第22話 【北海道】俺と許嫁、夜更けに……【Part3】 2/2

『……ん? 兄さん、ひょっとしてなんか、電話のタイミング悪かった?』

「い、いや! 全然そんなことないけど!?」



 ――――灯りの落ちたラブホテルの魔力で。


 お互い気持ちが昂ぶり、ベッドの上で抱き締め合ってた、俺と結花ゆうかなんだけど。


 俺がスマホをマナーモードにしてなかったもんだから……ピリリリリリリッ♪ って、RINE電話の着信音が鳴り響いて。



 その瞬間――俺と結花はどちらからともなく、バッと離れたってわけ。



『えっと……マジで今じゃなくていいんだけど? 別に迷惑掛けたくって、電話したわけじゃないし』



 なんで今日は殊勝な態度なんだよ。いつもみたいに毒づけよ。

 気を遣われたら余計に、さっきまでのことを思い出して悶えそうになるんだって……。



「……あうぅぅぅぅ……恥ずかしいよぅぅぅ……私ってば、めちゃくちゃいやらしい子じゃんよぉぉぉ……」



 ちなみに結花は、布団の中に頭まで隠れて、一人で悲鳴を上げている。


 さっきまでの妖艶なオーラはどこへやら。


 布団をかぶってじたばたしてる結花は、完全にいつもどおりの結花だった。



那由なゆ、それで? 急に電話してきて、どうしたんだよ……別人みたいに控えめで、なんか怖いんだけど」

『あ……うん。クリスマスの、ことなんだけどさ』



 気持ちを切り替えようと、深く息を吸い込み、俺は那由の話に耳を傾ける。



『父さんと二人で、クリスマスに帰る予定だったっしょ? だけど、父さん……その日に限って、めちゃくちゃ大事な仕事を振られたらしいんだよね』


「マジか。じゃあ料理とか、那由の分だけでいいって結花に伝えとくわ」


『じゃなくって……あたしも、遠慮しよっかなって』


「……ん?」



 まるで予想もしてなかった那由の発言に、俺は一瞬フリーズしてしまった。


 いや。飛行機のチケット買ったって、この間RINEしてきてただろ。


 なんの冗談っていうか、何を企んでんの? うちの愚妹。



「えっと……何かの罠なのか、マジで遠慮してんのかだけ、教えてほしいんだけど……」


『罠とかじゃないっての! ほら、この間ZUUMで誕生日祝ってくれたっしょ? あれがマジで嬉しかったから……満足したし。父さんが帰んないのに、あたしだけ帰るってのも、なんか気が引けちゃうし……』


「いやいや。俺と結花は、お前とクリスマスパーティーしたいんだってば」



 よく分かんないけど、どうも本気のトーンで言ってるらしい那由。


 悪いものでも食ったんじゃないかって心配になるけど……取りあえずこっちも、真面目に返答することにした。



「俺と結花は、二人でも出掛けるから、別に邪魔とかないし。俺としては、これまでと同じように――お前ともクリスマスを過ごしたいんだけど? 結花もそう言ってくれてるからさ……家族で楽しもうぜ、クリスマスくらい。本当に――楽しみに、待ってるから」


『…………ん。ごめん、変な電話して』



 ほんのちょっとだけど、明るい声色になった那由は。

「ありがとね」なんて、びっくりするようなことを呟いて――電話を切った。



「ゆーくんっ! 私の隣、空いてますよー?」


 スマホをテーブルに置いてから振り返ると、布団からひょこっと顔を出した結花が、ぽんぽんと自分の隣の枕を叩いてる。



「ごめん、結花。電話が長くなっちゃって……」

「んーん。妹思いな遊くんも、私は好きだもんねー」



 そう言って笑った顔は、普段の無邪気で甘えっ子な結花のもので。


 俺の中から邪気が抜けて――ふっと肩が軽くなる。


 そして俺は照明を点けてから、布団をめくって結花の隣に潜り込んだ。



「……那由ちゃん、クリスマス帰ってきてくれるかなぁ?」


「さすがにあれだけ言ったら、大丈夫だと思うんだけど」


「帰ってきてほしいなぁ。遊くんとのデートも楽しみだけど、遊くんと那由ちゃんが仲良しなクリスマスだったら、もっと嬉しいもんね」



 仰向けに寝転がったまま、「えへへっ」と結花が笑い声を漏らした。


 布団の中で、こうして穏やかに話していると――いつもの寝る前と同じだなって思う。



「……なんだか、おうちにいるみたいだねー遊くん?」


「部屋の中がやたらピンクなのが、ちょっと落ち着かないけどね」


「確かにー。おうちで寝るときは、ゆうなのグッズとかポスターとかで、周りがいっぱいだもんね。でも……私は遊くんがそばにいたら、どこでも落ち着くよ?」


「……まぁ、俺もそうだけど」


「あっ、遊くんがデレたっ! 私がそばにいたら、遊くんは落ち着くの? ねぇねぇ、落ち着くのー?」



 きゃっきゃって笑いながら、結花は布団の中でひょこひょこ動き回る。


 寝る前の子どもって、こんな感じでやたらハイテンションだよね。


 で、最後は電池が切れたみたいに、パタッと寝落ちしちゃうやつ。



「クリスマスの予定、考え中なんだー。東京公演が終わるのが夕方だから、それから待ち合わせるでしょ? それから遊園地……って感じで、どうかな?」


「ライブ会場の近くに、遊園地あるもんね。行くのはいいけど、久しぶりだなぁ」


「わーい! 観覧車は外せないし、ジェットコースターとかコーヒーカップとかも、楽しみだなぁ……あ。それからね、クリスマスといえばプレゼント交換! 絶対しようね、遊くん!!」



 なんかプレゼント交換のくだりでの、結花の目力が強い。


 やるのはいいんだけど、そんな期待の眼差しで見られても……三次元女子が喜ぶプレゼントを選べる気がしないんですけど。



「デートをいっぱい楽しんだら、遅くならないように帰って、那由ちゃんとクリスマスパーティー!! ……家族で過ごすクリスマスに、私が交ぜてもらう感じだけど」


「……もう家族と変わんないでしょ、結花は。あの毒舌な那由ですら、『お義姉ちゃん』って慕ってるくらいなんだから」


「………うん。ありがとね、遊くんっ」



 くすぐったそうに笑うと、結花は口元にくいっと布団を持っていく。


 その拍子にふわっとなった結花の髪から――シャンプーの良い香りがした。




 ――――そんな感じで、いつもの調子でお喋りしているうちに。


 家にいるときと同じように、どちらからともなく寝落ちてしまい。

 無事、何事もなく……ラブホテルの夜を終えた。


 どっちの方がよかったのかってのは……考えないことにしておく。

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