第18話 声優ユニットの打ち合わせが、思った以上に白熱してるんだけど 2/2
俺と
そこにある、クラシックな内装をした、おしゃれな喫茶店。
チェーン系のお店に比べると高級感が漂う、静かで雰囲気の良い店内。
この場所がどうやら、打ち合わせの場所らしい。
「すみません。予約していた『鉢川』です」
そして、
一方の俺は――そこからちょうど、斜め向かいの席に案内される。
なるほど。ここからだと、結花の顔がばっちり見えるな。
そんな確認をしつつ……俺は慣れない伊達眼鏡を、カチャカチャといじる。
……俺まで変装する必要、あるかな?
結花が「念のため!」って押してきたから、一応掛けてはいるけど。
「…………!!」
すると、俺と目の合った結花が――口元をめちゃくちゃ緩ませて。
もじもじしながら、小さく手を振ってきた。
……まさかと思うけど、俺の伊達眼鏡姿を見たいから、掛けさせたんじゃないよね? なんでそんなにテンション上がってんの、結花は?
まぁ、今さらいいんだけど――
大丈夫だと思いたいけど、普段が天然全開な結花だから……無意識にやらかしちゃうんじゃないかって、心配になるわ。
「すみません。お待たせしました」
すると……淡々としてるのに、やけによく響く綺麗な声が聞こえてきた。
そして、ハット状の帽子で目元を隠している一人の少女が、結花たちのテーブルの方に歩いてくる。
――――紫ノ宮らんむだ。
その圧倒的な存在感に、俺は思わず息を呑んでしまう。
腰まである、まっすぐな紫色のロングヘア。
そして、ステージ上のロックな衣装とは異なる、黒を基調としたゴシックな服装。
これは、間違いない――らんむちゃんの、私服姿を再現した格好だ。
「お疲れさま、らんむ。じゃあ、らんむはこっちの奥に」
「ええ。失礼します、鉢川さん」
立ち上がった鉢川さんに促され、紫ノ宮らんむは結花の対面の席に座った。そしてその隣に、鉢川さんが座り直す。
――ゆうなちゃんを模した格好の和泉ゆうなと、らんむちゃんを模した格好の紫ノ宮らんむが、喫茶店で向かい合ってる。
何これ。俺は『アリステ』の世界にでも、ダイブしたの?
なんかごめんな……マサ。
状況的に呼べるわけないんだけど、俺だけこんな夢みたいな場面に立ち会っちゃって、申し訳ない。
まぁ、あいつがここにいたとしても――間違いなく大騒ぎして、店員に摘まみ出されてるだろうけど。
「ゆうな、今日はよろしくね」
「は、はい! よろしくお願いします……らんむ先輩!!」
俺の位置からだと、紫ノ宮らんむは背中しか見えないけれど。
そのピンと伸びた背筋と、優雅な佇まいに……オーラを感じずにはいられない。
これが、『六番目のアリス』らんむちゃんの声優――紫ノ宮らんむ。
――そして挨拶が終わり、各々の注文したドリンクが運ばれてくると。
三人は新ユニットに関して、打ち合わせをはじめた。
ちなみに俺は、そんな様子をちらちら見守りながら、コーヒーを啜っている。
「まずはこれが、二人のユニットの曲の歌詞。あと、振り付けは――一応、こんなイメージだって」
鉢川さんは歌詞が書かれているらしいペーパーを二人に渡してから、自分のスマホを操作して、何か動画を再生しはじめた。
振付師の人の動画とか、そんなんだろうか?
歌と振り付けか――ゆうなちゃんにも、そんな機会が回ってきたんだなって、なんだか感慨深く思ってしまう。
「……なるほど。それほど難しい振り付けでは、ないようですね」
「インストアライブまでの日が短い、タイトなスケジュールだからね。覚えやすい振り付けで考えたらしいよ」
「この歌詞、素敵ですねっ! なんていうか、ゆうなとらんむちゃんだなー、って感じが伝わってきて……私これ、すっごく好きです!!」
「ゆうなの『太陽』のような天真爛漫さと、らんむの持つ『月』のように静かな情熱を、殺し合うことなく表現しているわね。ポップな歌に落とし込んではいるけれど、二人の相反する個性がきちんと描かれていて、イメージと相違のない歌詞だわ」
「はい!!」
ふわふわっとした結花のコメントと、分析的な紫ノ宮らんむのコメントの差がすごい。
それはそれで、キャラどおりといえば、キャラどおりなんだけど。
「公演予定は、前に伝えたとおり五地域。スケジュールはこんな感じよ」
鉢川さんが再び、ペーパーを二人に渡す。
「すごーい……大阪、沖縄、名古屋、北海道。どこも行ったことないです……」
「トリが東京公演ですか。期間的には大体、二か月……ライブツアーみたいなイメージかしら? インストアライブだと、そこまで大掛かりなものではないのだろうけど」
二人が思い思いの感想を口にしている。
すると――俺から見ても、明らかに結花の表情が曇ったのを感じた。
「どうかしたの、ゆうな?」
「あ、いえ……あの、この沖縄公演なんですけど……」
「あれ? わたし、何か間違えて打ってた?」
「違うんです、そうじゃなくって……この日程が、ちょうど……修学旅行とかぶってるなぁって」
……その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
中学の頃の修学旅行は――不登校だった時期と重なって、参加できなかった結花。
だけど、それを心残りにするんじゃなくって……今回の修学旅行を全力で楽しんで、『今』の想い出をたくさん作ろうって誓った結花。
そうやって、過去を乗り越えていこうと思っている結花にとって、この修学旅行は――本当にかけがえのないもの。
「そっか……どうだろう? 日程の調整が利くか、わたしの方でいったん確認して――」
「……そんな甘い考えで、私とユニットを組むの?」
フォローしようとした鉢川さんの言葉を遮って、紫ノ宮らんむが告げた。
静かだけど、重々しい声色で。
「私だったら、だけど。声優という厳しい業界で飛躍するに当たって、舞い降りてきたこの最大の機会を――優先しないなんて考え、微塵も浮かばないわね。私が同じ立場だったとしたら、そうね……迷うことなく、修学旅行を欠席するわ」
「…………」
「ま、まぁ! らんむの考えは、そうなんだよね!! それも分かるけど、でもね……」
「鉢川さんじゃなく、私は――ゆうなに聞いているんです」
助け船を出そうとした鉢川さんを制して、紫ノ宮らんむは続ける。
「強要するつもりはないわ。貴方が修学旅行を選ぶというのであれば、それも貴方の選択よ。けれど……ユニットとして活動する以上、それは私にも影響すること。だから、正直に伝えておくわね――そんな理由で、この大切な舞台に泥を塗る結果になったとしたら、私は貴方をきっと許せない」
思わず立ち上がりそうになるのを、理性でどうにか抑えて。
俺は強く、強く……コーヒーの入っているカップを握り締めた。
――紫ノ宮らんむの意見が、間違ってるとは言えない。
仕事に対してストイックな彼女にとって、その思想は当たり前のもので。
ユニットを組む以上、そうした憤りが生まれるのはもっともなことで。
陰口を叩くようなやり方じゃなく、正面からはっきりと告げたその姿勢は――むしろ、誠実なんだってのも理解できる。
だけど……そう言われたら、結花は揺らいでしまうと思うんだ。
紫ノ宮らんむという先輩は、それくらい――結花にとって、大きな存在だから。
誰が悪いとか、そういうことじゃない。
そうじゃないけど……この修学旅行がどれほど大切なものなのかを知ってる、結花の未来の『夫』である俺としては。
何もできない自分の無力さが――もどかしくて、辛い。
「……
「だ、だけど、ゆうな……」
覚悟を決めたように語り出す結花と、心配そうな声を上げる鉢川さん。
そして、腕組みをしたまま、流れをうかがっている紫ノ宮らんむ。
そんな中で、結花は――和泉ゆうなは、はっきりと言い放った。
「私――どっちにも出ます! ちょうど修学旅行も沖縄ですから、自分で時間をやりくりして……修学旅行に行きながら、ライブにもきちんと参加しますっ!!」
「……はい?」
いつもクールな紫ノ宮らんむが、拍子抜けしたような声を漏らした。
うん、分かる。俺も一瞬「何言ってんの!?」って思ったもの。
だけど同時に……結花らしい答えだな、とも思ったんだ。
めちゃくちゃなことを言ってるのは、確かにそうなんだけど。
そんなめちゃくちゃだって、絶対に突き通してみせるぞって。
全力で頑張れるのが、和泉ゆうなで――
「……ゆうな。本気で、言ってるんだね?」
「はい、久留実さん! やります、やらせてほしいです! 大変だとは思いますけど、私はどっちも諦めたくないから……どっちも頑張りたいですっ!!」
固い決意を語るゆうなに対して――鉢川さんは、少し考えてから応えた。
「――いったん、日程変更ができないか、何かしら調整が利かないか、わたしも確認してみるわ。それでも難しいときは……その案でうまくいくよう、考えてみる」
「久留実さん……っ! あ、ありがとうございますっ!!」
「……鉢川さん。本気で言っているんですか? 修学旅行とライブを並行――相当な強行スケジュールだと思いますけど」
「そりゃあ、聞いた瞬間はびっくりしたよ。だけど……あなたたちは、声優であると同時に、一人の人間だから。マネージャーとしてじゃなくって、わたし個人としてはね? できる範囲で――私生活と声優活動を両立させてあげたいんだ。だから、考えさせてちょうだい。らんむ」
「…………」
紫ノ宮らんむは、いつもの冷静な表情に戻ったかと思うと、思案してから――言った。
「分かりました。ゆうな――そこまで言うのなら、やってみなさい。その代わり……やっぱりできませんでしたというのは、通用しないわよ?」
「もちろんです! 言ったからには責任を持って……やり抜いてみせますから!!」
そう言ってしばらくの間――視線を交差させる二人。
そんな空気をまとめるように、鉢川さんはパンッと手を打ち鳴らした。
「はい、じゃあこの件は、いったんここまで。それじゃあ今度は……ユニット名についての話に移るわね? 企画主旨としては、ゆうなとらんむで話し合って、名前の由来を各種媒体で語れるように――」
「……鉢川さん。すみません。その話の前に――ひとつだけ、いいですか?」
「ん? どうしたの、らんむ?」
沖縄のインストアライブの件が、どうにかいったん収束したと思った矢先。
紫ノ宮らんむは――次なる爆弾を、投下した。
「ゆうな。『弟』さんと会わせてもらいたいという話は……どうなったのかしら? 打ち合わせの後でもかまわないのだけれど。承諾したのか、それとも断るつもりなのか――それだけでも、はっきりさせておきたいわ」
「……やっぱり、気になってましたか。大丈夫ですよ、らんむ先輩! 私の『弟』だったら――そろそろ来る頃だと思いますから!!」
え、どういうこと?
『弟』こと俺なら、既にここにいるけど。
俺がそっちに出ていく――って話ではなさそうだな。
じゃあ一体、結花の考えた『作戦』って…………?
「お待たせしました」
――――そのときだった。
喫茶店の入り口に取り付けられた鈴が鳴り、店内に『彼』が入ってきたのは。
そして『彼』は……ゆっくりと結花たちのいるテーブルまで歩み寄ると。
まるで執事のように、恭しくおじぎをして。
爽やかなイケメンスマイルを浮かべながら――恥ずかしげもなく言ったのだった。
「初めまして、クールなお姉さま? 僕が、和泉ゆうなの『弟』――
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