ドッカ~ン! 2-6「混沌ばかりだとしても、この世界で……」
わたしたち、魔法少女キューティクルチャームが最後に戦う相手は、奇しくも復活した最初の敵組織『ブラックチャクラ』の支配者――ブラックウィザードだった。
ブラックウィザードの力で『負の感情』を増幅されたのは、先代魔法少女の妖精パオン。
荒廃した群馬の大地で、過去のトラウマによって暴走するパオンを、止める術が思いつかないわたしたち・魔法少女キューティクルチャーム。
そんなとき、先代魔法少女の三人が――おもむろにバナナを、パオンに差し出した。
……はい、ここまでのあらすじでしたー。
何言ってるか分かんない?
でしょうね。わたしもアニメでこんな展開はじまったら、即チャンネル変えてネットに批判コメントしてるだろうし。
でも……魔法乙女隊エターナル∞トライアングルが活躍していた頃。
リーダーのトライアングルサガの娘として、キラキラした目で魔法少女を見守っていたわたしには――分かるんだ。
この、バナナの意味が。
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「おい、色情魔。人のことを呼び出しておいて、いつまで待たせる気だ? 既に貴様の家に来てから二十秒が経つ……この無駄にした時間を、どう詫びる気だ? ああ?」
「二十秒も待てないのかお、どくろ女。その貧相な身体のとおり、栄養が不足しすぎて短気になってるんじゃない? 優しい心も、大人っぽい魅力もない、無様な奴だお」
「そういう貴様は、栄養過多な身体をしているな。脳まで脂肪が詰まって、血もまともに通っていないんじゃないか? もはや人間なのか、フォアグラなのかすら分からんな」
「殺されたいのかお?」
「ほう……殺し合うか、ここで?」
「……どくみさん、ふにかさん、こわいよー」
それは
お母さんが招いた
「子どもの前で、そういうことするのはやめるぱお……うぅ、お腹が……」
そんな様子を見て、苦しそうな声を上げるのは、庭先にいるパオン。
身体が大きすぎて室内に入れないパオンは、晴れの日も雨の日も、いつだって我が家の庭にいたっけ。
「あっはっはっは! 二人とも、相変わらず血気盛んだねぇ!! ま、そんなところも、二人の良いところだけどさ!」
修羅場なリビングを、あっけらかんと流すと。
お母さん――有絵田
「ほら、みんなで果物でも食べよ?
「わーい! おいしそー!!」
無邪気に笑う、未来に待ち受ける地獄も知らない、ピュアなわたし。
そんなわたしのそばで、掴み合いになってた塔上先生と風仁火さんが――お互い手を離して、テーブルの方へと姿勢を向け直した。
「あんたの数少ない良いところよね、麦月。おいしいフルーツを、ふーちゃんたちに振る舞ってくれるとこ」
「うだつの上がらないあの男に嫁ぐ前……茶孔麦月だった頃。よくクラスメートや教師に実家で獲れた果物を差し入れていたな。貴様の性格は最低最悪だと思うが、この果物は……最高最善の代物だと、私も思う」
フルーツを前にして、態度を軟化させる二人。
そして二人は――何かを示し合わせたわけでもなく、同じ果物をそれぞれ手に取った。
お母さんも、それと同じ果物を持って、庭の方への近づいていく。
その果物は――バナナ。
お母さん。塔上先生。風仁火さん。
いつもいがみ合ってる三人だけど、そのときだけは穏やかな笑顔を浮かべながら……庭先にいるパオンに向かって、揃ってバナナを差し出した。
「はい! パオンの大好物、バナナだよ!!」
「バナナは栄養価が高いからな。身体にもいいし、何より象らしいぞ。好きなだけ食え」
「いつもおつかれさまだお、パオン。おいしい物を食べたら、元気出るから……いーっぱい食べるんだお!」
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――――それは、遠い日の思い出。
めちゃめちゃ厳しい、というか悪魔みたいな人たちがふいに見せた。
妖精への……優しさ。
「パ……パオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!」
妖精インド象パオンが、言葉にならない声を上げた。
絶望の記憶。悔恨の記憶。怨嗟の記憶。
そんな『負の感情』ばかりしか、パオンは魔法乙女隊エターナル∞トライアングルに対して、思い出せなくなっていた。
だけど、今。三人が差し出したバナナの力で、湧き上がってきたのは。
きっと――『楽しかった記憶』。
「拙者は……拙者はぁ!
【騙されるな、妖精。そんなバナナは、まやかしだ。汝の記憶は、『負の感情』ばかりで満ちていたはず。ちょっとバナナを一緒に食べた程度で、払拭できるような感情ではないはずだ】
「……バナナ、舐めてんじゃねぇぞ。この混沌野郎!」
パオンをそそのかそうとするブラックウィザードに、なんだか怒りがふつふつと湧いてきて。
わたしはキッと、黒い影を睨みつけると、声を張り上げた。
「確かに、お母さんも塔上先生も風仁火さんも……しっちゃかめっちゃかで。パオンには苦労ばっかり掛けてたと思うよ。でも、そばで見てたわたしは――ちゃんと覚えてんだよ! パオンが楽しそうに笑ってた、そんな顔だってさぁ!!」
「ほのり殿……」
「パオン。かぶとが産まれたとき、その鼻でめちゃくちゃ高い高いやって、かぶとを笑わせたじゃん! あたしがお母さんと一緒に作ったお菓子、おいしそうに食べてくれたじゃん! どーしょうもない先輩三人だったかもしんないけど、みんなでフルーツを食べてるときは……パオンだって穏やかな顔して、バナナ食べてたでしょうが! 忘れたとは言わせねぇぞ、このインド象!!」
「かぶと殿……ほのり殿……バナナ……みんな」
【たぶらかされるな、妖精! そんな記憶はでたらめだ!! 汝の記憶は混沌に満ちた、汚泥のようなもの――】
「いちいちうっせぇんだよ、混沌で何が悪いんだ馬鹿!!」
邪魔してんじゃねぇぞ、一回死んだくせに!
こっちは今、大事な……魔法少女と妖精の、絆の話をしてんだよ!!
「混沌、混沌って、それしか言えねぇのか! 混沌で、何が悪いってんだ!!」
「……確かに、サーモンの言うとおりかなっ? 心って色んなものがぐちゃーってしてて。嫌なこともあれば、楽しいこともあって。それが……感情ってもんだと思うなっ★」
「逆に、楽しいしか考えてない奴とか……違法薬物でもやってそうだしな」
パウダースノウと番長が、そんなわたしの肩をポンッと叩いて――わたしのそばに並び立つ。
そんなわたしたちの後ろで、同じく並んでいる元・魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの三人。
そのリーダー・有絵田麦月は、バナナを差し出したまま穏やかに告げた。
「ぷにちゃんにも言ったけどさ……喧嘩すんなら、私たちだけでやろーよ? 別にぷにちゃんを踏みつけても、どくちゃんを鼻で吹っ飛ばしてもいいからさ! とにかく――私たちのめちゃくちゃだった、混沌だった毎日への不満を、世界にぶつけんのは……もう、終わりにしよーよ……パオン?」
塔上先生と風仁火さんも……そんなお母さんの言葉に、静かに頷く。
喧嘩ばかりで。関係性は最悪で。
悪の組織より内ゲバの方がヤバかった、南関東最強にして最凶の魔法少女たち。
だけど、そんなメンバーも――フルーツを囲んでいるときだけは。
妖精インド象に、バナナをあげてるときだけは。
――――みんなで和やかに、過ごしていたから。
「麦月……どくみ……風仁火……拙者は、拙者はぁ……!!」
瞬間。
黒い光が群馬の空に輝いたかと思うと……パオンの身体から、黒い影が飛び出してきた。
『負の感情』だらけだったパオンに差し込んだ、一筋の『明るい感情』。
それによって、パオンチャクラーと化していたパオンは正気を取り戻し――ブラックウィザードと分離したんだ。
ブラックウィザードが離れて、体高が四メートルくらいまでに戻ったパオン。
そのまま貧血でも起こしたみたいに、パオンはバタリと倒れ伏す。そのそばに、お母さんたち三人が駆け寄った。
「おかえり、パオン。今度はさ……三人で、喧嘩しようね?」
「取りあえずバナナでも食え。貴様はなんでも心配しすぎだ。胃腸を崩す前に、きちんとビタミンでも摂取しておけ」
「パオン……ごめんだお。ふーちゃん、身勝手なことばっかで、パオンまで巻き込んでミッドナイトリバイバルカンパニーなんて……辛かったよね、ごめんね」
「……ありがとうでござるぱお。三人とも」
【馬鹿な……妖精! 汝は本当に、今の戯れ言で納得したというのか? 汝の混沌とした感情は、その程度のものだったのか!?】
「だからさぁ……うっさいんだよ、混沌、混沌って」
感動的なシーンに水を差しやがる、混沌しか脳のない阿呆に向かって。
わたしはきっぱりと、言い放った。
「わたしは学級委員タイプで、秩序とかしっかりしてる方が好きだけどさ。クラスの連中なんて、どいつもこいつも好き勝手で、そりゃもうカオスだよ。
この世界は、混沌に満ちている。
秩序なんてないし、ぐっちゃぐちゃのめっちゃくちゃだ。
その混沌が全部なくなって、秩序立った世界になれば、まぁきれいなんだろうけど……そんなの人間味がないっていうか、気色悪い。
だから――わたしたちは。
混沌ばかりだとしても、この世界で……生きていくしかないんだよ。
「いちいち人の『負の感情』につけ込んで、『チャクラー』なんざ覚醒させて、不安を煽って迷惑ばっか掛けてきた『ブラックチャクラ』の残党――あんたは昔っから、たくさんの人を泣かせてきた。たくさんの人を苦しめてきた。いい加減……目障りなんだよ!」
「そうだよ……これ以上、誰かの涙は見たくないもんねっ★ このキューティクルチャームがぁ……とどめ刺しちゃうぞっ?」
「お前で最後だ。これで、すべてが終わる。だから……さっさと死ね」
八年前――『三種の魔器』に選ばれた。
そしてお母さんたちから『南関東魔法少女』を引き継いで、地獄の八年を味わってきた。
これ以上の混沌なんか、ねーんだから……ぐだぐだ抜かすんじゃねぇぞ、混沌馬鹿!
【我は、混沌の守護者・ブラックウィザード――かつて『ブラックチャクラ』を統べた者。それがこんな子ども……いや、年増如きに! 負けると思うのか!?】
「うっさい、ばーか」
前に戦ったときは、子どもの頃で。確かに今はもう、いい年だけど。
それを指摘したからには……ぜってぇ許さねぇからなこの野郎!
「決めるよ、二人とも!」
だから――これで終わりにするんだ。
長年紡いできた、魔法少女キューティクルチャームの……物語は。
「うおおおおおおおおおおお! キュゥゥゥゥティクルチャァァァァァァァム!! いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
応援団が絶叫する。
「先輩方の有志、目に焼きつけるのです!」
「すげぇロックっすね。これが……魔法少女っすか!」
「やるじゃん、先輩たち……うちは絶対、それを超えてみせるから!」
後輩たちが、思い思いに叫んでいる。
「有終の美を飾りなよ、キューティクルチャーム!」
「今までご苦労だったな……おつかれ様だったよ、年甲斐もない魔法少女ども」
「ふーちゃんたちの分まで、完全燃焼させるんだお! キューティクルチャーム!!」
先輩たちが、エールを送ってくれている。
「ああ、懐かしいでござる……これが、魔法少女ぱお……」
「僕ちゃんたちも頑張るがぶ! だから……最後の力、見せてほしいがぶ!!」
「…………最後まで、ありがとうにょろ。魔法少女キューティクルチャーム」
妖精たちが、何やら感傷に耽っている。
そして――わたしとパウダースノウと番長は、三人で右手を重ね合わせた。
「響け三つの歌よ!」
「海に大地に空にと溶けてぇ!」
「今、一筋の……光とならん!!」
光のフィールドが、荒廃した群馬の大地を覆っていく。
その中心にいるのは、かつてこの魔法で打ち倒したキューティクルチャーム最初の敵――ブラックウィザード。
ぎゅっと、右手に力を篭める。
三つの声が、ひとつに合わさる。
「「「キューティクルチャーム・チャーミングフェアリーテイラー!!」」」
光が収縮して、巨大な赤い絵本が一帯に広がっていく。
さぁ、これで最後だ。
魔法少女キューティクルチャームの物語の、最後の一ページに……刻んでやるから!
【人と人とが関わり続ける限り、闇は生まれ続ける。そして闇がある限り……必ず我輩のような、悪の存在は生まれ続ける。虚しいとは思わないのか? この……繰り返される混沌を】
「思わないね。だって、きれいなだけの人間なんて……いるわけないし。混沌とした気持ちも、それを抑える秩序も、どっちも持ってるのが――人間なんじゃない? 多分ね」
【その闇が、汝ら魔法少女を生み出し続け。魔法少女も混沌に巻き込まれていく……世界は繰り返す。それこそまさに、混沌。その負の螺旋に、果たして意味はあるのか?】
「知らないわよ、ばーか! どこにだって闇があって、それを倒す光だってあって。だけど光だってときどき闇落ちして。でも、なんかまた光戻りして……いいじゃねぇか、そういうもんなんだよ! あんたにとやかく言われなくたって、わたしたちは――そうやって生きていくんだっての!!」
【ぐっ……これほどまでに『負の感情』を抱きながら……なぜ汝は、我輩の力に呑み込まれない!? 一体、何が、汝ら魔法少女を動かしているというのだっ!?】
「御託はいいから……とっととくたばれ! 終わりだ、ブラックウィザード!!」
【ぐ……ぐおおおおおおおおおおおお!!】
そして――わたしは、パウダースノウと番長とともに、重ねた右手を天にかかげた。
巨大な絵本が、地鳴りとともに閉じていく。
風仁火さんの後悔も。パオンの苦悩も。
わたしの絶望的な日々も。
混沌も。闇も。涙も汗も、血も怒りも。
八年間、紡いできた魔法少女キューティクルチャームの……すべての物語は。
今――わたしたちが、閉じるから!
「「「――――読了!」」」
……こうして。
時の宝珠『リバイバルクリスタル』の力で蘇った、わたしたちの最初の敵組織『ブラックチャクラ』の支配者にして、混沌を統べる者――ブラックウィザードは。
魔法少女キューティクルチャームの手で、再び……無に還った。
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