アリラジ』。


 そこでのトークがバズったことからはじまった、和泉いずみゆうなと紫ノ宮しのみやらんむのユニット『ゆらゆら★革命』。


 そんな最強のユニットによるインストアライブ、その最終公演が間近に迫ったところで――『アリラジ』スタッフは、とんでもない企画をぶち込んできた。


 それがこの……声優三人による、十五分のトーク特番! しかも動画付きで!!




「ったく。いきなり何を頼んできたのかと思ったら……あたしのスマホを使って、この特番を観たいって? なんなの、ふざけてんの? 動画くらい、自分のスマホかパソコンで観ろし。マジで」


「……できねぇんだよ。結花が恥ずかしがって、絶対に視聴を阻止しようとするもんだから――『アリラジ』関係は、スマホでもパソコンでも観られないように、変なロックが掛けられてんだよ!!」


「妻にAV禁止されてる夫みたい」



 すっげぇ的確な気もするが、中二女子から出るたとえとは思えねぇ。


 ――『アリラジ』を巡る、終わりなき戦い。

 かれこれどれくらい、争ってきたことだろう……。



 結花がいない隙に聴いたこともあった。

 結花が寝てる隙に聴いたこともあった。


 怒った結花にパソコンからのアクセスをブロックされたときは、無人の那由の部屋に隠れて、スマホで聴いた。


 それでさらに怒った結花が、スマホからのアクセスまでブロックしたもんだから、鉢川はちかわさんの家に駆け込んで聴かせてもらった。


 結果、めちゃくちゃ怒られて――「次に見つけたら、お仕置きするからね!」と、最後通牒を出されたんだよね。



「えっと……馬鹿なの、マジで? 次がもうないんなら、視聴すんな。諦めろし、試合終了っしょ」


「ふざけんな。ゆうなちゃんが関わる番組をチェックしないとか……それはもう、死んでるのと一緒だろ! 俺を誰だと思ってんだ……『恋する死神』だぞ!?」


「知らんし。そんな、フォーチュンクッキーみたいな名前に対するプライドとか」



 しらけた顔をしながら、那由は深くため息を吐く。


 だけど……那由も『アリラジ』に興味があるのか、スマホ画面に顔を向けた。



「和泉ゆうな――あたしも前に、ネットで調べてみたことあるけど。この子が、結花ちゃんなんでしょ?」


「ああ。ちなみに和泉ゆうなが演じるゆうなちゃんは天然無邪気で、その魅力は――」


「聞いてないのに語んなし……ま。あたしも結花ちゃんの声優活動、観てみたいから――今日のとこは、見逃してあげるわ。マジで」




 そんな感じで、那由との話がついたので。


 俺と那由は『アリラジ特番』を、兄妹で視聴することとなった。

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